表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星姫の詩  作者: tomoko!
142/226

第三章:王国の崩壊

 王宮の王の間でリャンは、縄で縛られた状態で連れてこられたリュガを迎えた。

 リャンを見るなり、リュガは口汚くリャンを罵った。

「リャン!…この、逆賊め!私は王だぞ。お前の主君だ。その私を、このように扱うとは…!貴様には必ず、天の罰がくだる!」

 リャンもまた、攻撃的に言い返した。

「…あなたを王として仰ぎ、私は充分に尽くしてきました。それなのにあなたはいつも私を見下した。功績を認めようともせず、罵った!天が罰を下すとしたら、それは私ではなく、王としての器量不足だった、あなたの方です!」

 リャンの言葉に、リュガは真っ青になった。俯き、がたがたと震え始めたリュガを、リャンは憎々しげに見下ろした。

「…お疲れでしょう。部屋に食事を用意してあります。それを食べて、今夜はゆっくり眠ってください」

 兵士に腕を捕まれて、リュガは部屋へと連行されていく。

 リュガは恨みがましそうにリャンを睨み付けた。

「お前…。私を殺すつもりか?そして自分が王になるつもりか!」

「…その問いに、答える義務などありません」

 リャンの態度は完全に、リュガを見下したものだった。

 リュガの腕を持つ兵士は、その力を全く弱める様子はない。ここで今、最高の権力を握っているのは、間違いなくリャンなのだ。

 リュガはがっくりとうな垂れ、引きずられるようにして去っていった。




 だが、リャンにとっては予想外の事態が起こった。

 連れていかれた部屋で、すっかり気落ちしていたリュガの元を、訪れてくる人物がいたのだ。それはなんと、グアヌイ王国の大臣達だった。

 突然のリャンの反乱は、何も聞かされていなかった大臣達にとってはあまりに横暴な行動に映った。それまで、平民を踏みつけての贅沢三昧な暮らしに慣れきっていた大臣達は、新しい権力者によって、今の暮らしが壊されることを何よりも恐れた。

 新たな権力者にどう対応すべきなのか…。大臣達が選んだのは、リュガ王を再び権力者に据える道だった。リュガが王になれば、今までと何ら変わりのない優雅な暮らしが出来る。ただただ、その思いだけだった。

 大臣達の中に、国民の幸せを考える者など、ただの一人もいなかった。

 己の幸せだけしか考えられない卑しい者達が、みせかけだけの同情を顔に張り付けて、リュガに近づいていく。

「おお、お労しや。王よ…」

「大臣達…。何故、ここへ…。私の元へ来たことがリャンに知れれば、酷い目に合うぞ」

「何故リャンなどを恐れねばならぬのです!あやつはグアヌイ王国の臣下に過ぎません。我々にとっての主君は、リュガ王唯お一人」

「そなた達…」

 大臣達の忠臣を本気に取ったリュガの目に、涙が浮かんだ。

「王よ。どうか機会をお待ちください。我らの手で必ず、王座を取り戻して差し上げます」

 それは、グアヌイ王国が真っ二つに割れた瞬間だった。一体どれだけの人間がリャンの味方なのか、リュガの味方なのか…。誰にも知ることは出来なかった。

 仰ぐべき主君のいない混沌の中、グアヌイという王国は、どろどろに崩れ、暴れ始めようとしていた。




 そんな事態にも気付かず、勝利を確信したリャンは、ようやく安堵の息をついていた。

 そして、部屋の隅で居心地悪そうに立っていたユノアに目を向け、満足そうな笑みを浮かべ、近づいていった。

「ユノア…」

 躊躇いなくユノアを腕の中に抱くと、その滑らかな肌の感触に酔いしれた。この感触を味わうことが許されたただ一人の男になったのだと、信じて疑わなかった。

「ようやくお前を取り戻せた…。お前がリュガに連れ去られている間、気が狂いそうだった。お前が辛い思いをしてはいないか。リュガに、乱暴されてはいないか…」

 力を強めるリャンの腕の中で、ユノアは精いっぱいに身を小さくした。

「ユノア。私はもう、二度とお前を手放すつもりはない」

 ユノアの顎を掴み、リャンはユノアの顔を自分の方へと向けさせた。

 ユノアの唇に、リャンの唇が重なる。愛おしそうに繰り返される口づけに、ユノアは目を瞑って耐えた。

 ようやく唇を離し、ユノアを抱きしめて勝利の余韻に浸っていたリャンは、ユノアが身体を震わせていることに気付いた。

「どうした、ユノア。もう怖いことなど何もないぞ」

「…申し訳ありません、リャン様。疲れてしまったようです。部屋で休ませていただいてよろしいでしょうか」

 このままユノアを部屋に連れ込もうとしていたリャンは、面喰ったようだった。だが、無理強いしてユノアの機嫌を損ねては元も子もない。リャンは寛容な男の振りをして見せた。

「おお、これは気付かずに悪かったな。すぐに部屋を用意させよう。ゆっくり休むといい」

「はい。ありがとうございます…」

 侍女にかしずかれながら、ユノアが部屋へと向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、リャンは身体の火照りを抑えるために、何度も深呼吸を繰り返さなければならなかった。




 部屋に案内され、侍女が去った後、ようやく一人きりになれたユノアは、疲れきった身体をベッドに投げ出した。

 だが、ユノアの身体から緊張が解けることはなかった。頭を駆け巡るのは、不安ばかりだ。

「ああ、これからどうしたらいいの…」

 どうやらリャンは、すぐにリュガを殺す気はないらしい。リュガが死ぬのを見届ける前に、ここから去るわけにはいかない。

 といって、このままここにいては、今度こそリャンの欲望から逃れることは出来ないだろう。またユノアが拒めば、リャンはユノアに対して不信感を持ってしまう。

 やはり覚悟を決めなければならないのだろうか。リャンに抱かれる覚悟を…。




 ベッドに身を横たえ、あれこれと思案していたユノアの耳に、窓の方からごとりと音が聞こえてきた。

 飛び起きて身構えたユノアは、窓の外に浮遊する白い物体を見た。

 急いで駆け寄り、窓を開ける。

「チュチ!?」

 それは、ユノアの愛鳥のチュチだった。チュチはユノアの肩に降り立つと、身体を摺り寄せてきた。

 その柔らかな感触に、強張っていたユノアの心も解けていく。

「チュチ、お前…。どうしたの?」

 ユノアは、チュチの足に袋が巻きつけてあることに気付いた。

 チュチの足から袋を外し、中身を確かめる。

 出てきたのは、無くさないようにとマティピ王宮の自室に置いてきた、ラピからもらったお守りだった。

 お守りを手にした瞬間、ユノアの心にラピの顔が浮かんだ。心の中にいるラピは、怒っているように見えた。役目を果たそうとするあまり、自暴自棄になっているユノアに対して、だ。

「ラピ…」

 思わずユノアは、その名を呟いていた。

 ラピが生きていたらきっと、リャンに抱かれた自分を叱り飛ばすだろう。二度と口を聞いてももらえないかもしれない。

 そう思うと、ユノアは自分のそれまでの悩みが、途端に馬鹿らしくなってしまった。どうして、リャンに抱かれようとなどしていたのだろう。


 自分で自分が可笑しくなって、ユノアは声をあげて笑った。そんなユノアに、チュチがすり寄ってくる。

「チュチ…。ねえ、馬鹿みたいだね。私って…。何をそんなに、必死になっているんだろうね」

 チュチを撫でながらひとしきり笑った後、ふとユノアはチュチに尋ねた。

「ねえ、チュチ。このお守りをお前に託したのは誰?まさか…」

(ヒノト様なのだろうか)

 ユノアの心臓が、どくんと脈打った。

 ヒノトは、脱出した楽師役の兵士からの報告を聞いたのかもしれない。ユノアの覚悟を知り、思いとどまらせるために、チュチを飛ばしたのかもしれない。

「チュチ…。ヒノト様なの?」

 だが、チュチは眠そうにしているだけで、ユノアの問いかけに答える気など更々ないらしい。

 長い距離を飛んできたのだろうチュチを休ませるためにベッドに移動して、ユノアは自分も寝ころんだ。

 チュチの寝顔を見つめるユノアの心に、もはやリャンに抱かれる気など、欠片も無くなっていた。

 だが、困った状況に変わりはない。ここから逃げ出すのは簡単だが、それはユノアの選択肢には含まれなかった。

(どうしたらいいの…)

 よい考えは全く浮かばず、ユノアは眠れぬ夜を明かした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ