第三章:将軍リャンの欲情
再び夜が巡ってきた。
ユノアは約束どおり、リャンの元へやってきた。
ユノアが舞を披露している間、リャンは最近の気鬱などすっかり忘れてしまった様子で、目を輝かせてユノアの舞に見入っている。
舞が終わり、深々と礼をするユノアに、リャンは盛大に拍手を送った。
「おお!見事だ。素晴らしい!」
リャンの家臣に促され、ユノアはリャンの側にいった。
「将軍様。お酒をおつぎいたします」
「あ、ああ…」
リャンは杯を差し出した。だが、ユノアに対する緊張のため、手が小刻みに震えている。
家臣がリャンに申し出た。
「私共は、外に控えておりますので…。どうぞゆっくりお過ごしください」
家臣は、楽師役の兵士達を促し、外に連れ出そうとする。兵士達は心配そうにユノアを見たが、ユノアはゆっくりと頷いて見せた。
(大丈夫です。言うとおりにして…)
リャンに警戒心を持たれては、元も子もない。兵士達は仕方なく、部屋を出ていった。
部屋の中には、リャンとユノアの二人きりになった。
始めは緊張した様子で黙りがちだったリャンだったが、酒が進むにつれ、大胆になってきた。
ユノアに身体をぴたりと寄せ、興味深々といった様子で質問を浴びせてくる。
「ユノアは今、何歳だ?」
ここでユノアは嘘をついた。
「十九歳になります」
リャンはユノアの嘘を、全く疑わないようだ。
「そうか。何歳の頃から、こうして踊って身を立てているんだ?」
「十五歳の頃からです」
「そうか…。これほどまでに美しく、踊りの上手いそなたに、言い寄ってくる男も大勢いただろう?」
ユノアはふふと笑った。
「そんな…。私のような貧弱な女に、言い寄る男性などおられませんわ…」
「そんな筈はない!そなたが気付いていないだけなのだ。今夜のように、二人きりで酒の酌をしたことくらい、あるのだろう?」
ユノアは考える振りをした。
「…それは何度か、ございます。ぜひにと頼まれまして…」
「そ、そうか…」
リャンは酒をぐいと煽った。その男達はきっと、ユノアに邪まな想いを抱いていたに違いない。その男達のことを思うと、リャンの心は嫉妬に駆られた。
「それで…。今までにお前の心を捉えた男はいるのか?」
ユノアは不思議そうな顔をした。
「…はい?」
「その、つまり…。情を交わした男はいるのかと聞いている」
情を交わすという言葉の意味に気付いて、ユノアの心臓は飛び跳ねた。動揺する心を必死に抑えて、ユノアは余裕のある大人の女性を演じようとした。
口に手を当て、優雅に笑ってみせる。
「まあ…。おかしな将軍様。何故そんなことをお聞きになるのです?」
「よ、よいではないか!酒宴の余興だ。さあ、どうなんだ!」
リャンの迫力に圧倒されて、ユノアは答えた。
「そのような男性は、まだいませんわ…」
「そうか!」
リャンは顔を輝かせた。嬉しくて仕方ないといった様子だ。
「さあ、ユノア。酒を注いでくれ」
「はい。将軍様」
上機嫌で酒を飲むリャンは、どんどん強くユノアに身体を押し付けてくる。
リャンの顔が鬼のように真っ赤になり、その息から臭う酒の香りをすぐ側に感じるようになったとき、ユノアはさすがに身の危険を感じ始めた。
血走ったリャンの視線は、確実にユノアの服の中に注がれている。
熱っぽい声で、リャンは呻いた。
「ああ、なんて美しい肌だ。ユノア…。まるで絹のようだな。男を狂わせる、魔性の肌だ…」
リャンの手が、ユノアの首筋を撫でる。
その感触がおぞましくて、身震いしそうになるのを必死に堪えながら、ユノアはリャンに向かって微笑んでみせた。
「将軍様?酔っておいでなのですか?」
「ああ、そうだな。こんなに気持ちよく酔ったのは久しぶりだ。このところ、気の滅入ることばかりだったからな…」
リャンの手は、どんどん下にさがってくる。ユノアが身体を後ろに引いても、すぐにリャンは身体をぴたりと寄せてきた。
「なあ、ユノア。私が好きか?」
「しょ、将軍様。何を言われるのです」
「いいから、私の問いに答えろ!」
「も、もちろんですわ。尊敬すべき、偉大な将軍様です」
「尊敬、か…。まあ、今はそれでもいい。きっとすぐに…」
遂にリャンの手がユノアの乳房に触れた。
もうこれ以上は耐えれなかった。ユノアはリャンの首の後ろを強く打った。「うっ」と短い呻き声をあげて、リャンは気を失い、倒れこんだ。
急いでリャンの手を服の中から出し、ユノアはリャンの様子を窺った。リャンはすやすやと寝息を立てている。
ほっとすると同時に、ユノアの身体はがたがたと震え始めた。ユノアは身体を抱き締めて、震えを止めようとした。
(まだ駄目。この屋敷から出るまでは、頑張らなきゃ)
何度も深呼吸をして、なんとか心を落ち着かせる。
ユノアはリャンをきちんと仰向けに寝かせると、乱れた服を調えて、部屋を出た。
一人で廊下に出てきたユノアを見て、すぐにリャンの家臣が走り寄ってきた。
「リャン様はどうされたのです?」
ユノアは悠然と微笑みながら答えた。
「お酒を随分と召し上がって、酔われたのでしょう。眠ってしまわれましたわ…。では、私は今夜はこれで失礼いたします」
言葉を挟む間もなく帰っていくユノアを、家臣は見送るしかなかった。