第三章:彷徨った先に…
ゴザを飛び出したユノアは、無我夢中で馬を走らせていた。ただただ、ゴザから、ラピの家族から、離れたかった。
どこへ行こうと思っていたわけでもない。何も考えてはいなかった。
走り続けていた馬が止まった。
馬のたてがみに顔を埋めていたユノアは、ゆっくりと顔をあげた。
その目に映った光景に、ユノアは言葉を失った。そこは、ガジュの森だったのだ。ユノアが、ダカンとカヤを埋葬した、あの森だ。
全くの偶然で、馬がこの森へ辿り着いたのか。それとも、無意識のうちにユノアがここへ向かっていたのか。それは、ユノア自身にも分からなかった。
呆然とした表情のまま、ユノアは再び馬を進めた。
ガジュの森は、やはり静かだった。馬が進む足音以外に、何の音もない森の中へ、葉の隙間をすり抜けた太陽の光が差し込んでいる。
進むに連れ、周囲のガジュの樹はどんどん大きく、太くなっていく。
その中でも最も大きい、巨木の前でユノアは馬を止めた。
その根元に、ダカンとカヤの墓はあった。
積まれた石も、周囲の様子も、全く変化がない。ユノアが、ヒノトに連れられてこの場所を去ったあの日と、同じままだった。
馬を降り、ユノアは二人の墓の前に膝をついた。チュチもユノアの膝の側に寄り添って、神妙な顔つきでじっとしている。
まだぼんやりした目つきのままユノアは、墓として積まれた石をじっと見つめ、そして、手を伸ばして触れた。
「お父、さん…。お母、さん……」
言葉にした途端、熱い想いが心に溢れてくる。ユノアの目に涙が溢れた。二人の墓の上に覆いかぶさり、泣いた。
涙の間から、ユノアは二人に話しかけた。
「お父さん、お母さん…。私は今、マティピに住んでるんだよ。ジュセノス軍の兵士になって、王宮にいるの。すごいでしょ…。大切な人もたくさんできたの。友達も…。でも、でもね。その中でも一番大切な人が、いつも私の背中を押してくれてた人が、…死んじゃったの。名前をね、ラピっていうの…」
ユノアは、まるでカヤの身体に抱きつくように、石に顔をこすり付けた。
「ラピが死んだのは、私のせいなの。私が、敵を倒せなかったから…。ラピは私を庇って、死んでしまった。…お父さん、お母さん。私はどうやって、ラピに、…ラピの家族に償ったらいい?」
だが、当たり前のことだが、ダカンとカヤからの答えはない。それでも尚、ユノアは問いかけた。
「私のせいで、大切な人が…。私よりもずっと立派で、生きているべき人が、死んでしまうの。もう嫌!私なんて、いなくなった方がいいんだ。私なんて、お父さんとお母さんが死んでしまったとき、一緒に死んでしまえば良かった!」
ユノアの声は、虚しく森の中に響き渡った。
ふと、ユノアは恐ろしくなった。何の答えもない森の沈黙が、ユノアへの怒りのように思えたのだ。
弱音ばかり言うユノアに、皆が呆れているように思えた。いつも無条件でユノアの味方でいてくれたダカンとカヤさえ、ユノアに怒りを向けているようだった。
それもその筈だ。今のユノアの発言は、今までユノアを大切に想い、守ってくれた人々の想いを全て、無駄にするようなものだったのだから。
ユノアは、ダカンとカヤの墓から離れた。二人が恐ろしくなったのだ。
ユノアは再び馬に跨ると、逃げるように、そこから去っていってしまった。
ガジュの森の中で、ユノアは行く先を失っていた。ダカンとカヤの側にはいられない。といって、マティピにも帰りたくはない。
そうなると、行く方向は一つしか残されていなかった。
だが、森を抜けたユノアは、その目に映った光景に、再び心に重い衝撃を受けた。
ユノアは、ファド村へ戻ってきたのだ。この世で一番、来たくはなかった場所だった。
だが、ガジュの森へは戻れなかった。ダカンとカヤの怒りが、後ろから迫ってくるようだった。
ユノアは恐怖に満ちた顔で、ファド村へと足を踏み入れた。
一目につかぬよう雑草の中に身を隠しながら、ユノアは足を進めた。
足を進める中で、ユノアは一人の村人さえ見かけることはなかった。いくら田舎の村とはいえ、以前、ユノアがここに住んでいたときには、村人が連れ立って歩いていた道にも、今は人影一つない。
ファド村は、衰退してしまったのだ。今一体、何人の村人がここに住んでいるのだろう。
(私の、せいだ…)
ごめんなさい。ごめんなさい。
ユノアは心の中で、謝罪の言葉を繰り返した。その表情は虚ろで、目に生気は感じられない。
ユノアの足が止まった。その目に映ったのは、変わり果てたかつての我が家だった。
家というのは、そこに住む者がいなくなった途端に荒れ果てるものだ。ユノア達がこの家に住まなくなって、四年以上が経つ。家の屋根である木の板は剥がれ落ち、もはやその役目を全く果たしていない。家を支える柱も、虫に食われたのだろうか、穴だらけだ。原型を留めているのが不思議なほどの、酷い状態だった。
かつて住み慣れた思い出深い家で、心を癒すことさえ、ユノアには出来なかった。
呆然と我が家を見つめていたユノアは、ふと目を向けたその先に、四年前と変わらぬ風景を見つけた。
それは、ガジュの樹だった。四年前、畑だった場所には、今は雑草が生い茂っている。だが、ガジュの樹は何も変わっていなかった。疲れきったユノア達家族をいつも癒してくれた、そのままだった。
自分の背丈ほども伸びた雑草の間を歩いて、ユノアはふらふらとガジュの樹に近付いていった。
ユノアが樹の根元に立つと、樹の葉が動き、今までそよ風さえなかった辺りに、雑草を強く揺らすほどの風が吹き始めた。
ついさっきまで、ユノアはガジュの森にいた。だが、森で感じた孤独と恐怖は、ここにはない。太陽の光を身体いっぱいに浴びて、ファド村のガジュの樹は輝いていた。みずみずしい生命力に溢れていた。その姿を見ていると、ユノアはようやく安心することが出来た。
ようやく居場所を見つけた想いで、ユノアは思わず樹に抱きついていた。
樹は何も語らない。傷ついたユノアを慰める言葉など、言ってはくれない。それなのに、ユノアの心は癒されていた。
樹の根元に腰を落ち着けて、ユノアは心地よく吹き抜ける風に身体を預けていた。銀色の髪の毛も、その下で輝くエメラルドのイヤリングも、その輝きを取り戻していた。