第三章:止まった心
ゴザの中に設けられた兵士の宿営所では、戦を終えた兵士達が、疲れきった身体を休めていた。
だが、そのほとんどが重度の怪我を負った者ばかりで、看護にあたる女達は、息をつく暇もないほどに働き続けている。
ざわめく宿営所の隅でユノアは、寝転んで疲れを癒そうとする気配など微塵もなかった。壁に背中をつき、膝を抱えこんで、じっと動かずにいる。
ユノアの側にいるチュチも、ユノアに同化してしまったかのように、身動き一つしない。
ユノアに食事を運んできた女が、ユノアの身体を気遣って声をかけたが、ユノアは返事をしようともしなかった。不審そうな顔をしながら、女は去っていった。
ユノアは今、誰とも関わりを持つつもりはなかった。口を開くのが億劫だった。頭を働かせるのを、拒んでいた。何かを考えれば、ラピのことも一緒に思い出してしまう。
半日以上が経過しても、ユノアは微動だにしなかった。膝を抱え込んだ、その体勢のままだった。
今また一人、ユノアに近付いてきた者がいた。
「ユノア…?」
それは、ミヨだった。マティピ王宮から、女官も大勢、ゴザへ応援に駆けつけてきていたのだ。
全く動こうとしない、異様なユノアの様子は、すぐに女達の噂になった。もちろん、ミヨの耳にも入った。
ミヨが側に寄っても、ユノアは何の反応も示さなかった。
「ユノア?一体どうしたの?ユノア!」
ミヨは、ユノアの身体を掴んで激しく揺さぶった。だがユノアの目がミヨを映すことはなかった。
戦場でどんな辛いことがあったのだろう。今までユノアが悲しむ場面は何度も見てきたミヨだったが、こんなユノアは初めてだった。
「ユノア…!」
ミヨは涙を流しながらユノアを抱き締めた。
だがやはり、ユノアは表情さえ変えることはなかった。
それから段々と、ミヨはユノアが体験した悲しい出来事を理解していった。
ラピが死んだ。それは、ミヨにとっても、とても悲しいことだった。
だが、ラピが死んだことをいつまでも悔やんで、今生きているユノアが立ち止まってしまうのは、絶対に駄目だと思った。それどころか、このままではユノア自身まで、弱って死んでしまいそうだった。それだけは阻止しなければと、ミヨは固く誓った。
とにかく食事を摂らせなければというミヨの熱意が伝わったのか、ユノアは少しずつだが、食事をとるようになった。ミヨが話しかけると、反応を見せて、一言二言、返すようにもなった。
(今は、ゆっくりと休養すればいい。いつか元気になってくれれば…)
ミヨはそう考えて、今はユノアを静かに見守ろうと思った。
ミヨが驚くべき情報を知ったのは、それからまもなくの日のことだった。
なんと、ラピの家族がゴザに来ているというのだ。
ミヨは一瞬迷ったが、このことをユノアに知らせることにした。
ユノアの元に走っていくと、ユノアはぼんやりとした表情ながらも、ミヨを見上げた。
ユノアの側に跪き、ミヨは、ユノアがどう思うのだろうと気遣いながら、話しかけた。
「ユノア、あのね…。今、ゴザに、ラピの家族の人達が来てるんだって。どうする?…会いに行ってみる?」
ミヨの想像以上に、ユノアは過敏に反応した。明らかに動揺し始めて、目をうろうろさせ、呼吸も荒くなっている。
「ユ、ユノア…。辛いなら、会わなくていいと思うよ」
ユノアは目を閉じると、じっと何かを考えている。その額には、汗が浮かんでいる。
だが唐突に立ち上がると、宿営所の出口に向かって歩き始めた。だが、立つのは久しぶりのことなので、足元がふらついている。
ミヨも慌てて立ち上がると、急いでユノアの側に寄り添った。