第三章:的中した不安
ヒノトが軍を率いて出陣してから、早一週間が経とうとしていた。
ゴザで静養していたユノアは、軽い武術の練習程度なら出来るほどに回復していた。
だが、それを見守るミヨの顔は、怒っていた。
「もう、ユノアったら!まだ休んでなきゃ駄目って言ってるのに!」
ミヨのヒステリックな声を聞いて、ユノアは苦笑いしている。
「多めに見てよ、ミヨ…。だっていつ、戦場に行くことになるかもしれないじゃない」
「…兵士っていう人達は、そんなにも自分の身体を大切にしないの?そんな無茶してたら、おばあちゃんになってから、動けなくなっちゃうわよ」
「おばあちゃんって…」
ユノアは噴き出してしまった。ミヨの話があまりに未来へと飛んだからだ。
それだけミヨが心配してくれるのは有難い。でもユノアは訓練を止めるつもりはなかった。
訓練を続けるユノアを、ミヨは説得することは諦め、呆れながらも、ずっと見守っていた。
ふと、ミヨがあることに気付いた。
「ね、ねえ。ユノア。あれ、ガイリ将軍じゃない?何か、あったのかな?」
ユノアも、ミヨの視線の先に目をやった。そこには、軍の幹部を引きつれて、ゴザの市庁舎に入っていくガイリの姿があった。市庁舎には、ゴザに駐屯するジュセノス軍の司令部が設置されている。
その表情が緊迫していることに、ユノアは気付いた。
「ミヨ。私ちょっと、行ってくる!」
「あ、ユノア!」
ミヨも後を追おうとしたが、数倍の速さで走っていくユノアに、とても追い付くことは出来なかった。
ユノアが到着したとき、司令部のあるゴザ市長室の前には、既にたくさんの兵士達が集まっていた。
ユノアは、その中の一人の兵士に尋ねた。
「どうしたの?何か、あったの?」
「ああ、いや…。詳細はよく分からないが、グアヌイ王国に進撃している、王の率いる軍が、危機に陥っていると…」
思いもしない言葉に、ユノアは唖然とした。
「ヒ、ヒノト王が…。ほ、本当なの?ヒノト王は、ご無事なの!?」
ユノアのあまりに切羽つまった表情に、尋ねられた兵士は目を白黒させている。
「だ、だから、詳しいことは分からないんだ!今ガイリ将軍が、グアヌイ王国から戻ってきた兵から話を聞いているところだ!」
ユノアは、身体中から力が抜けて行くのを感じた。
「そんな…。そんな…!」
もう、勝利は決まっている戦争の筈だった。だからユノアは、ヒノトについていくことを渋々断念したのだ。
やはり、リャンが何か卑怯な手を使ったのだろうか。
(這いずってでも、ヒノト様についていけば良かった…!)
自分の判断が情けなくて、悔しくて、唇を噛みしめるユノアの目に、涙が浮かんでいた。
ようやくガイリが、市長室から出てきた。
集まっていた兵士達が、一斉に声を上げる。
「将軍!王は、王はご無事なんですか?」
「王軍が敗退したというのは、本当ですか?」
誰もが言いたいことを言うので、一体何と言っているのかさっぱり分からない。
ガイリは大声で叫んだ!
「静かにしないか!!」
一瞬で、その場は静まりかえった。
「詳しく説明している時間はない。今から、精鋭千名を選抜する。今ゴザにいる馬の数と同じ人数だ。その千人で騎馬隊を結成し、全速力で王の元へ駆けつける!」
ガイリの言葉に、その場にいる全員が、ヒノト王の置かれている危機的状況を察することが出来た。
絶望的な表情をしている兵士達に、ガイリは明るく声をかけた。
「お前達、なんて顔をしているんだ!王はまだ生きておられるのだぞ。すぐに王を助けにいかなければ…。今から名を呼ばれたものは、今から三十分後に出発できるよう、用意をするように!」
ガイリと他の幹部達が、兵士の名を呼びあげていく。呼ばれた兵士は、緊張に顔を引き締めて、準備のためにその場から走り去っていった。
だが最後まで待ったが、ユノアの名は呼ばれなかった。
ユノアはガイリに詰め寄った。
「将軍!私も行かせてください!」
ガイリは驚いた様子だ。
「ユ、ユノア…、お前…。来ていたのか。もう、休んでいなくていいのか?」
「はい。もう大丈夫です。今日は、訓練も始めていました。…お願いです。行かせてください!」
「だが…。病み上がりのお前に、大切な馬を与えるわけには…。今必要なのは、王を助けるために確実に役に立つ兵力だ」
ユノアはきっとガイリを睨んだ。
「…馬をくださらなくても結構です。私は走ってでも、絶対に着いていきます!」
ガイリは考えこんだ。病み上がりでなければ、ユノアの戦闘能力は、ぜひとも欲しいところだが…。
「…お前の言葉を信用していいのか。ヒノト王を救うために、足手まといにならぬと断言できるか!?」
ユノアははっきりと頷いた。
「はい…!」
「分かった。すぐに支度しろ!出発は、十分後だぞ!」
そう言い残して、ガイリも自分の準備のために去っていった。
「あ、ありがとうございます!」
ユノアはガイリに向かって礼をすると、自分の寝所に向かって走り出した。
ガイリの言葉通り、十分後には千人の精鋭兵は馬に乗り、出発の準備を整えていた。
馬のスピードをあげるため、食糧は持たない。剣や弓といった武器だけだ。
馬に乗ったユノアに、ミヨが駆け寄ってくる。
「ユノア!本当に行く気!?」
ユノアは一瞬ミヨを見た。
「ヒノト様が危機に陥っているの。私は、ここでじっと待ってなんていられない。ヒノト様が死んでしまったら、私の生きている意味はないわ!」
それを聞いたミヨは、言葉を返すことが出来なかった。
ガイリを先頭に、騎馬隊は一斉にゴザを飛び出していった。
その速さは凄まじく、ゲイドへと続く平原の彼方へ、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
残されたミヨは、天に向かって祈った。
「ユノア。ヒノト王!どうか、どうか、みんな、ご無事で!」