第三章:いちかばちかの選択
ジュセノス軍とグアヌイ軍の間では、互角の激戦が続いていた。その均衡を崩す鍵である別働隊の動きが、今や両軍にとっての生命線となっていた。
激しい戦いの声を聞きながら、ヒノトはキベイに言った。
「キベイ。ガイリにすぐに連絡をとってくれ。俺が命令するまで、動かぬよう。敵に見つからないように、隠れていろと。そしてもう一つ。一刻も早く、グアヌイ軍の別働隊を見つけるんだ!奴らの動きを詳細に知りたい」
「はい!ヒノト王!」
早速、五人の兵を連れて、キベイはヒノトの側から離れた。
だが、すぐにキベイは、思いがけない人物とでくわすことになる。ガイリだった。
ガイリは泥だらけの姿ではあるが、キベイの姿を認めると、大きく腕を振って走り寄ってきた。
「キベイ将軍!」
キベイは驚きつつも、馬を止めた。
「ガイリ…!どうしたんだ。何故ここにいる。他の者は…。お前の部下の、一万の兵はどうした?」
「説明は、後にさせてください。一刻も早く、王にお会いしなければ!私を、王の元へ連れていってください!」
鬼気迫ったガイリの表情に、キベイは頷くしかなかった。
「分かった。乗れ、ガイリ!」
ガイリがキベイの後ろに飛び乗ると、すぐにキベイは馬を返し、ヒノトの元へと全速力で戻っていった。
目の前に現れたガイリに、ヒノトは唖然とするしかなかった。
「ガイリ…。何があった?」
ガイリはヒノトの足元に跪き、頭を垂れた。
「ヒノト王…!私の率いていた別働隊は、壊滅しました。林の中に潜んでいたところ、突然に敵の奇襲を受け、反撃することも出来ず…。私は逃げろと言うことしか出来ずに、部下達の安否も全く分かりません。ですが、とにかくこの状況を、ヒノト王にお知らせしなければと…。王よ。奇襲を仕掛けてきた敵の別働隊は、一万はいたと思われます。それがほぼ無傷のまま、残っているのです。対する我が軍は、一万の戦力を失いました」
側で聞いていたキベイも、愕然としている。
「何と…!深刻な事態ですぞ、王よ!」
「ヒノト王。ここは、一旦ゴザに引き上げるべきです。しんがりは、私が命を賭けて務めますので!」
死んでいった部下に報いるためにも、何としても王の安全を守らなければならない。ガイリは、悲痛な覚悟を固めていた。
だが、ヒノトは冷静に言った。
「ガイリ。お前の申し出は嬉しいが…。もう、遅いようだ。見てみろ」
ヒノトの指差した方向に視線を向けたガイリの目に、絶望が浮かんだ。
林の中から、グアヌイ軍の甲冑に身を包んだ無傷の大軍が、混沌とした戦場に、砂煙を上げながら向かってきていたのだ。それは、ガイリ達を襲った、あの別働隊に間違いなかった。
ガイリはヒノトの方を向いて叫んだ。
「王よ!王だけでも、すぐにお逃げください!王さえ生きておられれば、この雪辱を晴らす機会は、必ず訪れます!」
濛々と立ち上る砂煙を身ながら、ヒノトは考え込んだ。
そしてゆっくりと口を開いた。
「いや、私は、ここに残る」
それを聞いたキベイは、猛然と反論した。
「なりません!ここにおられては、王のお命の保証ができません。ヒノト様、どうか…!」
だがヒノトはきっぱりと言い放った。
「もし私が無事にゴザに逃げ帰ることが出来たとしても、我が軍を破ったグアヌイ軍は、そのままの勢いでゴザに向かってくるだろう。ゴザに、一体どれだけの戦力が残っていると思う?敵軍を食い止めることが出来ると思うか?」
キベイは反論できず、黙り込んだ。
「ゴザが敵の手に落ちれば、ジュセノス王国は滅亡の危機に陥る。今逃げて、ジュセノス王国の末路を見るよりも、俺はここで、敵と戦いたい。たとえ死んでもだ。俺は、お前達と、お前達が毎日苦労して育て上げてくれた兵士達を信じている。たとえ兵力が一万少なかろうと、負けぬだけの実力がある筈だ」
ヒノトはじっとキベイを見つめた。
「どうだ。違うか?キベイ。今こそお前達に頼りたい俺の判断は、間違っているか?」
「いえ…。王の判断は正しいです。ここで逃げ腰になれば、敗北するのは明らか。それよりも、真正面から敵にぶつかるほうが、活路を開ける確率は高いでしょう」
ヒノトの顔に笑顔が戻った。
「よく言ってくれた、キベイ!」
キベイはガイリに向き合った。
「今の話を聞いていたな?ガイリ!お前はすぐに最前線へ向かい、そこで戦い続けているオタジを助けて、敵を蹴散らしてくれ。お前とオタジの鬼人的な働きぶりを見れば、敵の兵士も怖気づくだろう」
「はっ!承知いたしました」
ガイリはすぐに馬に飛び乗ると、あっという間に戦乱の真っ只中へと消えていってしまった。
ガイリを見送るキベイに、ヒノトは言った。
「キベイ。お前も行ってくれ。お前達三人が揃えば、ジュセノス軍は怖いものなしだ。それと同時に、敵にとっては何よりも恐ろしいものとなるだろう」
「い、いえ…。私は、ヒノト王のお側に…」
「大丈夫だ。俺だって、自分の身くらい自分で守るさ。これは俺の願いだ、キベイ。行ってくれ」
キベイは躊躇していたが、やがて頷いた。
「…分かりました。参ります。必ず敵を、ゲイドに追い返してやります!」
立ち去ろうとする寸前に、キベイはもう一度ヒノトを振り向いた。
「ヒノト王!どうか、どうかご無事で!」
ヒノトはキベイを安心させるように笑顔を作ると、キベイに向かって手をあげてみせた。
キベイが側から離れると同時に、グアヌイ軍の兵士が、ヒノトの周りに集まり始めた。
「ヒノト王だ。護衛の兵士もつけずに、一人でいるぞ!」
「恩賞は俺のものだ!」
恩賞に目の眩んだ兵士達は、目の色を変えてヒノトに襲い掛かってきた。
ヒノトは剣を振りかざすと、押し寄せる敵兵に、剣を振り下ろしていった。