第三章:決戦の結末
ゴザの城壁の上の見張り台に立って、ヒノトは平原に目を凝らしていた。
ヒノトの隣では、ほら貝を持った兵士が、帰還の合図を鳴らし続けている。
キベイも、オタジも、ガイリも、そこにいた。
誰もが、一言も言葉を発しようとはしなかった。鎮痛な面持ちで、未だたくさんの兵士の死体が野ざらしにされたままの平原を見つめている。
ここに立っている者の思いは、皆一緒だった。
(どうか、一人でも多く、還ってきてほしい…)
その思いが届いたのか、平原に、一人、また一人と、兵士が姿を現し始めた。
皆、疲れきった表情で、走る気力もないらしく、一歩一歩足を踏み出しながら、ゴザに近付いてくる。
兵士が自分の部下だと分かると、将軍達の顔もわずかに綻んだ。オタジは居ても立ってもいられなくなったらしく、見張り台から走り降りていった。
帰還してきた兵士の数は、五千人ほどになった。
死んだと思っていた者が還ってきたので、沈んでいたゴザの街にも活気が戻った。
疲れきった兵士を癒そうと、食事を作ったり、怪我の手当てをしたりと、人々は忙しく働いている。
(…もう、還って来る者はいないだろう。これだけ還ってきてくれれば、上々だ…)
そう判断し、ヒノトがほら貝を吹く兵士に止めるように言おうとしたときだった。
新たに一人、平原に現れた者がいた。
足を引きずるように前に出しながら、ゆっくりと、ゆっくりと、ゴザに近付いてくる。
その者はまだ遥か遠くにいて、その姿は豆粒ほどにしか見えないのに、ヒノトにはそれが誰か分かった。
隣にいたガイリも、気付いたようだった。
ガイリは身を乗り出して、その人物の正体を確かめた。
「ユノア…!」
確信を得た途端、ガイリは見張り台から飛び降りていってしまった。
ヒノトは一歩も動けなかった。視線はユノアに囚われたまま、微動だにできなかった。
ユノアの顔には、何の表情もなかった。それはヒノトにとって、見覚えのあるものだった。
ユノアがヒノトに連れられてマティピに来たばかりの頃。両親を亡くして心を閉ざしていた頃。あの頃の顔に、そっくりだった。
ガイリは、ゴザの外へと飛び出していった。
ユノアの側に走り寄る。ガイリが目の前に立つと、ユノアも動きを止めた。
切らした息も落ち着けぬうちに、ガイリは尋ねた。
「ユノア…。他の兵は、どうした?」
ユノアはガイリの顔を見ようともせずに、虚ろな瞳で、生気のない声で答えた。
「…みんな、死にました。突然、グアヌイ軍の兵士に襲われて」
ガイリは絶句した。まさか、今回の戦いには参加していなかった年少兵まで殺されるとは思っていなかった。
乾いた声で、ガイリは再び尋ねた。
「ラピも、…死んだのか?あんなに腕の立つ奴が…。そんなに敵の数が多かったのか?」
ユノアは首を振った。
「十五人でした。ラピは一人で、敵を全て倒したんです」
ユノアの説明に、ガイリは困惑した表情になった。敵を倒したなら、何故ラピは死んだのか、分からなかったからだ。
「ラピは…。私を庇って、死んだんです」
ユノアは更にうな垂れた。
「…ガイリ将軍。私は、将軍の言いつけを守れませんでした。仲間が殺され、私自身の命も奪われようとしたあの時になっても、私は、…敵を殺せませんでした」
ガイリは息を飲んだ。最後の最後まで危惧していた事態が、やはり現実に起こってしまったのだ。
「敵を殺せず、窮地に陥った私を、ラピは庇い、敵と刺し違えて、死んだんです…」
ガイリの顔が苦渋に歪んだ。
「…分かった。いいからもう、ユノア。お前は休め」
ユノアは顔を上げて、ガイリにすがりつくような目をした。
「どうしてですか?将軍の言いつけ破って、仲間を死なせてしまった私を、何故罰しないのですか?どうか、罰を与えてください!」
「ユ、ユノア…」
ガイリは戸惑った。一気に沸騰したようなユノアの激情に、驚いたのだ。
「お前には、きちんと罰を与える。だが、疲れて帰ってきた者を痛めつけるほど、私は非情ではない。…いいから休め。食事を取り、眠るんだ。分かったな」
それ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、ユノアは口を噤んだ。
再び虚ろな表情になって歩き出したユノアを、さすがにガイリも心配そうに見送った。