第三章:哀れな敵兵
敵兵に闘志がないことを見て取ったガイリは、大声で言い放った。その声は、戦場に響き渡った。
「戦は終わりだ。ジュセノス軍の勝利だ!グアヌイ軍の兵士よ。剣を捨てるのだ。既に、お前達の指揮官であるリャン将軍は逃亡した。これ以上の戦いは無意味だ。降伏し、我々の捕虜となれ」
ジュセノス軍の兵士は、あっという間にグアヌイ軍の兵士を包囲していく。一箇所に集められた兵士達は、青ざめた表情で俯いている。
ガイリはもう一度言った。
「さあ、剣を捨てるんだ。戦意の無い者を、我が国王、ヒノト王は殺しなどしない。大人しく、捕虜になるんだ」
兵士の中でも部隊長らしい男が一人、ガイリに言った。
「なるほど…。ヒノト王とは、随分と優しい王なのですね。そんな王にお仕えできたならば、我々の人生も違ったものになっていたのでしょう…。ですが、我々は捕虜になることは出来ません!そんなことをすれば、国に残してきた家族が、臆病者の家族として、酷い目に合うのです!戦場に出た我々にある道は、勝利か、死のみです!」
止める間などなかった。その男は自分の剣を持つと、喉を切り裂いてしまったのだ。
他の兵士達も、次々に男に続く。
「や、止めろ!止めさせるんだ!」
ガイリが叫び、ジュセノス軍の兵士達が飛び掛っていったが、時すでに遅かった。
全てのグアヌイ軍の兵士が、絶命した。
ガイリを始め、ジュセノス軍の兵士達は、無残な死体に変わったグアヌイ軍を、呆然として見つめていた。
ガイリの側にいた一人の兵士が、呟いた。
「そういえば、聞いたことがあります…。グアヌイ王国では、高すぎる税金を納めることさえやっとなのに、そのうえ働き手である若い男子を戦場に送ることをしぶる者がほとんどなのだと…。志願では兵士を確保することができなかったリュガ王達、軍の幹部は、強制徴兵に切り替えた上、兵士の家族を人質代わりにして、兵士を脅しているのだそうです。家族の生活を守りたければ、命を賭けて戦えと…」
ガイリは思わず、グアヌイ軍の兵士の遺体から目を背けた。
「嫌な話だな…。戦いに勝利した満足感など、消え去ってしまうようだ…」
重苦しい雰囲気を振り払うように、ガイリは兵士達に向かって手を叩いた。
「さあ、みんな。ゴザへ帰ろう。勝利軍として、胸を張って帰るんだぞ!」
兵士達はわざと大きな声を出し、ふざけ合いながらゴザへと向かい始めた。目の前で起きた憂鬱な出来事を振り払おうとするように。
ガイリはユノアに近付いていった。
「ユノア。よくやったな!見事な働きぶりだった。見違えたよ。敵兵を殺せないとめそめそしていたお前は一体、どこへ行ってしまったんだ?」
「…ありがとうございます。将軍」
「…どうした。今回の戦の一番の勇者が、うかない顔だな」
「…私は、決心してきたんです。もう迷わないと。ジュセノス軍の兵士としての自覚と誇りを持ち、活躍してみせると。今回の戦いで、誰よりも敵兵を倒し、活躍する自信はありました。そして戦いが終わったとき、私は完全に過去の呪縛を乗り越えて、兵士としての自信をつけるつもりだったのです…。でも今、私の心から迷いは消えていません。またいつ、敵兵を殺せなくなるかもしれない。それが、怖いんです…」
ガイリはふぅっと息を吐いた。
「お前はとても真面目な奴なんだな、ユノア…。そこまで考え始めると、辛くなるだろう。見てみぬ振りをしなければ、通過できないことだってあるんだ。お前のことだから、グアヌイ軍の兵士に同情してるんだろうが…。敵兵に同情しているようでは、一人前の兵士とは言えないぞ」
ユノアは困惑した表情で俯いた。
「戦場とは、生と死が隣あっている場所だ。敵を殺さなければ、こちらが殺されてしまう。気持ちを強く持て。お前は兵士なんだ、ユノア。お前は何も、間違ったことをしていない」
「はい…」
ガイリはユノアの背中を叩いた。
「さあ、胸を張れ!我々は勝利軍なんだ」
「はい!将軍!」
滲み出ていた涙をぐっとこらえ、顔を上げると、ユノアはきっと前を見つめた。