表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星姫の詩  作者: tomoko!
155/226

第三章:崖下の道

 ガイリを先頭に、千人の騎馬隊は、猛烈な速さで走り続けていた。

 あまりの速さに、ぬかるみに足を取られて転倒する馬まで出る有様だった。だが、転倒した兵士がいても、決して騎馬隊は止まらなかった。

 一分一秒でも早く、ヒノトの元に駆けつける。それが何よりも重要だったからだ。一秒の遅れが、取り返しのつかない事態を引き起こすことにでもなれば、悔やんでも後の祭りだ。

 馬も、乗っている兵士も、あまりに過酷な進軍に、息は乱れ、心臓は破裂しそうな程に激しく動いている。

 限界はとうに過ぎているというのに、騎馬隊の動きが止まることはなかった。


 ようやく騎馬隊が動きを止めた。

 ガイリのすぐ傍を走っていた兵士が、ガイリを止めたからだ。それは、グアヌイ王国から戻り、ヒノトの窮状を伝えた兵士だった。

「ガイリ将軍!お待ちを!」

 ガイリは馬を止めると、訝しげに兵士を睨んだ。

「何だ!早く王の元へ行かなければ!」

「お待ちください!この先に、王率いる軍隊を危機的状況に追い詰めた原因が待ち構えているのです」

 兵士は深呼吸した。乱れた呼吸を整え、騎馬隊全員に重要な事実をはっきりと伝えるためだ。

 騎馬隊が止まると、兵士達と馬の荒い息遣いがはっきりと聞こえる。心臓の音までも聞こえてきそうだ。

 止まってしまったことで、これまでの疲労が兵士達に襲いかかってきていた。

 帰還兵は、道の先を指差した。

「この先に、両側を切り立った崖に囲まれた、細い道があるのです。この道を通らなければ、首都シーダスにはいけません。その道を通っている最中、崖の上から大量の弓矢を浴びせられ、王軍は三分の一の兵力を失ったのです」

 ガイリは信じられないといった表情だ。

「…道が崖に囲まれているならば、弓矢による攻撃に備えなければならないのは、当然のことだろう。ヒノト王ともあろうお方が、何故そうしなかった!?」

「もちろん、王も、キベイ、オタジ両将軍も、伏兵を警戒して、道に入る前、詳しく崖を調べたのです。ですが、崖はとても険しく、とても人が登れるような状態ではありませんでした。グアヌイ軍の兵士でも、まさかこの崖の上に登って待ち伏せることは出来ないだろうと判断し、軍は道に入ったのです。ですが…。危惧は的中してしまいました。敵は、崖に登る方法を知っていたのでしょう」

「…では今我々がその道を通っても、同じことが起こるということか。もちろん、道を詳しく調べ直している時間などない」

 兵士は悲痛な表情で頷いた。

 ガイリは馬の頭を返し、騎馬隊に顔を向けた。

「皆、今の話は理解したな。このまま道を進めば、必ず矢が降り注ぐ道を通らねばならない。だが、我々の目的は、生きてその道を通ることではない!たった一人でもヒノト王の元へ駆けつけ、王をお助けすることだ!…恐れるな。一人でも多く道を駆け抜け、シーダスへ辿り着き、窮地にあるヒノト王をお助けするのだ!」

 ガイリは兜を被り直した。矢の雨の中で、そんなものが役に立つとは思えない。ただ、自分と部下達の士気を高めるためだ。騎馬兵達も、ガイリに倣う。ユノアも兜を被ると、大きく深呼吸した。

(ヒノト様…!)

 自分の死ぬかもしれないことなど、全く怖くはなかった。ただ早く、ヒノトの元へ行きたかった。


「行くぞ!」

 ガイリが怒号を上げ、馬を走らせ始めた。兵士達も大きく声を上げ、ガイリに続いていく。




 あっという間に、敵の伏兵が待ち受ける崖が近づいてきた。

 ガイリは、馬を止めることなく叫んだ。

「怯むな。突っ込め!」

 ガイリを先頭に、騎馬隊は全速力で崖下の道へと突っ込んでいく。

 死さえも恐れない騎馬隊のあまりの速さに、待ち構えていたグアヌイ軍の伏兵の動きが遅れた。先頭にいるガイリが崖下に来ると同時に打ち込まれる筈だった矢がようやく射られたときには、ガイリは道の半分の地点にまで来ていた。

 それでも、降り注ぐ矢から逃れることは出来なかった。雨の如く降り注ぐ矢に、次々と騎馬兵達は倒れていく。

 ユノアもまた、身体をかすって落ちていく矢の脅威に晒されていた。だが、道に突入した時点で、出来ることはもはや、無我夢中に馬を走らせることだけだった。

 いくら武芸の腕が立とうと、この道では誰もが、生きるも死ぬも、運に頼るしかなかった。


 だがユノアは、道を抜け切った。生き延びたのだ。

 ガイリもどうやら無事なようで、たった今、生死の境に立ったことなど忘れたかのように、シーダスへの道を疾走していく。

 そっと辺りを伺うと、倒れずに走っている騎馬兵の数は、百を少し超える程しか残っていないようだった。そのうち、半数以上は矢傷を追い、今にも馬から落ちそうな者までいる。

 自分が無傷で助かったことは奇跡のようなことだったのだと、ユノアは身体を震わせた。


 だが、すぐに頭の中は切り替わった。

(ヒノト様。ヒノト様!)

 どうか、無事でいてほしいと、ユノアはそのことだけを願い続けた。あの崖下を通ったのなら、ヒノトが矢傷を受けた可能性も十分にあり得る。怪我をしたヒノトを想像するだけで、胸が鷲掴みにされたように痛んだ。


 ユノア以外の兵士達も、想いは同じようだった。死への不安など、その表情からは全く見えない。怪我をしている兵も、休もうともせず、痛みに顔を歪めることさえしなかった。

 ただひたすら、ヒノトがいる筈のシーダスへ向かって、疲れきった身体に鞭打ち、進んでいった。


 壊滅的な打撃を受けたかのように見える騎馬隊だが、ガイリとユノアが生き残り、ヒノトの元へ向かっていること。これだけで充分に、グアヌイ王国にとっては脅威になり得るものだった。

 ジュセノス王国とグアヌイ王国の長い戦いの歴史に幕を引くための戦争の、勝敗の決め手となる二人、ユノアとガイリが、いよいよシーダスの戦場へと突入しようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ