第三章:勝利軍の凱旋
ゴザの街は、歓喜に沸き立っていた。つい七、八時間前は、グアヌイ軍に攻め込まれるのではないかという不安におののいていたというのに、そんなことなど、人々は忘れ去ってしまったようだ。
どこから集めてきたのか、ガイリ達の軍が進む道には、人々が撒く花びらが舞い踊っている。楽器が鳴らされ、人々はリズムにのって手を叩きながら、喜びの声を兵士達に浴びせた。
兵士達の顔も、今は満面の笑みに変わっている。
中でも、人々の目を引き付けたのは、ユノアの存在だった。兜を脱ぎ、銀色の髪の毛をなびかせて、背筋を伸ばし、まっすぐに前を向いて馬を進めるユノアの姿は、少女とは思えぬほどに堂々としている。
ユノアの肩に、チュチが舞い降りてきた。戦いを終えたユノアの疲れを労うように、チュチが身体を摺り寄せてくる。
「チュチ…」
ユノアも手を添えて、チュチのふわふわの白い毛を撫でた。
近付いてくるガイリ達を、ヒノトも、キベイ達将軍を引き連れて出迎えた。
「いよっ!よくやった!」
オタジの掛声は、まるで酔っ払いの親父のようだ。
オタジだけでなく、他の兵士達も、思い思いの激励の言葉を口にしている。グアヌイ軍の猛威が去り、すっかり気分が緩んだらしい。王が側にいるというのに、兵士としての規律も緩んでしまっている。
だが、ヒノトもキベイも、それを咎めようとはしなかった。兵士と共に手を叩き、笑い声をあげて、この勝利を喜んだ。
ヒノトは、ガイリの側にいるユノアを眩しそうに見つめた。
(大きく成長したな。ユノア…)
これまでのユノアとは、見違えるようだった。一人前の兵士として、仲間からも、街の人々からも認められ、信頼されたユノアが、そこにはいた。
ヒノトの手の中で守られていた、弱弱しいユノアの面影は、もはやなかった。
(これからもお前はこうして、どんな困難も、悲しみも乗り越えて、成長し続けていくんだな。俺の助けがなくても…)
ユノアの成長を嬉しく思う反面、心をよぎる寂しさも、ヒノトは感じていた。
「ヒノト王!」
ガイリは馬を降り、ヒノトの前で一礼した。
「ガイリ!よくやったな!お前の活躍のおかげで、このゴザだけでなく、ジュセノス王国そのものが、助けられた」
「私の活躍ではありません。部下達が、よくやってくれたからです。私は、リャンと対峙していただけに過ぎません」
「そうだな。みんなの手柄だ。私も、見張り台から見させてもらっていたが、見事な戦いぶりだった」
ヒノトは、ガイリの後方にいた兵士達に目を向けた。
「みんな。本当に、よくやってくれた。そなた達の働きで、国が救われたのだ。そなた達は、英雄だ。今夜は、宴会を用意することにしよう。思う存分、酒を飲み、腹を満たしてくれ!」
兵士達は歓喜の声をあげて、両手をあげた。
「ヒノト王様、万歳!ジュセノス王国、万歳!」
勝利軍とヒノトを称える声で、ゴザが揺れた。
その声に応えながら、ヒノトは三鬼将軍と共にその場から立ち去ろうとした。
だが一瞬だけ、ヒノトがユノアを見つめた。
いろいろと衝撃の多かった戦いが終わり、ぼんやりとしていたユノアも、ヒノトの視線に気付いた。
ヒノトと視線が合っていたのは、ほんの五秒ほどだったと思う。ヒノトはユノアに向かって頷いてみせると、またすぐに視線を逸らせた。
だが、ユノアには、ヒノトの声が聞こえた気がした。
(よくやったな。よく頑張った)
ヒノトと目が合うなど、屋根の上で別れたあの夜以来のことだと思う。
これからは、何があろうとも、強い意志を持って、兵士として生きていこう。絶対に途中で投げ出したりはしない。そう決意して、張り詰めていた心が、ふいに緩んだ。ユノアの目に、涙が浮かぶ。
(頑張ろう。自分で選んだ道を信じて、私は行こう)
無理やりではなく、自然な気持ちで、ユノアはそう思うことができた。
ユノアはようやく、ラピのことを思い出すことができた。思い出の中で、ラピは笑っていた。
ユノアは、胸に掛かったお守りを握り締めた。
(私を、許してくれるの?あなたを死なせてしまった私を…)
問いかけても、ラピからの返事はない。ただ、笑っているだけだ。
(ラピ…)
ラピを想い、ユノアは目を瞑った。