表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星姫の詩  作者: tomoko!
108/226

第三章:決戦の時

 昇り始めたばかりの太陽が照らし出す平原を、ゴザの街から出発したジュセノス軍、総勢六万の兵士達が進んでいた。

 その先頭に立つのは、ジュセノス王、ヒノト。物々しい甲冑に身を包んだその表情に、いつもの温和さは微塵も感じられない。戦争という非現実的な場所へ向かう緊張に耐えるため、歯を強く噛み締めている。

(絶対に、負けるわけにはいかない)

 グアヌイ王国との戦争を決意したときから、ヒノトの胸の中を占領していたのは、その想いだけだった。

 この戦いに負ければ、ジュセノス王国は滅亡の危機に立たされる。だが、ヒノトをここまで熱くさせているのは、そのことだけではなかった。

(父上…)

 ハルゼ王の顔を思い描いて、ヒノトは唇を噛み締めた。

 ハルゼ王のことを思い出すとき、ヒノトの心はいつも激しく揺さぶられた。それが、ジュセノス全軍を指揮する立場にあるヒノトにとって、どれ程危険なものかも、ヒノトは充分に分かっていた。

 指揮官が冷静さを失えば、一気に軍全体が混乱に陥るだろう。それは最悪の結果を招きかねない。

 自分の心を落ち着かせるために、ヒノトは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


 そんなヒノトの様子を、心配そうにキベイは見つめていた。

 戦争を始めるのはまだ早い。レダがそう言ったのは、ジュセノス軍の兵士の訓練が不十分だからではなく、ヒノトが怒りに我を忘れ、冷静な判断ができなくなるのを恐れたからではないのか。

 だが、今更後悔しても遅い。戦いはもう、始まろうとしている。

(ヒノト王の身の安全は、私が必ず守る!)

 心の中で強く決意すると、キベイは剣を強く握った。




 砂煙の中に、こちらへと近付いてくる巨大な影が見えてきた。それは、グアヌイ軍だった。

 その先頭に立つ男の顔を見た途端、やっとの思いで落ち着かせていたヒノトの心が、再び燃え上がった。

「リュガ…!」

 噛み締めた歯茎が、ギリリと鈍い悲鳴をあげる。

 憎しみのこもった目を向けるヒノトとは対照的に、リュガは涼しげな表情だ。

 そこにはやはり、相手を馬鹿にしたような、薄笑いが浮かんでいる。


 嘘くさい笑みを浮かべたまま、リュガが口を開いた。

「ヒノト王よ。青二才のそなたが、この私から逃げ出さずに、この場に来たことだけでも、褒めてやろう」

 だが、ヒノトはこの挑発には乗らなかった。

 冷静な表情なまま、抑揚のない声で答える。

「…もはや、意味のない嘲りの言葉など、言い合うのは止めにしよう。リュガ王よ。我々はこれから、殺し合いを始めるのだから。そしてこの戦いの最後に、私は必ず勝利を掴んでみせる。長い間、両国がいがみ合うことで脅かされてきた国民に真の平和を。そして、…卑怯な手で貴様に殺された我が父、ハルゼ王の無念を、晴らしてみせる!」

 ヒノトの言葉を聞き終えたリュガは、口を歪ませた。その顔に、もはや笑みはなかった。憎しみに満ちた目で、ヒノトを睨みつけてくる。

 ヒノトは怯まずに、リュガを睨み返した。




 平原に、怒号が響き渡る。剣を振りかざし、両軍の兵士達が、敵に向かって走っていく。

 雑木林に身を隠して、息を詰めて平原の様子を窺っていたラピは、興奮した声を上げた。

「始まった…!遂に、始まったんだ!」

 そこには、ラピとユノア以外にも、十人の歳若い兵士達がいた。ガイリには後方支援と言われてはいたが、まだ歳若い兵士に、今回は戦場を体験させるだけにしようという思惑は明らかだった。

 戦争に参加しているとは決して言えない状況に、落胆していた年少兵たちも、いざ戦いが始まり、それを目の前にすると、一気に興奮し、両手をあげて歓声をあげると、ジュセノス軍を応援し始めた。

「頑張れ、ジュセノス軍!ヒノト王に栄光あれ!」

 するとラピが、慌てて声を上げた。

「しーっ!みんな、静かにするんだ!俺達が騒いで敵に見つかりでもしたら、作戦が台無しだ!」

 その言葉に、一同は慌てて声を噤み、再び草むらに身を隠した。

 だが、目だけは爛々と燃えたぎって、戦場を見つめている。

(いつかあの中で、ヒノト王のために戦うんだ!)

 そんな想いが聞こえてきそうだ。


 何万という人間が入り乱れる戦場の中で、ユノアの視線は、ただ一人に向けられていた。それはヒノトだった。

 前線の指揮はオタジに任せ、ヒノトは後方から戦を見守っている。

 その表情から、今ヒノトが何を考えているのか、ユノアには読み取れなかった。感情を殺してしまったような、無表情のヒノト。そんなヒノトの顔を見るのは、初めてだった。

(ヒノト様…)

 ユノアは心の中で名を呼んだ。

 どうして今、側にいれないんだろう。大事な時にこそ、側にいて、ヒノトを助けたいのに。

 ユノアは唇を噛み締めた。




 平原は、まさに地獄と化していた。

 いたる所で、剣や矢に身体を貫かれた兵士達が、無念の絶叫をあげながら絶命していく。その屍を踏みつけながら、新たな屍を作るために、兵士達は刃を交える。

 その顔は、人間のものではなかった。兵士達は、鬼と化していた。


 両軍の戦いは、全くの互角と言って良かった。

 ジュセノス軍とグアヌイ軍では、甲冑の色が違うので、容易に見分けることが出来るが、まだ立って戦っている兵士の数は、ほぼ同じに見える。

 だが、兵士の数が同じということに、違和感を覚えた者がいた。それは、ヒノトの側に待機していたキベイだった。

 キベイはヒノトに進言した。

「王よ…。おかしくはありませんか。ここには、ガイリ率いる別働隊一万がいないのです。それなのに、グアヌイ軍と兵の数が同じように見えます。グアヌイ軍の残り一万の兵は、どこに行ったのでしょう?」

 キベイの言葉を聞いて、ヒノトも眉をしかめた。

 そして、驚愕の表情でキベイを見た。

「ま、まさか…!グアヌイ軍も、別働隊を作ったのか?」

 キベイの顔は、今や蒼白になっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ