第三章:背中を押してくれる人
唐突に言われたガイリの言葉に、ユノアは戸惑わずにいられなかった。
「ユノア。お前は、今回の作戦からは外れろ。ゴザの街に残るんだ」
驚きのあまり、言葉を失っているユノアの代わりに、ラピが抗議の声を上げた。
「ど、どうしてですか!任務を果たすためにも、ユノアの驚異的な戦闘能力を、活用するべきです!」
だがガイリは、あくまでも冷静だ。
「確かに、ユノアの人並み外れた戦闘能力には、私も一目置いている。ユノアには、今回の作戦で、主力として戦ってほしい気持ちはもちろんある。だが…。ユノア。いざ戦いの場に立ったとき、お前は敵兵を殺せるのか?」
ユノアは絶句し、恐怖にも似た表情を浮かべた。顔を青くし、俯いてしまった。
更にガイリは続けた。
「ゲイドで私はずっと、お前の戦いぶりを見ていた。その動きは確かに素晴らしかったが、お前は、たったの一人も敵兵を殺さなかった。殺すことを躊躇すれば、動きに遅れが出る。その結果、お前は怪我を負った。あの時は運良く逃げることができたが…」
ガイリはじっと、ユノアを見据えた。
「今度の戦いは、絶対に負けるわけにはいかないんだ。負ければそれは、ジュセノス王国の滅亡にもなりかねない、重要な戦いになる。そんなときに、敵兵を殺せないような者を使うわけにはいかない。特にユノア。お前は、兵士達からの人気もある。お前が窮地に陥っているのを見た他の兵士の集中力を乱しかねないんだ。…私も、よく考えた上での決断だ。今回は、諦めてくれ」
ガイリの言葉に反論したのは、ユノアではなく、ラピだった。
「そんな…!ガイリ将軍。あんまりですよ!ユノアはずっと、戦で活躍するために、頑張ってきたのに…」
ガイリはラピとは目を合わさず、じっと考えこんでいる。
「将軍。どうか、ユノアを戦場に出してやってください。その責任は、俺が取ります」
ユノアは驚いて顔をあげた。
「ラピ…」
ラピはユノアを見ると、黙って頷いてみせた。その目を見ていると、沈んでいたユノアの心の中に、暖かい灯がともったようだった。
考え込んでいたガイリが、ユノアを見た。
「ユノア。お前はどう思う。今度こそ、敵兵を倒し、ジュセノス王国軍の兵士として活躍すると誓えるか?それほどの覚悟は、お前にあるのか?」
ユノアはまっすぐにガイリに向き合った。ラピの視線が、ユノアの背中を押してくれている。
「はい。ガイリ将軍。今度こそ、兵士として活躍してみせます。どうか戦場に、行かせてください」
ガイリは目を伏せると、ユノアに背を向けた。
「…分かった。お前の望みを聞き入れよう。ただし、ユノアもラピも、今回は後方支援に徹するんだ。俺が率いる別働隊から更に離れた、後方から続く部隊への配属を命ずる」
それを聞いたラピが、不満そうな声をあげた。
「えっ!し、しかし…!」
「いいから、言うとおりにしろ。戦場は、お前たちが思っているよりも、悲惨で、過酷な場所だ。初めて戦場に出るお前たちはまず、後方から、戦場というものを目に焼き付けろ。その中で、一人でも敵兵を倒せれば、上出来だ」
ラピが反論する隙も見せずに、ガイリは立ち去っていってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、ラピは舌を打った。
「ちぇっ!早速活躍して、名をあげてやろうと思ったのに…。まあ、いいか。後方支援なら、危険も少ないだろう。初めての戦でおろおろしてる間に、敵にやられるってのも嫌だもんな。一度戦場を体験して、次から本格的に戦う。うん。確かに、ガイリ将軍の言うとおりにするのがいいのかもしれない。なあ、ユノア…」
ユノアを見たラピは、その場に凍り付いてしまった。
潤んだ瞳でじっとラピを見つめているユノアと、目があったからだ。
「ありがとう、ラピ…。あなたの言葉がなかったら、私は今回の戦に参加できなかった。それどころか、兵士を続けることも、諦めてたかもしれない…。あなたが私を信じてくれた。それがどんなに嬉しかったか…」
ラピは照れ笑いをしながら目を背けた。
「お、大げさだなぁ。俺はユノアは絶対に、グアヌイ軍の勝利のために必要だと思ったから、将軍に言っただけだよ。俺じゃなくても、誰でも、そうしたさ…」
ユノアは微笑むと、そっとラピの胸に身体を寄せた。
ラピは真っ赤になって、更に身体を強張らせた。
「ユ、ユノア…?」
「…ありがとう。ラピ。私の側にいてくれて、いつも励ましてくれて…。本当に、ありがとう」
二人が寄り添っていたのは、ほんの短い時間だった。ユノアはラピから離れると、赤く染まった頬を見られないように、すぐにその場から走り去ってしまった。
ユノアの後姿を、ラピはじっと見つめていた。その胸には、息苦しいほどのユノアを愛しく想う気持ちが、渦巻いていた。