第三章:友人の死
腹から背中にかけて剣を突き刺されたラピは、倒れそうになる身体を、歯を食いしばって支えた。
自分の身体を突き刺している兵士の手を持つと、そのまま密着し、その首元に自分の剣を走らせた。
首の動脈を切られ、兵士は絶叫した。ラピとユノアの上に血の雨が降り注ぐ。
絶命した兵士の手から、剣が離れた。ラピは、自分の腹に刺さっている剣の柄を握り締めると、勢いよく身体から抜いた。
ラピの腹から、大量の鮮血が噴き出す。自分の腹に手を当て、ラピはそこから流れ出る大量の血を確認した。
「ラピ!」
この世で最も大切で、最も愛しい人の声がする。
後ろ向きに倒れこんだラピは、その人の手によって支えられた。
そして今目の前に、こんなにも近くに、その人がいる。
ラピはうっとりと呟いた。
「ユノア…」
だが、愛しいユノアの顔は、泣き顔に歪み、美しい肌は、涙と血ですっかり汚れている。
「ラピ。ラピ…!嫌だ。嫌だよ!死んじゃやだぁ!」
「ユノア…」
ラピは微笑んだ。
「泣くなよ…。お前を泣かせるために、俺はこんな姿になったんじゃない」
「…何で?何で、私なんかを守ってくれたの?私なんて、死んでもいいのに。こんな、私なんて…!」
ユノアの言葉を聞いて、ラピは悲しそうな表情になった。
次の瞬間、ラピがむせ込んだ。その口から、大量の血が溢れ出た。
ユノアの顔が恐怖に歪む。
「ラ、ラピ…!」
ユノアはラピの腹に手を当てて、そこから流れ続ける血を抑えようとする。
「止まって…。止まってよぉ!」
ユノアの目から涙が溢れる。真珠のような涙の粒を、ラピはじっと見つめていた。
「ユノア…」
ラピが呼びかけると、ユノアは涙に塗れた目でラピを覗き込んできた。
「ユノア。俺は、死ぬことなんて怖くない。だけど俺が死んでしまうことで、お前が苦しんで、生きるのを止めてしまったりしたら…。俺にとって、それ程辛いことはない。約束してくれ、ユノア。どんなに苦しくても、生き続けると。俺の人生を、どうかお前が、受け継いでくれ」
「…無理、だよ。私は、ラピみたいに強くない」
ラピは苦笑した。
「お、前…。こんなときくらい、嘘でもいいから、気の利いた言葉を、言ってみろよ…」
ラピは、視界がどんどん霞んでいくのを感じていた。身体が重くなる。手も足も、感覚を失っていく。
(ああ、俺は死ぬんだ…)
その事実を、ラピはやけに冷静に受け止めていた。
ラピはユノアの顔に手を伸ばした。その手についた血が、ユノアの頬に赤い筋をつくった。
「笑ってくれよ、ユノア…」
ユノアは、ラピの願いに答えようとした。だが、上頬を上げようとしても、震えるばかりで上がらない。笑おうと細めた目からは、涙が溢れてしまう。
その顔を見たラピの目からも、遂に涙が流れた。
「ごめんな、ユノア…。どうして俺は今、死ななければならないんだろう。もっと、お前の側にいたかった。お前を支えてやりたかった。こんな…。お前に苦しみしか残せないなんて。嫌だ。俺は嫌だ!」
「ラピ…」
ラピが泣いている。死んでしまいそうなラピが、自分を心配して泣いている。ユノアは、自分が情けなくて仕方なかった。
笑おう。ラピのために。
もう一度ユノアは、笑うことに挑んだ。
ラピの目に、優しく微笑むユノアの顔が映った。
それは、ラピがこれまでこの世の中で見てきたものの中で、一番綺麗なものだった。
ラピの顔にも、笑顔が浮かんだ。
「ユノア…。お前に出会えて、本当に良かった。お前と一緒に過ごすことができて、俺は、幸せだったよ…」
ラピを抱きとめているユノアの身体に、ラピの重みがのしかかってくる。
ユノアの顔から、笑顔は消え去った。
「ラピ!?」
ラピの目が、ゆっくりと閉じられていく。そしてラピの視界は、暗闇ではなく、真っ白な光に変わっていった。
ユノア。俺は、お前が好きだったんだ。お前は全然、気付いてなかったけどな…。
一番大切なその気持ちは、遂に、ユノアに伝わることはなかった。
動かなくなったラピを腕に抱えたまま、ユノアは呆然と座り込んでいた。
「ラピ…?」
呼びかけてみるが、ラピから返事はない。
「いや…。いやだ。いやだぁぁ!」
ユノアの頬を、まだ涙が伝った。涙は、ラピの顔へと落ちていった。
ラピが死んでしまった。その事実を、ユノアは理解していた。それがどんなに受け入れたくないことでも、理解はしているのだ。
でも、受け入れたくない。絶対に、認めたくなかった。
声にならない叫び声をあげて、ユノアはラピを抱き締めた。だが、どんなにユノアが泣いても、ラピが再びユノアを慰めてくれることはなかった。
悲しみのあまり放心しているユノアの耳に、ほら貝が吹き鳴らされる音が聞こえてきた。
それは、ジュセノス軍の兵士に、戦いの終わりを告げる合図の音だった。この音を聞いたら、敵の目を逃れて潜んでいる者も全て、ゴザに帰ってくるように命じられていたのだ。