第三章:リュガとユノア
リュガを乗せた御輿が、シーダス王宮を出発した。宝石が散りばめられた御輿は、あまりの豪華さで、逆に品が悪く見えてしまう。それは、乗っている人物そのものを見ているようでもあった。
リュガを警護する兵士の数は百人。付き従う家臣と女官五十人。これだけの人数に囲まれていなければ、リュガは外出をしないらしい。
近付いてくるリュガの行列を見ながら、ユノアの隣で楽師役の兵士が呟く。
「おお、おお。仰々しいな。あんなに警備を厳重にして…。リュガ王はよほど怖がりのようだ」
ユノアは冷たく言い放った。
「…それだけ怖がるほどの後ろめたいことを、自分がしているからでしょう?自分の愚かさを見せて回っているようなものじゃない。馬鹿な奴」
可愛らしいユノアの口から出た暴言に、兵士は笑いを噛み殺している。
「さあ、いよいよだぞ。ユノア。準備はいいか?」
「…はい!」
みすぼらしいシーダスの街中に、優雅な音楽が響き渡る。
何事かと、思わずリュガは御輿の中から外を伺い見た。
「何事だ?」
側にいた家臣が、すぐに答えた。
「歌や踊りを披露して、客から金を取って生活している一座のようです」
「ほう、旅の一座か…」
なかなか見事な音色だと、リュガはもっとよく見ようと目を凝らした。
そして、そこで踊る一人の女に、あっという間に心を奪われた。
「な、何と美しい…。これまで数多の美女を見てきたが、これほどまでに美しい女は、見たことがない…」
リュガは、家臣に命じた。
「あの一座を、今夜王宮に連れて来い!」
家臣は一礼すると、すぐにユノア達の元へと駆け寄っていった。
その日の夜、ユノアはシーダス王宮に来ていた。
リュガの王政になってから、王宮は随分とその姿を変えていた。以前は質素ながらも統一感のある、上品な内装だったのだが、今はこれ見よがしに高級な絵画、陶器、彫刻などが乱雑に並べられている。いかにもリュガの好みらしいものばかりだ。
贅沢になれた王宮内でも、ユノアの華やかさは一際人目を引いた。
「あの女は、一体誰だ?」
男達はもちろん、美しさを競い合って日々争いを続けている女達までも、ユノアの美しさに見惚れた。
一身に注目を浴びながらも、ユノアは堂々とした態度で廊下を歩いていく。付き従う楽師達も、ユノアの肝っ玉の太さに舌を巻いた。
(大した女子だ…。確かにユノアでなければ、この作戦を成功させることは出来ないだろう)
ユノアの行く先に、一際豪華な扉が見えてきた。あの先に、リュガがいるのだろう。
だがユノアの瞳に、怯えや不安の色は、全く見えなかった。
ユノアの到着を待ちわびていたリュガは、扉を開けて入ってきたユノアを見るなり、手を叩いて歓迎した。
「おお!よく来た、よく来た」
ユノアは床にひれ伏すと、リュガに感謝の言葉を述べた。
「リュガ王様…。今宵は私のような下賎者を、このような権威ある場所にお招きいただき、ありがとうございました」
「いやいや。そんなに改まらずもよい。私は芸術を愛しているのだ。そなたの舞は、街で評判のようだな」
「恐縮でございます」
「さあさあ、早くそなたの舞を見せてくれ」
リュガに促され、ユノアは立ち上がった。羽織っていた上着を脱ぎ捨てると、透き通る絹の衣類の下に、ユノアの真っ白な肌が浮かび上がる。
リュガはごくりと唾を飲み込んだ。
音楽に合わせ、ユノアの手足がしなやかに動き始める。
普段なら舞に集中するユノアだが、今日は頻繁にリュガに視線を送った。妖艶に微笑み、リュガの目を引き付けたと知れば、すぐに視線を逸らす。
リュガを誘い、すぐに引く。その絶妙な間隔に、リュガはもうユノアの虜になっていた。
リュガが舞など見る男ではないことを、ユノアは見抜いていた。それならば分かりやすく誘惑してしまおうと思ったのだ。
リュガの視線が、ユノアの身体にまとわりつく。まるで、素手で撫で回されているようだ。
嫌悪感が顔に出ないようにするのに、ユノアは神経を使わなければならなかった。
舞が終わり、ユノアが礼をしても、リュガはしばらくの間ぼんやりしていた。
はっと気付いて、リュガは取り繕うように拍手を送った。
「素晴らしい舞だった!私が今まで見た中で、一番素晴らしい!」
「ありがとうございます…」
「さあ、私の側に来い。酒を注いでやろう」
グアヌイ王国では、王から酒を賜るということは、最も名誉なことなのだ。
ユノアが杯を持つと、リュガはユノアの手を掴み、自分の方へと引き寄せた。
手を掴まれても、ユノアは動じなかった。いや正確には、動じない振りをしたのだ。実のところ、心臓はばくばくと脈打っていたのだから…。
リュガは、ユノアの反応を楽しむかのように、じっと目を覗き込んできた。ユノアはにっこりと微笑んでリュガを見つめ返した。
「リュガ王様…。お酒をいただいてよろしいでしょうか?」
リュガは、ようやく自分が手を掴んでいるせいで、ユノアが酒を飲めないことに気付いた。
「あ、ああ。すまない」
リュガが見つめる中、ユノアはゆっくりと杯に口を近づけた。赤い紅のひかれた唇が杯に触れ、喉を動かして酒を飲み干していく。
ユノアの動作の一部始終を、リュガは食い入るように見つめている。
「…美味しゅうございました、王様」
ユノアはリュガから離れた。
「今夜は、名誉な機会を与えていただき、ありがとうございました。今夜のことは、一生忘れません。…では、失礼致します」
さっさと帰っていこうとするユノアに、リュガはぽかんとしている。普段なら、リュガを誘惑し、ベッドに入り込もうとする女ばかりだからだ。
早くも扉から出ようとしていたユノアを、リュガは慌てて呼び止めた。
「ま、待て!ユノア!」
ユノアは振り向き、不思議そうに首を傾げた。
「明日の夜も、王宮に来るのだぞ。いいな?」
ユノアはにっこりと笑ってみせた。
「承知いたしました。リュガ王様」
そう言って、ユノアは再び振り返ることはせず、颯爽とリュガの前から去っていった。
例え王とはいえ、ユノアはリュガに媚びようとはしなかった。自分を蔑まないその態度が、リュガの心には強く焼きついた。
(ユノア、か。…面白くなりそうだ)
王に媚びる女など、山ほどいる。それよりも、ユノアのようにプライドを持った美しい女を、如何にしてベッドに連れ込むか。その駆け引きを考えるほうが数倍楽しそうだ。
既にリュガの頭の中には、自分のベッドに裸で横たわるユノアの姿があった。リュガは口を歪め、にんまりと笑った。