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星姫の詩  作者: tomoko!
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第三章:説得、そして実行へ

 ガイリも混乱し、判断しかねているが、それ以上にパニックに陥っているのはユノアだ。口をぽかんと開けたまま、さっきから微動だにしない。息をするのさえ忘れてしまっているのではないかというようだ。

 ユノアの頭の中は真っ白だった。レダの作戦を実行するのかどうか決心するどころではない。あまりに衝撃的な作戦内容を理解することもままならない状態だった。


 それまで黙って見守っていたヒノトが、立ち上がった。王座から降り、ユノアに歩み寄っていく。

「…ユノア?」

 ヒノトの問いかけにも答えられないユノアの顔を、ヒノトは両手で包んだ。

 そしてもう一度呼びかける。

「ユノア」

 ようやくユノアの目の焦点が合った。ユノアは、大きな瞳を更に見開いて、ヒノトをじっと見つめた。薄茶色の美しい瞳を、ヒノトは臆することなく見つめ返した。

「自分が今おかれている立場が理解できたか?お前は、ジュセノス王国とグアヌイ王国。この二つの王国の、長い間の争いの歴史に終止符を打つための切り札として、選ばれたんだ」

 ユノアの目が迷いに揺れた。

「…私には、出来ません。ヒノト様。そんな、大それたこと…」

「出来る。そう思ったから、俺はこの作戦を実行することに決めたんだ。…惨いことを言っているのは分かっている。まだ十四歳のお前に、こんな、女を武器にして男を誘惑させるなんてこと…」

 ヒノトは目を閉じた。苦渋に満ちたその表情を、ユノアはじっと見つめていた。

「本当にリャンやリュガの女になれなんて、そんなことは言わない。いや、させない!ユノアの身の安全は守ってみせる。それが守れないようなら、その前にこの作戦は中止だ。すぐに全ジュセノス軍を動員して、グアヌイ王国に攻め込み、決着をつけてやる。…必ずしも成功しなくていいんだ。もともと、無茶な作戦なんだから」

 ユノアの目に涙が浮かんだ。

「本当に…?」

「ああ!」

 ユノアは目を瞑った。しっかり考えなければ。どうするのか、自分で決めなければ。


 次に目を開いたとき、ユノアの心は決まっていた。揺らがなくなったその目を見て、ヒノトは手を離した。

「やってくれるか?ユノア」

「…はい。ヒノト王。王や皆様の期待に応え、作戦が成功するようにいたします」

「そうか…」

 ヒノトはぐるりと部屋を見渡した。

「皆。聞いたとおりだ。ユノアが決心してくれた。ユノアが無事に作戦をやり遂げることが出来るよう、皆、協力してくれ」

 レダとキベイはすぐに頷いた。ガイリはまだ困惑そうな顔をしてはいるが、反論することもなかった。




 作戦を告げられた次の日、ユノアはティサの元を訪れていた。

 突然のユノアの出現に、ティサは驚き、喜んだ。

「まあ…!まあまあ、ユノア!ゴザにいたんじゃなかったの?いつ戻ってきたの!」

「昨日です。ティサ様」

「…もうあなたに、ティサ様だなんて呼ばれるわけにはいかないわ。ゴザでの活躍は、マティピにいてもよく耳にするわよ。あなたは、軍の英雄。ジュセノス王国の希望の星だもの。私があなたに敬語を使わなければならないわね」

「そ、そんな…!やめてください」

 真っ赤になって否定するユノアを見て、ティサはふふと笑った。

「今日は、どうしたの?私に何か用でも?」

「ええ。実は…」

 ユノアはじっとティサを見つめた。その瞳に、今までにはなかった大人びた印象を感じて、ティサは驚いた。

「また、舞いを教えて欲しいんです」

 ティサは目を丸くした。

「舞いを?…あなたが兵士として活躍していると聞いてから、もう二度と、あなたの舞う姿は見れないと覚悟していたわ。どうしてまた、舞おうと思うの?何か、理由でも?」

「…ごめんなさい、ティサ様。その理由をお話するわけにはいかないのです」

「ユノア…?」

 ティサはピンと閃いた。純粋に舞をしたいと思っているわけではない。突然マティピに戻ってきたことも、おかしいと思っていたのだ。何か、軍事機密と関係しているのだろうと。

(やはりこの子は、本当に兵士になってしまったのだ…)

 まだ一四歳の少女であるユノアが、兵士になってしまったこと。それが、ティサには悲しかった。

 それでも、それがユノアの願いなら、協力してあげたい。そう思い直して、ティサは快く頷いた。

「いいわよ。好きなときにここに来て、好きなだけ練習しなさい。私も、ユノアの舞が見れるのは、とても嬉しいわ」

「ありがとうございます…!」




 早速ユノアは舞い始めた。久しぶりのユノアの舞に、ティサは見惚れた。

 優雅なその動きは、以前と比べて遜色ない。だが、以前にはなかった力強さが加わっている。舞姫としてただ踊らされていた頃とは違い、目的を持って踊っている、その違いなのだろうか。

 それにしても、やはりユノアの舞いは素晴らしい。部屋の中が、ユノア一人の世界になる。自分自身の存在さえ忘れてしまうほどに、ユノアに取り込まれる。

(この舞の前では、誰もがユノアの虜になってしまう…)

 その危険な魅力に気付いて、ティサはふと恐ろしくなった。




 ユノアが再び舞の練習を始めたのには、ティサの予想通り、理由がある。それは、グアヌイ国に潜入してリャンを誘惑するときに使うためだ。

 ユノアの舞を目にして、虜にならない男などいない。そのことに、レダが目をつけない筈はなかった。

 作戦の大筋はこうだ。ユノアは舞姫としてグアヌイ国に潜入する。上手くリャンに引き合わせることが出来さえすれば、作戦は成功したも同然だ。

 万が一にも、リャンがユノアを気に入らなければ、そのときはすぐに引き返せばよい。だがその可能性はないに等しいと思われた。舞姫となったユノアよりも美しいものが、果たしてどれほどこの世にあるだろう。


 ユノアと共にグアヌイ王国に潜入する兵士5人は、楽器の達人を選んだ。楽師としてなら、疑われることもないだろう。

 だがそれでは、ユノアの警護に不安が残る。三鬼将軍の誰かが行ってくれれば心強い。適任者は、ガイリしかいないだろうということになった。キベイとオタジでは、身体が大きすぎて、目立ちすぎるのだ。

 かといってガイリも、グアヌイ軍の兵士には顔が知られすぎている。特にリャンに見つかれば、作戦は台無しだ。そのため、ガイリはユノアから離れ、隠れて警護をすることになる。


 問題はまだ残っている。どうやってグアヌイ王国に潜入するかということだ。

 これには、以前ガイリがゴザに侵入した際、協力してくれた商人、ジュゼに再び協力を求めることになった。




 姿を現したジュゼを見て、ガイリはその足元に土下座した。

 驚いたのはジュゼだ。

「ガイリ将軍?ど、どうされたのです」

「…どうお詫びを言ったらいいのか。ジュゼ殿。ゴザへの潜入が失敗し、我々だけでゴザから逃げ出したあの後、街に残されたあなたの商団は、皆殺しにされたと聞きました」

「ああ、そのことですか…。何もあなたが謝ることはありません。その危険性もあることを充分に覚悟して、私はあの日、あなた方を商団の一員として、ゴザに案内したのですから。…憎むべきは、リュガ王です。将軍への恨みなど、一切ありませんよ」

「ジュゼ殿…!かたじけない!」

 ガイリはただただ、ジュゼの心の広さに、感謝するしかなかった。

 レダが口を挟んだ。

「早速ですが、ジュゼ殿」

 ジュゼも向き直り、ヒノトとレダに深々と頭をさげた。

「はい、レダ大臣。何なりとお申し付けください」

「あなたは、ゴザでの一件以来、グアヌイ王国から追放された身。そんなあなたに、またグアヌイ王国への潜入を手引きしてもらうのは、果たして可能ですか?」

「はい、可能でございます。正式な取引は禁止されてはいますが、私と取引をしたいという商人は、グアヌイ王国内に溢れるほどおります。その商人達から兵士に賄賂を渡せば、王国内へと続く門を開けさせることなど、簡単なことです」

「そうですか。それを聞いて、安心しました」

 レダはヒノトに目を向けた。

「お聞きになった通りです。王よ。これで作戦実行のための準備は整いました」

「ああ、そうだな…。では、実行の日時を決めよう。五日後だ。それまでに各自、準備をしておいてくれ」

 ヒノトはジュゼに語りかけた。

「ジュゼよ。大切な商団の仲間を失いながらも、尚危険な作戦に協力してくれるそなたの愛国心には、どれだけ感謝してもしたりないほどだ。そなたがいなければ、今回の作戦は始めることも出来なかっただろう。本当にありがとう」

 ジュゼは慌てて頭を下げた。

「な、何と、もったいないお言葉でしょう。このジュゼ。不肖者ながら、ヒノト王のため、ジュセノス王国のためならば、命など惜しみません!」

 ジュゼの言葉に、ヒノトは嬉しそうに微笑んだ。


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