第三章:ユノアの覚悟
リュガ達が山の中を彷徨い始めて、丸一日が経とうとしていた。
この間、摂った食事といえば、かろうじて王宮から持ち出してきた干し肉、握り飯、そして、森の中で見つけた木の実などだ。
それまで王宮の中で、有り余る食事に囲まれて暮らしていたリュガにとっては、こんなものでは腹の足しにもならないようだった。
睡眠も、長くそこに留まることは出来ないので、一時間ずつ、岩陰などで取った。だがそこには、柔らかな布団が敷かれているわけでもなく、リュガは次第に癇癪を起こし始めた。
「私は王だぞ!畜生が寝るような場所で、眠れるか!」
森の中に響き渡ったリュガの声に、さすがに警備兵達も白けた目でリュガを見た。
疲れているのは、皆同じなのだ。そもそも、敵に追われ、森の中で逃げ回らなくてはならなくなったのは、誰のせいだと思っているのか。
険悪な空気を感じて、さすがのリュガも口を噤んだ。
警備兵が重々しく言った。
「…今の声を、敵に聞かれたかもしれません。すぐにここから離れましょう」
そしてまた一行は、山の中を彷徨い始める。
ジュセノス軍の兵士として、日々辛い訓練に耐えてきたユノア達にとって、これくらいのことは辛くも何ともないことだ。
だが、リュガの体力は限界に近付いてきているようだ。もう足が上がらないらしく、木の根や石につまずいて、何度もこけている。それを助け起こす警備兵の顔にも、苛立ちが募っている。
休憩時間の間に、草陰に隠れて小用を済ませたユノアが皆のところへ戻ろうとしていたとき、仲間の兵士の一人が近付いてきた。
リュガ達に聞かれないように、兵士は声を潜めた。
「ユノア…。この逃亡劇は、きっともうすぐ終わるぞ」
「えっ…!どういうこと?」
「リュガが疲れきっている。もうあまり遠くまで行くことは出来ないだろう。リャンの軍に見つかるのも、時間の問題だ」
ユノアは眉をひそめた。
「もしリュガが掴まったら、私達はどうするの?」
「リャンはもはや、リュガを生かしてはおかないだろう。それは、ユノアがいようが、いなかろうが、同じことだ。もう俺達の役目は終わりだよ。作戦は成功したんだ。もう、俺達がリュガの側にいる必要はない。隙を見て、逃げだそう」
「…駄目よ!もし私達が疑われて、ジュセノス王国の工作員だってばれたら?リャンはきっと、リュガ王を殺すことを止めてしまうわ。私達は最後まで、力のない、ただの楽団でいなければ」
「じゃあ…。リュガと一緒にリャンに捕まるつもりか?」
「…そうするのが一番自然だと思う。リャンも私がそれを願っていると、思い込んでいる筈だわ」
「だが…。ユノア。今度リャンに捕まったら、間違いなくお前は…!」
ユノアは黙って兵士を見つめた。その顔には、笑みさえ浮かんでいる。
「まさか、お前…。ずっと前からそのつもりだったのか?」
「この作戦は、絶対に成功させたいんだもの。絶対にリュガ王は、殺されなくちゃならない!」
兵士はユノアの肩を掴んだ。
「駄目だ!ガイリ将軍に、いや、ヒノト王に!強く言われていただろう。何よりも優先させるべきなのは、ユノア。お前の身の安全なんだ」
だがユノアは首を振った。
「何と言われようと、私の決心は変わらないわ」
「ユノア…!」
その時、草むらががさりと動いた。
「誰だ!そこで何をしている!」
それは、リュガに従っている警備兵の一人のようだった。
兵士はユノアに言った。
「俺はここから逃げ出す!ガイリ将軍に、今の状況と、ユノアの考えを全てお伝えしてくる!いいか。くれぐれも早まるな。リャンの元へ戻っても、出来る限り自分の身を守るんだぞ!」
兵士が森の中へ姿を消すのと、警備兵が現れたのは、ほんの数秒の差だった。
ユノアは慌てて泣き真似をした。
「ユノア…。ここで何をしている」
「も、申し訳ありません…。仲間の楽師が、リャン将軍を恐れて逃げ出したのです。リュガ王様のご恩を忘れてはいけないと、止めたのですが…」
「な、何だと!?」
警備兵は慌てて後を追った。だがすぐに戻ってきた。ユノアが逃げ出したわけではないので、まあいいだろうと考えたらしい。
「さあ、ユノア!すぐに王様の側に戻るんだ」
「は、はい…」
ユノアはすっかり気落ちした風を装いながら、警備兵に言われるがまま、リュガの元へと戻っていった。
山中での逃亡は、それから二日後に終わりを迎えた。
山で彷徨っていたリュガ達は、遂にリャンの指揮する軍に見つかってしまったのだ。
「リュガがいたぞ。捕まえろ!」
弱りきっていたリュガは、逃げるために走ることも出来なかった。
そんなリュガの姿を見て、警備兵も抵抗することなく、リャン軍に囚われたのだった。