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星姫の詩  作者: tomoko!
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第三章:危機を乗り切れ

 平原での戦いは、まさに血みどろの戦いとなっていた。

 大地は一面に赤い血の色に変わり、戦っている者も、もはや自分が生きているのか、死んでしまっているのかさえ、分からない状況だった。ただとり憑かれたように、目の前にいる敵に向かって剣を振るっている。




 一万の別働隊を加え、圧倒的有利に立っていた筈のグアヌイ軍は、ジュセノス軍の勢いに押され、じりじりと後退していた。

 後ろから戦いを観戦していたリュガ王は、苛々しながら金切り声をあげた。

「何をしている!こちらは一万も兵の数が多いんだぞ。何故後退するんだ」

 リュガの側で、リャン将軍が控えめに声を上げた。

「王よ…。恐れながら申し上げます。ジュセノス軍の先頭には、キベイ、オタジ、ガイリの三将軍がいるのです。それも、別働隊を殺されてよほど気が立っているのか、いつもにも増して、鬼人のごとき戦いぶりだと…。近付いたものが次々と切り伏せられる地獄のような光景に、兵士達はすっかり戦意を消失しております」

 リュガは怒りのあまり、顔を引きつらせた。

「だったらお前が行って、その三人を倒してこんか!将軍という地位について金ばかり取る、この役立たずめが!」

 リュガの言葉に、リャンの頬も引きつった。

「…お、お言葉ですが、王よ。私は先日、ゲイドに侵入したガイリ将軍と戦い、負傷した傷がまだ完治しておりません」

 リュガは憎憎しげに舌を打った。

「お前は、ジュセノス軍の将軍どもに勝てた試しがないな。情けない奴だ!もし私の元に、お前ではなく、あの三将軍の誰か一人でもいたら、私はとっくの昔にジュセノス王国を我が物に出来ていただろう」

 リュガの言葉に、リャンの心は怒りに沸き立った。ぐっと拳を握り締め、リャンは必死に怒りを堪えた。




 そのとき、リュガのすぐ前にいた兵士達が、悲鳴をあげながら後退してきた。

 何事かと目を凝らしたリュガの顔は、すぐに恐怖に引きつった。

 馬に乗ったガイリが、たった一人でこちらに突進してくるのだ。ガイリの周りにいる兵士達は、リュガを守ろうとするどころか、我先にとガイリの側から逃げ去っていく。

 ガイリはまっすぐにリュガを睨みすえた。

「リュガーーっ!」

 ガイリの叫び声が、リュガの鼓膜を突き刺す。リュガは震え上がった。


 リュガに向かって振り下ろされた剣の前に立ちはだかったリャンは、何とか剣を受け止めた。だがそのあまりの衝撃に、弾き飛ばされてしまった。

 ガイリの乗った馬は、一度リュガの側から走り去った。だがすぐに馬の向きを変えると、ガイリは再び猛烈な勢いでリュガに向かってきた。

「ひぃぃぃっ!」

 リュガは恐怖におののき、身を隠そうとしている。

 リャンは、側にいた兵士達に命じた。

「王を守るんだ!ガイリに矢を射かけよ!」

 リャン自身も弓を持ち、何十人もの兵士が一斉にガイリに向かって矢を放った。

 ガイリは剣を振るって矢を叩き落したが、さすがに防ぎきれなかった。一本が太腿に命中したのだ。

「ちっ!」

 ガイリは舌打ちし、リャンを睨み付けた。

 リャンはもう一度矢を構えると、来れるものなら来てみろと、ガイリを威嚇している。

 リュガの周りに、兵士の人垣が出来ているのを見て取ったガイリは、もはやリュガを討つのは不可能だと判断した。




 馬の向きを変え、ガイリはリュガの側から離れていった。

 リャンはふうっと息を吐くと、リュガの側へと走り寄った。

「王よ。お怪我はありませんか?」

 リュガはぶるぶると震えていたが、きっとリャンを睨みつけると、突然癇癪を起こしてリャンを殴りつけた。

「こっの…!愚か者めが!この私に、ガイリを近づけるとは…!しかもおめおめと、ガイリを逃がし寄って…!」

「も、うしわけ、ありません…」

 リュガはふらふらしながら立ち上がった。

「わ、私はもう、帰るぞ。こんな恐ろしい場所にいられるか。誰か、籠を持ってこい。ゲイドに帰るぞ」

「は、はい。リュガ王」

 すぐに、戦場には不似合いな、きらびやかな籠が用意された。籠に乗り込んだリュガは、リャンに冷たく言い放った。

「お前は、私が無事にゲイドに戻るまで、ここでしっかり守っておれ。それくらいのことは出来るであろう」

「…。はっ。承知いたしました」

 リャンは唇を噛み締め、去っていくリュガの後姿を見送っていた。




 もう何人の敵兵を倒しただろうか。もはや、ヒノトはふらふらだった。手は感覚を失い、今にも剣を落としてしまいそうだ。

 そんなヒノトの耳に、頼もしい声が聞こえてきた。

「ヒノト様!」

 それはキベイの声だった。見ると、キベイが馬を走らせ、こちらに突進してくる。

「おのれ…!ヒノト様から離れろ!」

 キベイは、ヒノトの周りにたかっていた敵兵を次々に切り伏せていく。

「ひ、ひぃ!」

 キベイのあまりの強さに、敵兵は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ヒノトは荒い息をつきながら、キベイを見た。

「ありがとう、キベイ…。お前が来てくれるのがもう少し遅かったら、私は命がなかったかもしれない」

「ヒノト様…。お許しを。もっと早く、帰ってくるべきでした…。ですが、お喜びください。グアヌイ軍が退却を始めました。」

「な、何!本当か!」

 ヒノトが目を向けると、確かに、グアヌイ軍の旗は次々とゲイドの方向へと退却していっている。

 キベイも安心したような表情だ。

「直に、オタジとガイリも戻ってくるでしょう。そうしたら、兵をまとめ、ゴザに戻れます」

「…ああ、そうだな。一刻も早く、兵を労ってやりたい」

 絶体絶命の戦を乗り切ったというのに、ヒノトの顔に喜びはなかった。この戦が、決して勝ち戦ではないからだ。

 平原に横たわる、無数のジュセノス軍の兵士の遺体。それは、あまりに大きな犠牲だった。

ヒノトは悲痛な表情で、その悲惨な光景を目に焼き付けていた。


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