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Scene-6 赤封筒


 大叔父という男から渡された赤い封筒。宛名もなければ、差出人もない。手渡されたのでおかしくはないのだろうが、血のような深い赤色に、貴志は不安を覚えた。

 しっかりと金色の封がされているそれを、ペーパーナイフを使って丁寧に開けてみる。そこには、一枚の紙が入っていた。手紙だ。貴志は書かれている文字を見て、目を瞠った。

『何て書いてあるの?』

 黒猫が不思議そうに尋ねてくるが、貴志にはそれに答える余裕すらなかった。


【一条家パーティーのお知らせ】


 そう題してある紙には、日程と会場、そして内容が書かれている。


【一条家次期当主のご紹介 一条貴志】


 自分の名前が、大々的に載っているのである。

 これはおかしい。貴志が一条更紗の息子だと判ったのは、つい数時間前のことである。しかしここにはきちんと、丁寧な、ワープロの文字で貴志の名前が記載されている。パーティーの日付は明日。笹川が一条家に連絡したとは聞いていたが、こんなに早くできるものだろうか。招待客にとっては迷惑甚だしいはずだ。まさか前々から準備していた訳でもあるまい。それとも、もともと開かれるはずだったパーティーに、無理矢理『次期当主紹介』をねじ込んだのだろうか。

「だめだ……考えても分からない……」

 この寮に来てからずっと考え事をしていたので、流石に頭が回らない。

『ねえ、何て書いてあったの?』

 黒猫が再び尋ねてきた。今度は落ち着いて答える。

「パーティーに出席しろって。強制的に」

 ピラッと紙を見せてここだけ手書きになっている、ある一文を指す。


【必ず、パーティー開始の二時間前に来なさい。迎えを寄越す。 浅次郎より】


 浅次郎というのは、祖父の名前だろうか。実に達筆で、書いた人物の教養深さや意志の強さが分かる。

『迎えを寄越すなんて……アサジロウも相変わらずめんどくさいわね』

「お? お前字が読めるのか。お前が知ってるってことは、やっぱりこの人が俺の祖父じいちゃんってこと?」

 黒猫に―――一条家のケット・シーに、貴志は何の違和感もなく尋ねた。もしもこの状況を傍から見れば、高校生男子が何の変哲も無い猫に話しかけているように見えるだろう。

『そう。アサジロウはあなたの祖父』

 黒猫は前足を舐めながら言った。ちなみに、口で話しているわけではなく、思考に直接語りかけてくるので何をしていようと関係なく、鮮明に聞き取り事が出来る。

「じゃあ、お前は俺が一条更紗の息子だって知ってて近付いて来たのか?」

『止めて。お前って偉そうなのよ。私はリンって呼ばれてるの。あなたもそう呼んでちょうだい』

 偉そうなのは果たしてどちらか。

 貴志はその言葉を必死で飲み込んだ。気位の高い女には気をつけろと、前に何かの漫画だか小説だかで読んだことがある。こういう時には神経を逆なでするようなことは言ってはならない。

「分かったよ、リン。で、どうなんだ?」

『最初は気づかなかったわ。ただ美味しそうだなとしか……』

「美味しそう!? 喰う気で近づいたのか!?」

 貴志は身を守るように黒猫―――リンから遠ざかって、クッションの後ろに隠れる。まるで子供が怒られるときに身を隠そうとするように。

『やあね、食べないから安心しなさいよ。一条家の人間には手を出せないのよ、使い魔だから』

「なるほど……」

 貴志はクッションをベッドの方に放って、そこに腰掛けた。その膝の上にリンが飛び乗る。その様は、本当の猫のようだった。


     * * * * *


 翌日。

 貴志は着慣れない制服と、結びなれないネクタイに手間取っている間に時計の針は進み午前八時。貴志が通っているのは特別夜間科。しかしこのクラス、夜間と名のつくのは建前で、朝から授業がある。

「っんで朝っぱらから授業だよ……!」

 貴志は夜間の名に騙されて、つい五分前まで眠っていた。連絡が来たのは貴志が起きた直後、いや、その電話の所為で起こされたと言っても過言ではない。


『貴志君、昨日言い忘れちゃったんだけど、朝は八時半から授業あるからねー』


 あの笹川の間延びした声は、きっと忘れられない。

「くっそ、ネクタイって結びずれー! おわっ、もうこんな時間か!?」

 中学時代は遅刻・サボり魔だった貴志は朝に弱い。慌ただしく、かつ適当にネクタイを結び適当に教科書を鞄に詰め込んで寮の部屋を後にした。

「行ってきますっ」

『いってらっしゃい』

 リンが尻尾を一振りして、それを見送った。

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