第三章:安心して眠れる場所
ヒノト達は無事にジュセノス軍の本陣へと戻った。
本陣は、ゲイドの城門のすぐ前に構えているのだが、現在のゲイドの警備はあまりに手薄だった。ヒノト達がこんなにも簡単に、首都であるシーダスまで潜入出来たのも、手薄な警備のためだった。
戻ってきたヒノトを、留守を守っていたレダとオタジが出迎える。
レダは、ヒノトが出かけていってから一睡もしていなかった。目の下には厚い隈ができている。
「ヒノト様…。ご無事でよろしゅうございました。…ユノアも、取り戻したようですね」
「ああ…。…すまなかったな。心配をかけた」
ヒノトは馬から降りるなり、大声で叫んだ。
「ミヨ!ミヨはいるか?」
本陣の中で世話係として働きながらも、ヒノトの帰りを今や遅しと待ちうけていたミヨが、すぐに飛び出してきた。
「はい!ここにおります!」
「ミヨ。…ユノアを頼む。疲れている筈だ。ゆっくり休ませてやってくれ」
ヒノトの腕の中で、ユノアは薄く目を開けてミヨを見た。ヒノトに抱かれているうちに、張り詰めていた緊張が溶けきってしまって、疲れが襲いかかってきたのだ。今は意識も朦朧としている状態だった。
ヒノトはユノアを抱いたまま、ミヨがユノアのために用意をしていたテントまで運んでいった。
ベッドにユノアを寝かせると、ユノアは閉じていた目を開いた。
「ヒノト様…」
ヒノトは、ユノアの目を覗き込んだ。
「どうした。…もうここは、ジュセノス軍の陣営だ。ミヨもいるぞ。安心して、休みなさい」
ようやくヒノトとゆっくり話が出来る状況になったのだ。ユノアには眠りに入ってしまう前に、どうしても話しておきたいことがあった。
「ヒノト様…。リュガが、死にました…」
ヒノトは強く頷いた。
「ああ、そうだな。よくやってくれた。ユノアのおかげだ。辛い任務だったが、立派にやり遂げたな」
ヒノトの言葉に、ユノアの目に涙が溢れた。ヒノトは驚いて、目を見開いた。
「どうした?何故、泣く」
「…本当に、あれで良かったのでしょうか。私は、卑怯な手を使いました。リャンが私を思う心を利用し、リャンを挑発して、リュガ王を殺させたのです。…私がしたことは、リュガが行ってきた卑怯な手と、何ら変わりません」
「そんなことを、思っていたのか…」
ヒノトは、ユノアが心にまた深い傷を作ったことを知った。
「…そんなことで、自分を責めるな。責められなければならないのは、俺のほうだ。こんな作戦を立てた俺が悪い。ユノアはジュセノス軍の兵士として、王である俺の命令に従い、任務を果たしてくれた。何も気に病むことはないんだ」
ユノアは涙に濡れたままの目で、ヒノトを見つめた。
「…リュガが死んだと聞いたとき、正直、複雑な気持ちだった。跳びあがって喜ぶことは出来なかった。俺は、リュガをこの手で殺したかったからな。グアヌイ軍と正面きって対峙して、正々堂々とリュガを成敗したかった…。でも今は、この方法でリュガを殺して良かったと思っている。戦争になれば、何万もの兵士が死ななければ、リュガを殺すことは出来なかっただろう。だがユノアは、一人の犠牲も出すことなく、リュガを殺したんだ。素晴らしい功績だ」
ヒノトに力強くそう言われて、ようやくユノアの心は軽くなった。自分のしたことは、ただ卑怯なことだったのではなく、正しいことだったのだと自信が持てた。
ヒノトはユノアの頭に手を置き、優しく語りかけた。
「…さあ、もう休め。ユノアが立派に任務を果たしてくれたんだ。後のことは、俺に任せてくれ」
ヒノトに頭を撫でられて、ユノアはようやく安心したように目を瞑った。すぐに、安らかな寝息が聞こえてくる。
ユノアの寝顔を見ながら、ヒノトはミヨに言った。
「ミヨ。ずっとユノアの傍にいてやってくれ。目が覚めたとき、一人にしないように…」
「はい、分かりました」
返事をしながら、ミヨはそっとヒノトの様子を窺った。
ユノアを見つめるヒノトの表情は、複雑だった。嬉しそうでもあり、切ないようでもある。
だがその真意の見えない表情に、ユノアへの想いの強さが見えたようで、ミヨは思わず息を呑んだ。自分が今どんな顔をしているか、ヒノトは分かっているのだろうか。
ヒノトはミヨの視線には気付かぬまま、テントから出ていってしまった。