第三章:別働隊壊滅
一万の兵を率いて、林の中に身を潜めていたガイリもまた、見守っていた平原での戦いに違和感を覚えた。
側にいた副将に耳打ちする。
「おかしいぞ…。グアヌイ軍の兵力が少なすぎる」
「え…っ。…確かに、事前に報告されていた数よりも少ないようですね。どういうことでしょう、ガイリ将軍」
ガイリは顔を強張らせた。心臓が急速に動く速度を増す。不吉な予感に、冷や汗が滲み出てくる。
「…辺りの偵察に行ってくる。私に二人程ついてこい」
ガイリがそう言った、その直後だった。
突然、ガイリ達別働隊の背後から、怒号があがった。
ガイリの感じた不吉な予感は、現実となってしまった。それに気付くのが、一歩遅かったのだ。
(しまった…!)
ガイリはその精神を、一気に戦闘態勢へと変えた。
三鬼将軍。その名に相応しい形相で剣を抜いたガイリは、頭上に降り注いできた矢の雨を、間一髪切り裂いて逃れることが出来た。
だが、別働隊の兵士の多くは、矢から逃れることが出来ず、戦うことも出来ぬ間に絶命していく。
ガイリは必死に叫んだ。
「みんな!身体を伏せろ!」
別働隊は、身を伏せ、矢の雨が終わるのをひたすらに待った。
矢が尽きたのか、ようやく矢の雨は終わった。
だが、間髪入れずに、怒号が上がる。
顔をあげたガイリの目に映ったのは、剣を振りかざして襲い掛かってくる敵の群れだった。その数、一万はいそうだ。
(敵も別働隊を作っていたんだ。どうしてもっと早く気付かなかった?)
ガイリは唇を噛み締めたが、後悔してももう遅い。今考えるべきことは、この最悪の事態からどう逃れるかだ。
ガイリは部下達の様子を見た。すでに死んでいる者、負傷している者が圧倒的に多く、まともに戦える者は、半数もいないように見える。
死を覚悟しての決戦という選択肢もあったが、これでは無駄死にするだけだとガイリは判断した。
「みんな!逃げるんだ。ゴザへ戻れ!」
ガイリの命令に従って、兵士達は敵に背を向けて逃げ始めた。
だが、負傷している者は思うように逃げることが出来ない。そうこうしているうちに追いついて来た敵に、次々と切り伏せられていく。
ガイリは雄叫びを上げると、部下に向かって剣を振り上げている敵に切りかかっていく。
あっという間に十人近くの敵兵を倒したガイリだったが、その派手な戦いぶりは、敵兵の視線を一気に集めてしまった。
「ガイリがいたぞ!殺せ、殺せ!」
将軍であるガイリを殺せば、莫大な恩賞が手に入る。今、自分達が有利だと知っているので、今ならガイリを倒すことも可能だと悟った兵士達は、目の色を変えてガイリに迫ってきた。
さすがに命の危険を感じたガイリは、自分自身も撤退することを決めた。
走り出したガイリの後方から、敵兵の怒号と、踏み潰される部下達の絶叫が聞こえる。
ガイリが噛み締めた唇から、血が流れた。その目からは、泥まみれの涙が零れ落ちる。
だがガイリは立ち止まらなかった。ただ、一人でも多くの部下が無事にゴザに帰ることを願うしかなかった。
何とか敵の追跡から逃れたガイリだったが、ゴザには向かわなかった。
(別働隊の壊滅を、早くヒノト王に伝えなければ!)
ガイリは、激戦の続く、砂埃のまう平原へと、まっしぐらに走っていった。
草むらに潜んでいたユノア達の耳にも、林の中に響き渡った異様な怒号や悲鳴が聞こえていた。
ユノアは不安に揺れる瞳でラピを見た。
「な、何が起きたの?」
ラピも険しい顔で、じっと耳を済ませた。
「…平原での戦の声が、こんなにはっきり聞こえる筈がない。別働隊が戦っているのか?」
ラピは、ユノアや他の若年兵の顔を見渡した。
「俺が様子を見てくる。みんなはこのまま、ここにいてくれ」
ユノア達が頷こうとした、その時だった。
すぐ側の草むらがガサリと動き、グアヌイ軍の甲冑に身を包んだ十五人の敵兵が現れたのだ。
ユノア達よりも遥かに年配の兵士達は、ユノア達の姿を認めると、にやりと笑った。
「おやぁ。こんなところに、可愛らしい兵士さん達がいるぞ」
ラピはとっさに、敵兵から仲間を守るように立ち塞がった。
だが、ラピが睨みつけても、敵兵は笑い顔のままだ。
「おお、おお。勇ましいぜ。俺達と戦おうっていうのか?」
大笑いしている敵兵に注意を向けたまま、ラピはそっと、別働隊のいる筈の方向へと視線を向けた。
ラピの視線に気付いた敵兵が、下衆な笑い声をあげた。
「お仲間が助けにきてくれると思っているのか。無駄だぜ。こそこそ隠れていやがったあいつらなら、たった今、俺達が皆殺しにしてやったところだ」
それを聞いて、ラピの顔に恐怖が浮かんだ。その表情を見た敵兵は、ますます機嫌のいい笑みになった。
「…さあて。お前達をどうしてやろうか」
じりじりと歩み寄ってくる敵兵に、ラピ達もじりじりと後退した。