第三章:魅惑の武器
ユノアはリャンに担がれたまま、無人の民家へ連れ込まれていた。
荒々しく床に放りだされたユノアは、不安に慄いた表情でリャンを見上げた。
闇の中で、リャンの表情は見えない。暗く、怒りを含んだ声だけが響いてくる。
「ユノア…。何故今夜私の元へ来ず、他の男の元へ行ったのだ。私がどれだけお前を待ちわびていたか、分かっているのか?」
ユノアはごくりと息を飲み込んだ。
「申し訳ありません、リャン将軍様…。今夜のお客様も、何度も私に宴に来てほしいと言われていて。リャン様もところには何度も行かせていただいていましたので、一度くらいいいかと、つい…」
リャンの嘲るような笑い声が聞こえる。
「つい、だと?…ユノア」
リャンがユノアのすぐ側に膝をつき、顔を近づけてきた。
「お前には、私の気持ちが、何一つ分かっていなかったというのか?お前に軽んじられ、宴をすっぽかされた私が、怒り狂うということに、気付かなかったのか?」
ユノアは震えに耐えながら、リャンから目を逸らさなかった。
「何故私がこれ程までに怒ったのか、本当に分からないのか?ユノア。私はお前を、愛しているのだ」
リャンは再び笑った。
「まさか、愛の意味を知らぬとは言うまい?お前が私に対して、愛を得ようとする態度を取ったことも、今更否定などさせぬぞ。…今回のようなことを二度と許すわけにはいかない。私のプライドが許さない!もしお前が分からぬというのならば、無理やりにでも、分からせてやる…!」
リャンがユノアの上にのしかかってきた。今からリャンが何をしようとしているのか。ユノアにはすぐに理解できた。ザジ、そして、ハドクの顔が、頭をよぎる。
(またあんなことを、するの…?)
激しい恐れと、怒りが、ユノアの心に湧き上がってきた。その怒りは、目の前にいるリャンに向けられようとした。
だがすぐに、ユノアの脳裏にもう一人の人物が浮かんだ。それは、ヒノトだった。
ここで揉め事を起こしたら、作戦が台無しになってしまう。ヒノトに失望させてしまう。そう思った途端、ユノアの心は急速に冷えていった。
リャンに気付かれないように、大きく深呼吸をする。
(何とか、この場を乗り切らないと…)
もちろん、リャンに抱かれるつもりなどない。だが、リャンの心を沈めるためには、女の身を利用しなければ…。
ユノアは冷静に覚悟を決めた。
「リャン将軍様…」
ユノアの声が泣き声に変わった。ユノアの胸元に顔を埋めていたリャンは、驚いて体を引いた。
「リャン将軍様、申し訳ありませんでした…。私の安易な考えで、将軍様に不快な思いをさせてしまいました。でも、信じてください!私は、将軍様を軽んじる気持ちなど、微塵もありませんでした。…今回のことで将軍様に嫌われてしまったら、私はどうしたらいいのでしょう…」
ユノアは顔を覆い、泣き始めた。
リャンは動揺し、うろたえた。
「ユ、ユノア…。私がお前を嫌うなんて、そんなこと、ある筈がないだろう?」
ユノアは泣き濡れた目でリャンを見上げた。
「本当ですか?」
「…私に嫌われるのが、そんなに怖いのか?」
「もちろんでございます!私は、将軍様をお慕いしておりますもの!」
ユノアは自分から、リャンに顔を近づけた。
「将軍様。どうか、私をお許しください…」
リャンはすっかり、ユノアに見惚れている。
「ああ、もちろんだとも」
ユノアは顔を綻ばせた。
「良かった…!優しい、将軍様…。あなたに出会うことが出来て、私は幸せです」
ユノアは、そっとリャンの唇に口付けた。
思いもしなかったユノアの行動に、リャンは呆然としている。
だが、しばらくすると、リャンの心に欲望の火がついたようだった。
「ユノア!ユノア!」
リャンはユノアを強く抱きしめると、貪るように口付けを繰り返した。ユノアはリャンの為すがままに身を任せている。
だが、リャンの手がユノアの服の中をまさぐり始めると、ユノアはすぐに身体を離した。
「ああ!将軍様…」
突然ユノアが悲鳴をあげたので、リャンはまるで腫れ物にでも触るように、ユノアから離れた。
「これ以上はどうか、お許しください…。私はまだ、処女なのでございます。男性に抱かれて一夜を過ごすには、心の準備が必要でございます」
リャンは顔を赤らめ、しどろもどろに弁解をし始めた。
「あ、ああ。そうだな。いや、すまない。私とて、こんな場所でこんなことをする気など毛頭なかったのだ…」
ユノアは恥ずかしそうに顔を伏せている。
「だが、お前の気持ちが分かってよかった…。お前のことを疑ってしまった己を、心から恥ずかしく思っている。…明日の夜も、私の屋敷に来るのだぞ。いいな?ユノア…」
「はい。もちろんでございます。将軍様…」
リャンはようやく、ユノアを解放してくれる気になったようだ。
民家の外の空気を吸って、ほっと安心していたユノアだったが、リャンは再び口付けを求めてきた。
ユノアは微笑んでリャンの求めに応じた。
それはユノアにとって、とても長い時間に思われた。ようやくリャンの唇がユノアから離れた。それでも尚、別れ難いようで、リャンはユノアを抱き締めた。
「いいな、ユノア。明日は必ず来るのだぞ」
「はい。将軍様…」
まとわりつくリャンの手からようやく離れて、ユノアは歩き始めた。
走りだし、すぐにでもリャンの元から離れたい気持ちを、ユノアは必死にこらえていた。