第三章:危険な罠
次の夜も、また次の夜も、ユノアはリャンの屋敷に呼ばれた。
会うたびに、リャンはユノアの虜になっていくようだった。
どれほどリャンがユノアに夢中なのか…。それを知るために、ガイリが一計を案じた。
リャンの誘いを無視して、他の客の宴に出ようというのだ。
どれだけリャンが怒るのか…。危険な罠ではあるが、リャンの気持ちを知るにはいい案だと、この計画は実行されることになった。
その日の夜、リャン以外の客の屋敷に入っていくユノアを見送りながら、ガイリとジュゼは屋敷の見渡せる高台に陣取った。
ガイリはジュゼに尋ねた。
「さあ、リャンはどんな動きをするかな?」
ジュゼは不安そうだ。
「大丈夫でしょうか、ガイリ将軍…。私の考えでは、リャンは相当にユノアに惚れています。ああいう一本気な男は、恋に落ちると恐ろしいものです。プライドを傷つけられたとなると、何をしでかすか…」
「まあ、いざとなれば、ユノアを連れて逃げよう」
「は、はあ…」
あまり計画性のないようなガイリの言葉に、ジュゼは一抹の不安を感じた。ゴザでのあの失敗が、再び起こるのではないかと思ったからだ。
案の定、ユノアにすっぽかされたと知ったリャンは怒り狂った。
「…ユノアが今どこにいるのか探しだし、ここに連れてこい!」
そう命じられた家臣達は、血眼になってユノアを探した。そして、ユノアが今夜訪れている屋敷を探しだしたのだ。
その場所を聞いたリャンは、将軍だという外聞などすっかり忘れて、自ら馬を駆り、屋敷へと駆けつけてきた。
「ああっ!?ガイリ将軍!あれは?」
ジュゼに言われて、ガイリはようやく異変に気付いた。
「リャ、リャンだ!やばいぞ。ユノアが危ない!」
ガイリは一目散に屋敷へと向かっていった。
リャンは怒りに我を忘れ、屋敷の門を壊し破ると、無許可のまま、鬼のような形相で屋敷の中へと入っていった。
屋敷の中にいた者達はあっけにとられている。入ってきたのがリャン将軍だということにも気付かないようだ。
その中の一人の男が、リャンの前に立ちはだかった。
「な、なんだ、お前は!勝手に他人の屋敷に入り込んで。不法侵入だぞ!」
リャンはじろりと男を睨み付けると、一言も言葉を返さぬ間に、剣を男の身体に突き刺した。
血飛沫をあげて、男が床に崩れ落ちる。屋敷の中に悲鳴が上がった。
逃げ惑う人々の中で、恐ろしさのあまり腰を抜かして、リャンの通り道に座りこんでいた女性も、リャンは切り伏せてしまった。その目に、一国の将軍としての理性など残ってはいなかった。
「ユノア。どこだ!?」
リャンの怒声が響き渡る。
その声は、宴の間にいたユノアの耳にも聞こえていた。
宴に出ていた客達も、騒ぎ始めた。
「…?何の騒ぎだ?」
部屋を出て、外を確認する者もいる。
誰もが声の主の正体が分からずにいる中、ユノアはその主に気付いていた。
(リャン…!)
まさかリャン自身がここに現れるとは思わなかった。自分を連れ戻しに来るならば、家臣だろうと思っていたのだ。
自身が現れたということに、リャンの怒りの激しさを知ったようで、ユノアは身震いした。
屋敷の人々の悲鳴と共に、荒々しい足音が近付いてくる。
激しく扉を開けて、リャンが姿を現した。
その表情は、明らかに異常だった。それがリャン将軍だとは気付かずとも、部屋の中にいた人々は、本能的に悟った。
(この男には、関わらないほうがいい…)
リャンは他の人間達には目もくれず、ユノアに向かっていった。
座り込んでいたユノアの手を掴み、無理やりに立たせる。リャンに掴まれた腕の痛さに、ユノアは悲鳴をあげた。
「ユノア。何故私の屋敷ではなく、ここにいるんだ?」
冷静なリャンの声が恐ろしかった。
返事をせずに震えているユノアを、リャンは肩に担ぎ上げた。
静まり返った部屋を後にして、リャンは脇目も振らず、ユノアを抱えた上げたまま馬に乗り、屋敷から飛び出していった。
屋敷に到着したガイリが見たのは、あちこちに血が飛び散った悲惨な現場だった。
突然のことに驚き、悲しみに暮れている人々の肩を揺さぶって、ガイリは尋ねた。
「リャンはどこにいる?ユノアは…。今夜舞を踊りにきていた娘はどこだ!?」
ガイリに肩を掴まれた女は、目を白黒させている。
「な、何?リャン将軍…!?」
リャンがここに来た事実さえ分かっていない様子の女に、ガイリは簡潔に尋ねた。
「今夜ここに、ユノアという踊り子が来ただろう。彼女は今どこにいる?」
「あ、そ、その子なら…。侵入してきた男に担がれて、屋敷の裏から出ていったわ…」
ガイリは目を見開いた。
「何だと!?」
ガイリは慌てて裏門へと走った。だがもう、ユノアとリャンの姿は、どこにも見つけることが出来なかった。