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星姫の詩  作者: tomoko!
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第三章:禁断の作戦

 マティピ王宮は、変わらぬ白い輝きで、ガイリとユノアを迎えた。

 馬を降り、王宮前の階段を登り始めた二人に向かって、走り寄ってくる人物がいた。

 それは、キベイだった。

「ガイリ!ユノア!」

 二人は急いで階段を走りあがると、キベイに頭を下げた。

「よく帰ってきたな。旅の疲れを癒し、ゴザでの苦労を労ってやりたいところだが…。ヒノト王がお待ちだ。すぐに会いたいとご所望だ」

「えっ…。今すぐ、王の御前に行くのですか?」

「ああ、そうだ。行くぞ」

 キベイはさっさと歩き始めてしまった。

 戸惑いながらも、ガイリは平然とした様子で歩いていくが、ユノアはパニックだった。

(え?えっ?い、今から本当に、ヒノト様のところに行くの?わ、私も?)

 そわそわしながら、一人で百面相しているユノアだったが、キベイもガイリも、全くそのことには気付いていない。

 思えば、兵士になった最初の動機は、戦いで活躍して、社会的信用と地位を得て、自分の能力で、再びヒノトの側に行くことだった。

 だから、願いが叶った、といえるのだろうが…。あまりにも突然の展開に、喜びを感じる余裕さえない。

 どんな顔でヒノトの前に立てばいいのか。ヒノトとどんな言葉を交わせばいいのか。

 つい一年ほど前には、当たり前のこととして、ごく自然にできていたことなのに、今はヒノトの前に立つことさえ、怖気づいてしまう。

 だが、心の整理がつかぬ間に、ユノアの目の前には、ヒノトが待つ政務室の部屋の扉が迫ってきていた。




 政務室の中に入ってきたガイリとユノアの姿を見るなり、ヒノトは椅子から立ち上がって、近付いてきた。

 ヒノトの側に、まるで影のように佇んでいた大臣レダも、ガイリとユノアをじっと見守っている。

 ガイリの側へ歩み寄り、肩を叩きながら話しかける。

「突然呼び戻してすまなかったな、ガイリ。ゴザでの仕事振りは、よく聞いている。辛い仕事を、よく務めてくれた」

「もったいないお言葉です。ヒノト王…」

 次にヒノトは、ユノアに目を向けた。今や、ユノアの緊張は頂点に達していた。心臓は物凄い速さで打っているし、足もがくがくしてきた。ヒノトが歩み寄ってくる気配は感じるものの、顔をあげることさえ出来ない。


「ユノア…」

 ヒノトの声が、ユノアの名を呼んだ。切ない衝撃がユノアの脳を直撃して、ユノアは思わず目を瞑り、唇を噛み締めた。

 恐る恐る顔を上げたその先に、ヒノトはいた。ユノアのすぐ側に立って、ユノアがよく知っている穏やかな視線で、ユノアを見つめている。

「ユノア。お前の活躍も、よく聞いている。今や、お前が戦場に現れるだけで、グアヌイ軍の兵士は恐れ慄き、戦意を失くすというではないか。その若さで、しかも女の身で。大したものだ…。お前のおかげで、ジュセノス王国の平和な日々は守られている。国民に代わって、礼を言おう。ありがとう」

 ユノアはぎこちなく首を振った。

「そ、そんな…。もったいないお言葉です。王様…」

 その言葉を何とか絞り出しただけで、ユノアは黙り込み、俯いてしまった。

 ぎこちない態度のユノアを見て、ガイリは一瞬寂しそうな表情になった。だがすぐにユノアに背を向けると、再び椅子に座った。

 ヒノトとユノアのやりとりを息を飲んで見守っていた、レダ、キベイ、ガイリも、緊張を解いて、ふうっと息を吐いた。




 椅子に座ったヒノトは、レダに向かって合図をした。レダは頷くと、ガイリとユノアに向き直った。

「ガイリ。そして、ユノア。このたび、そなた達二人をマティピに呼び戻したのは、残念だが、その労をねぎらうためではない。他の任務についてもらいたいからなのだ」

 ようやく話が本題に入ったようだ。ガイリとユノアは表情を引き締め、姿勢を整えた。

「まず、密偵が調べたグアヌイ王国の現状から説明しよう。グアヌイ王国では、リュガ王の独断的な政治に対して国民の不満が募り、それを無理やり武力で抑え付けている状況だ。リュガ王に対して反感を持つ男達は根こそぎ兵士として徴収され、家族を人質に取る事で、無理やり戦いに追いこんでいる。本心ではリュガ王に対して反感を持っているとはいえ、家族のためだ。グアヌイ軍の兵士達は、死に物狂いで戦いに挑んでくるのだ」

 ガイリが頷いた。

「確かに、その通りでした…。兵士としての訓練をまともに受けていないような兵士達が、命を捨てて挑んでくるのです。もちろん、ジュセノス軍の精鋭部隊に敵うはずもなく、平原はすっかりグアヌイ軍の兵士の死体で埋まっています。あまりに悲惨な状況に、我が軍の兵士が戦意を喪失する有様で…」

「今の状況で、軍と軍が戦い合う意味などない。グアヌイ軍の兵士達が信念を持って戦いを挑んでくるのならば、こちらも戦ってそれを打ち破らなければならないが、無理やり戦わされているグアヌイ国民を殺したところで、それは無駄な戦いだ。我々が、グアヌイ国民の恨みを買ってしまうだけだからな。…我々が倒すべき相手は、ただ一人。グアヌイ王、リュガだ」

 レダの言葉の真意が分からず、ガイリは眉をひそめた。

「それはもちろん、そうですが…。どうやってリュガ一人を倒せばいいのでしょう?」

「策を持って倒す。戦争ではなく、グアヌイ王国の内部に潜入し、リュガ一人の命を絶てばよい」

 思いもしなかったレダの言葉に、ガイリは目を剥いた。

 レダは、更に言葉を続けた。

「この作戦の中心的存在となるのが、ユノア。お前なのだ」

 思いがけず出てきた自分の名前に、ユノアはきょとんとしている。

 ガイリも唖然としたままだ。

「どういう、こと、ですか…?ユノアが、何をするというのです」

 レダは一度言葉を止め、ちらりとヒノトは見た。ヒノトは無表情に、ガイリとユノアに視線を向けている。

 実は、この作戦はレダが提案したものだった。始めはヒノトの反対にもあった。だが今、ヒノトにレダを止める様子はない。ヒノトの沈黙はつまり、了承だと解釈し、レダは再び口を開いた。


「リュガは仮にも一国の王だ。殺すと言っても、簡単ではない。王の警備は万全の筈だ。その警備を担当しているのが、リャン将軍だ。リャンは、近頃負け戦が多いとはいえ、相当の武術の使い手であることは間違いない。指揮官としての能力も優れているので、リャンが警護をしている限り、リュガに近付くのは容易なことではない」

 ガイリとユノアは、息を詰めてレダの言葉に耳を傾けている。

「ならば、リュガとリャンを引き離してしまえばよい。ただでさえ、リャンは身勝手で横暴な王に、不満をもっているという。それを、もう一押ししてやればいいのだ」

「…私には、分かりません。レダ大臣。一体、どうしようというのですか?」

 レダは冷静な眼差しでユノアを見た。

「ユノア。お前に、リャンを誘惑してもらいたいのだ」

「……えっ!」

 ユノアも、ガイリも、ぽかんと口を開けてレダを見た。だがレダは、至極真面目だ。

「リャンは、真面目な武人だ。簡単に女に心を許したりはしないが、惚れた女には、とことんはまり、大切にする男のようだ。それとは対照的に、リュガは生まれ盛っての女好きだ。美しい女がいると見ればすぐに自分のものにしようとする。…分かるか?まず、ユノアにリャンを誘惑させる。リャンがユノアに夢中になったところで、ユノアとリュガを引き合わせる。リュガは必ず、ユノアを自分のものにしようとする筈だ」

 レダの瞳が冷たく光った。

「…リュガを殺すのは、リャンだ」

 あまりに冷たいレダの瞳に、ユノアは怯え、後ずさった。

 ガイリも青い顔をしている。

「そんな…。そんな、人の心を弄ぶようなことを、本当になさるおつもりですか?」

「それで戦争をせずにリュガを殺せるならば、多くの兵士の命が救われる。大した問題はないだろう」

 ガイリは咄嗟にキベイを見た。キベイは神妙な面持ちで頷いてみせた。これが一番いい方法なのだと、ガイリを諭すように。


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