第三章:ユノアの策略
部屋に戻ったリャンが扉を開けると、中にいた人物が立ち上がった。
「リャン様」
それはユノアだった。ユノアは柔らかく微笑んでリャンを迎えた。
「おお。おお!ユノア。来ていたのか」
リャンはすぐにユノアの傍に駆け寄ってきた。そして、ユノアを強く抱きしめた。
「そうだったな。私にはお前がいた。お前さえいてくれれば、他のことなどどうでもよい」
「リャン将軍様…」
ユノアはうっとりとリャンの身体に身を預けた。
「将軍様。お疲れでしょう。食事を用意しております。召し上がってください」
ユノアに言われるがまま、リャンは席に着いた。食欲はあまりなかったが、ユノアに見られていると、無理にでも食べなければという気分になった。
ユノアはリャンの様子を見て、心配そうな声を出した。
「…将軍様。何か、お悩みでも?あまり食が進まないようですが…」
「あ、ああ…」
リャンは手を止め、ふうっとため息をついた。
心の中に、モヤモヤとした感情が渦巻いている。誰かに自分の想いを聞いて欲しかった。ユノアならば、充分に相応しい相手だ。
「ジュセノス軍が、ゲイドの街に迫ってきたという話を聞いたか?」
ユノアは眉をしかめた。
「ええ、耳に致しました。恐ろしい話でございますね。ジュセノス軍は、ここにもやってくるのでしょうか?」
「そんなことはない!ひ弱なジュセノス軍など、我がグアヌイ軍の兵士が通しはしない」
ユノアは何も知らない振りで驚いて見せた。
「まあ!では、ジュセノス軍よりもグアヌイ軍の方が強いのですね?」
「あ、ああ。もちろんだ…」
「良かった…。てっきり私は、ジュセノス軍の方が強いのだとばかり…。王宮の中は、ジュセノス軍の脅威に慄いているように見えましたので…」
「それは、一部の臆病者だけだ!グアヌイ軍は決して負けはしない。私が率いるのならば、尚更だ」
ユノアは目を輝かせた。
「まあ、良かった!」
リュガは得意そうな顔つきになった。だがすぐに顔をしかめると、鼻息荒く語った。
「私が今悩んでいるのは、臆病者というのが、あろうことか大臣達だということなのだ」
途端にユノアは不安そうになった。
「そうなのですか?」
「私はすぐにでも出陣し、ジュセノス軍を蹴散らそうと言っているのだ。だが、大臣達に反対されて、身動きが出来ない!武人の出である私を軽蔑し、見くびっているのだ」
ユノアは憤然とした。
「まあ!何ということでしょう。リャン様は、リュガ王が王として相応しくないから、やむなく立ち上がられたというのに…」
「その通りだ。この王宮内には、物分かりの悪い者ばかりが集まっている」
ふと、ユノアが顔を曇らせた。
「そういえば…」
リャンが顔をあげた。
「どうした?」
「い、いえ…。何でもありません」
「どうしたのだ。言ってみなさい」
ユノアは困った様子で話し始めた。
「実は、噂を聞いたのです。一部の大臣が、頻繁にリュガ王の部屋に通っていると…」
「な、何だと!」
思わずリャンは声を荒げた。それは、寝耳に水な話だった。
「それは本当なのか、ユノア」
「は、はい…」
考え込むリャンに、ユノアは心配そうに声をかけた。
「あ、あの、リャン将軍様。大丈夫ですか?もしやその大臣は、将軍様を裏切って、リュガ王を再び王座につけようとしているのですか?」
愛しいユノアに不安な想いをさせてはならないと、リャンは無理やりに余裕の顔を作った。
「そんなことがあるものか!私がいる限り、リュガが王座に着くことは二度とない。おかしなことを考える大臣がいたとしても、私がすぐにねじ伏せてやる!」
ユノアは顔を綻ばせた。
「ああ、良かった。これで本当に安心いたしました。…いけない!私ったら…。リャン様はお疲れになっているというのに、お話ばかりして…。今夜はこれで失礼いたしますね。ゆっくりお休みくださいませ」
「え。あ、ああ…。お休み」
リャンがあたふたしている隙に、ユノアはさっさと部屋を出て行ってしまった。今夜は当然ユノアがここに泊るものだと思っていたリャンは拍子抜けだ。だが今さらユノアを呼び戻すのも恰好が悪いようだ。
仕方がない。今夜は一人で眠ろうと、リャンはベッドに寝転んだ。焦らなくても、ユノアはこれからずっと自分の手元にいるのだから。
(それにしても…)
リャンの心に怒りが燃えたぎる。
(まさか大臣がリュガに会っていたとは…。迂闊だった。これ以上大臣達に好き勝手させるわけにはいかない。これからは私が主君なのだと分からせなければ。もし分からなければ、その時は…)
明日こそは、どんな手段を使っても、ジュセノス軍と戦うという自分の意見を通して見せる。
リャンの目が、冷酷な光を帯びた。