第三章:次なる罠へ
隠れアジトで、ガイリはすっかり混乱していた。
「ユノアは、リャンの屋敷に連れていかれたんだろうか。それならば、リャンの屋敷に我々も行こう!」
そう言うガイリを、ジュゼは必死に宥めた。
「落ち着いてください、将軍!ユノアがそこにいるという確証は何もありません。ここで今無茶をしても、事態は悪化するだけです。リャンの屋敷を襲ったりなどしたら、また戦争が始まってしまいますよ」
ガイリは口を閉じるしかなかった。
「…とにかく今は、情報を集めることです。ユノアがどこにいるのか、探らなければ」
すっかり冷静さを失っているガイリに変わって、ジュゼが計画を立て始めた。
そして、いざユノアを探しにシーダスの街に散ろうとしていたときだった。
「ガイリ将軍!ユノアが、帰ってきました!」
その言葉に、ガイリは飛び跳ねるように立ち上がった。
ガイリの視線の先に、ゆっくりとこちらに向かってくるユノアの姿があった。
「ユノア!」
ガイリはすぐにユノアの元に駆け寄った。
「お前…。今まで、リャンと一緒にいたのか?」
ユノアは俯き加減のまま、頷いた。
「はい…」
「よ、よく、逃げ出して来られたな」
ガイリの言葉に、ユノアは思わず顔を背けた。
どんな手段で、リャンから逃れたのか。事実を絶対に知られたくなかった。
自分があんな行動を取れたことが、今では信じられない気持ちだった。恥ずかしいと思う気持ちさえ、ユノアの中にはあった。
気付くと、ガイリがユノアの目の前に土下座していた。
ユノアは目を丸くした。
「すまなかった、ユノア!私の浅はかな考えで、怖い思いをさせてしまって…」
ガイリは恐る恐る顔をあげた。
「ユノア。リャンに何か、されたのか?」
ガイリのあまりに不安そうな表情に、ユノアは思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
「…いいえ。大丈夫でした」
「そ、そうか…。良かった…」
ガイリは心からほっとしているようだ。
ガイリの表情を見ていると、女を武器にしてリャンを騙し、逃げてきた自分の行動は間違っていなかったのだと、ユノアの心は少し軽くなった。
「それで、リャンは今後どうしろと言っていた?」
「はい…。また明日の夜、屋敷へ来いと言われました」
「そうか…」
ガイリは考え込んだ。ジュゼが心配そうな声で口を挟んだ。
「これ以上、ユノアをリャンの元へ行かせるのは止めたほうがいいのでは?リャンがユノアに惚れきっていることは、今夜の異常な行動で充分に分かりました。今夜ユノアが無事に戻ってきたことも奇跡です。もはやリャンに、ユノアに対する理性が残されているとは思えません。もしまたのこのこリャンの元へ行ったりしたら、今度こそユノアは、犯されてしまいますよ」
ジュゼの言葉は、確かに的を得ているように思われた。
「で、では、どうすればいいんだ」
「…計画を次の段階に移すべきです。明日、ユノアとリュガ王を引き合わせましょう」
「あ、明日?しかし、何の準備も…」
「予想以上にリャンの気持ちを掴むのが早かったので、確かに準備不足です。しかしそうしなければ、この計画は台無しになってしまいます。もし明日の夜ユノアが屋敷に来なければ、リャンはユノアに対して疑心を抱くでしょう。それが仕方のない状況に、ユノアを置かなければなりません。ユノアが無理やりにリュガ王に連れていかれたとなれば…。リャンの疑心はユノアではなく、リュガ王に向けられる筈です」
「そ、そうだな…」
ジュゼは困ったように笑った。
「ガイリ将軍…。どうもあなたは、策略をしかけることには向きませんな。あなたのことだ。人の心を手玉に取るような今回の作戦に、まだ違和感があるのでしょう。あなたに計画が立てることが出来ないならば、私の言うとおりにしてください。こうするしか、他に方法はありません」
ガイリはようやく頷いた。
「分かった。ジュゼの意見の通りにしよう。…みんな、聞いただろう?明日、リュガに会わなければならない。その準備のため、各自行動してくれ」
ガイリはユノアを見つめた。
「ユノア。お前も覚悟を決めていてくれ。これからは、まさに修羅場になるだろう」
「はい、分かりました…」
ユノアは背筋をただし、きっぱりと頷いた。
ガイリ達はすぐに、リュガの行動予定を調べた。すると、明日の昼下がり、リュガが王宮から出て、シーダスの街を遊行することが分かった。
「よし、チャンスはそのときしかないな。リュガの通り道でユノアを舞わせよう。必ずリュガは、ユノアに目を留めるはずだ」