王太子はかく語りき
やっと王太子のお名前が出せました。
ルキウス・マーヴェル子爵はサフィラス王の施政およびこの国の歴史に語るにおいて外せない人物の一人である。
子爵家の庶子として生まれ、齢八歳で兄と親を失い、多少の沙汰があった末に成人十五歳と同時に爵位を継いだ年若き子爵。
彼は様々な功績と異名を残している。
飲食の革命家。
国の技術を十数年進めた異端児。
そして、──王の恋人。
最期の異名が真実であるかは決定打がなく、研究者たちの間で長くにわたり議論されている。
ただ、サフィラス王は彼についてこう語り残している。
“彼は我が人生において、妃と息子に次ぐ大事な存在であり、得がたき逸材であった”
…………と。
✱✱✱
ルキウスは子爵といえどまだ十六歳になったばかりの少年だ。しかし彼を侮るものは少ない。
彼がその年頃ながらすでに国の経済にも影響を及ぼす実績を上げていること、また次代の王たるサフィラス王太子が一番目をかけている文官としても有名だからだ。
“お手つき”という下賤な噂もあるが、本人たちが否定しないのを良いことに一部界隈では浸透している。
本人たちはどこ吹く風で、今日もまた噂の根源である侍従も遠ざけた二人だけの『密談』を行っていた。
今日の密談は新開発に成功したお茶のお披露目が主目的である。
ルキウスは無事完成したその『麦茶』を、王太子サフィラスに差し出して満面の笑みを浮かべていた。
「ではこれは、本当に大丈夫だと?」
「はい! ノンカフェインでノンカロリーでミネラルも豊富、毎日いくら飲んでも大丈夫、赤子から年寄りまでゴクゴク飲める安心安全なお茶です! 俺の記憶の中の師匠もそう言っています!」
「師匠とは?」
「具体的なことはなにも覚えてませんがとりあえず師匠と呼ばれていた人です。 このお茶はいつもその人が笑顔で勧めていたと遠い昔の知識にあります」
「そうか。信じて良さそうだな」
「はい、大丈夫ですよ!」
“遠い昔の知識”ゆえに曖昧な発言をすることが多いルキウスが、ここまで笑顔を浮かべて大丈夫と断言しているのだ。これは信ずるに値すると王太子、サフィラスは麦茶を飲んだ。
「………」
「………殿下?」
「極端に薄めたコーヒーのような風味に、雑味があるような……感じだな」
「お口に合いませんでしたか……」
「いや、これはこれでまあ良い。コーヒーの代わりに午後から飲むようにしよう」
「……そうですね、それで良いかと思います。……そう言えば俺の遠い昔の知識でもヨーロッパでは好まれないとか慣れない味とか言われてたような……こっちでもそんな感じだったかぁ」
ならコレはあまり普及しませんかねぇとルキウスは落胆した様子だった。彼にとっては『美味しい懐かしい味』らしいので、この国で好まれないのは悲しいことなのだろう。
密談を交わすようになって一年以上経過したが、未だ彼の秘密についてはサフィラスは知らない。本人が語るまでは訊かないことにしている。
彼の人となりと自分への忠義に疑う余地はない。その使える知識を思う存分活かしてくれればいいのだ。
この麦茶もサフィラスが“カフェインを気にせず飲めるお茶”を希望したことが大きい。
『なら大麦をお茶にしていいですか!? 麦茶飲みたい麦茶!!!』
まさか国の食料のひとつの大麦をお茶にする、という発言にはさすがのサフィラスも驚いた。
マーヴェル子爵領地でお茶にする分を一部分けて栽培させたのだが、これには領地でも一悶着あったらしい。
余分にあるわけでもない食物を飲み物にするとはどういうことだ、どういうつもりだと非難する農民たちにルキウスが王太子の許可を得ているとゴリ押しした結果が今である。
まあ『王太子のお気に入り』のブランドを与えてお茶の分を栽培させ続ければいいだろう。
麦茶をカフェインの入っていない薄いコーヒーのようなものと認識したサフィラスは、ハチミツを少し垂らした。
やさしい甘みが追加されてこれもまた良いと満足するサフィラスだったが、……ルキウスがなんとも言えない目で見ていることに気づく。
「………どうしたルキウス」
「ハチミツ……麦茶にハチミツ………。いやじいさんの頃では砂糖入れてたって記憶があるような無いような……。
でも邪道……邪道だって気持ちがすごくします………」
「………とりあえずまた君が許せないと感じる行為なのはわかった」
ルキウスは時折こうなることがある。
リョークチャにハチミツを入れたときもこうなっていた。
✱✱✱
───ルキウスは外見と中身で差がある少年だった。
環境ゆえに実年齢より大人にならざるを得なかったこともあるだろうが、一番の理由は彼の秘密だろう。
時折彼には私より年上のような貫禄が見え隠れし、かと思えば年相応な顔で笑うこともあった。
私は彼のその秘密を無理に暴くことはしていない。
彼もその秘密の一端を懐かしそうに語りはしても、打ち明けてくることはないままだ。
おそらく私はソレを知ることなく、最期を迎えることになると思われる。
だがそれで構わない。
彼は私の忠臣であり年の離れた友だ。それだけだ。
彼との密談は、いつも楽しい時間だと感じる。
残念だがそのときのことを何かに残すことはできないが。
ただ楽しかった、とだけここに記しておく。
(後世発見されたサフィラス王の手記の一冊より抜粋)
✱✱✱
麦茶を飲んで気を落ち着かせて、ルキウスは話を変えた。
「殿下、例のアレが出来たんですよ。実験に使っていい囚人をこっそり回していただけますか?」
「体調を崩す可能性の高いトマティナか?」
「はいソレです。……致し方ないことですがその名称、俺の中では混乱が起きるんですよね。俺にとってアレは“ナス”ですから」
「君が作った新たな品種としてナスと命名したらいいんじゃないか?」
「それはそれで嫌ですね……」
一年半前の最初の密談以降───ルキウスは表で普通の製品を開発する傍ら、サフィラスの指揮下でひっそりと『実は人体に有害になりえるもの』も開発している。
こたびの麦茶に続く第二の目的、ルキウスが密かに作った『体調を崩す可能性が高い食べ物』は、一般的なある野菜に、ある別の植物と接ぎ木をすることで毒素を発生させるものにするというものだった。
「前にも言いましたがあくまで“体調を崩す可能性が高い”ものであって必ずそうなるとは限りませんし、発症しても死ぬ率は低めだと思います」
「だが体調を崩せば、一日は寝込ませられるのだろう?」
「それはまあ確実と言えるかと。吐いたり下したり幻覚を見たりするはずです」
「充分だ。……ふふ」
───この半年ほどの間、ガヘリス国王は体調が思わしくない様子を多々見せるようになっている。
おそらくサフィラス王太子の継承は近いだろうと世間に噂になりつつある。
「そういえば殿下。実はマーヴェル領地内でイチョウ……銀杏を見つけたんです。アレも開発したいんです」
「ギンナンとはなんだ?」
「寒くなる前に実をつける、黄色の葉っぱを咲かせる樹木です。その実が臭くてたまらないし食べられないって嫌厭されてるんですけど、アレ食べられますよ。お酒のいいつまみになるはずです」
「ほう?」
「ただ、俺の遠い昔の知識では食べられるのは実じゃなくて中の種の部分だってところだけで、具体的な処理の仕方はわからないんですよね。だから試行錯誤をするしかなくて。人材をお借りしたく」
「それは美味なのか?」
「炒って塩を振るだけでも充分美味しかった記憶があります」
「ほうほう」
「ちなみに一日に何十粒と食べると死にます」
「………」
「一日に食べる量を守れば大丈夫ですよ。えっと十粒くらいだったかな…?」
「何故君の知識の中にあるのは美味いのに死ぬ可能性があるものばかりなんだ?」
「いやいや覚えてるもの全部ってわけではありませんから。それに基本的に食べる量を守れば大丈夫ですって、………多分。
まあ、ひとの味覚が美味しいと感じるものにはそういうものが多い傾向があるような気はしますね……」
キノコの類や味噌などの発酵物は怖すぎて手を付けられませんしと嘆くルキウスに、それらもまた美味だが危ないものなのかとサフィラスは震えた。
「……ギンナンについてだが、私の方から出せる者たちはムギチャに導入したばかりだからな。割ける人材がいないかもしれん」
「左様ですか………では仕方ないですね…男爵のツテをお借りすることにします」
サフィラスの眉がひくついた。
「……ルキウス? 男爵とはどの男爵だ?」
「ジルドゥ男爵です」
「………君はあの男が嫌いなのだとばかり思っていた」
「大嫌いですよ? 不能になる効能の何かが無かったかなってずっと記憶を探ってるくらいに。生憎まだ思い出せていないんですが」
確か何かあったはずなんだけどなぁ。とルキウスは残念そうに肩を竦める。
「……ならどうしてあの男のツテを借りるなどと言うのだ?」
「王太子殿下………、共通の趣味というものは身分差も年の差も性別も超越するんですよ。とくにそれが世間に秘密の趣味だと、繋がりがいっそう強くなります」
「………それはつまり」
「ジルドゥ男爵はおそらく殿下が把握してる以上に、広く強い人脈をお持ちということです……。本人は大嫌いですがあの人脈は捨てがたく……、コーヒー開発のときにもお世話になりましたし……」
サフィラスはそんなにも少年趣味の人物が国内にいるのかという意味でゾッとした。
「………ここだけのお話ですが、実は陛下も一度試されたことがあったそうですよ? まあ結局少女と見紛う少年といえども機能せず致すことはなかったようですが。殿下はこのことご存知でしたか?」
「そんな秘密は知りたくなかった……!」
「それは申し訳ありません」
「まああの人達はみんな好みの範囲が“十四歳まで”なので、俺もその年を迎えた時点で何もされなくなりましたよ。背もこの一年でかなり伸びましたから、もう俺を相手に趣旨が動くことは無いでしょう。
それでも秘密の趣味を知っているのとかつて楽しませてあげた相手として、多少のお願い事は聞いてくれるんです。
ジルドゥ男爵はとくに俺のことお気にめしていたようですしね。どこがそんなに良かったのか知りませんけど」
曰く、“もういない紫紺と黒曜石の君へ”という宛名でいかに以前のルキウスが麗しく愛らしい子だったかとつづる情熱的な恋文が、未だ届くことがあると言う。
十四歳までにしか反応しない性癖という割りに、今でも随分とルキウスにご執心らしい。
そんな自分に未練たらたらな男に文を送ったり会ったりして大丈夫なのかと心配するサフィラスに、ルキウスはまあ大丈夫です、と苦笑いした。
「ちょっと全身なめるみたいに見られることを我慢すればいいだけのことですよ。
銀杏の開発に協力してくれたなら体調を崩す可能性の高いナスをたっぷり送りつけてやりますから。俺だと思って食べてくださいって言えば遠慮なくむしゃぶってくれますよきっとあの変態は」
「………」
ルキウスの黒にも見える深い紫の髪はたしかにトマティナ(ナス)の色と似ている。
いたいけな子供を思う存分弄んだであろう男がそれをむしゃぶりその後体調を崩して寝込む姿を想像してみると、まあ溜飲が下がる……かもしれない。
今のルキウスは王太子のお手つきという噂があるので直接声をかけてくる者はまず淘汰されたようだが、それでも彼に色づいた目を向けるもの自体はいなくなっていないのだ。
まあこれは仕方ないだろう。ルキウス自身の整った容姿、家庭の事情から影が差している様子、遠い昔の知識と合わさった聡明さからくる年嵩の大人のような雰囲気、それでもまだ成人したばかりの少年である───というその不調は、普通の少年にはない色気と魅力があると女性しか好まない嗜好のサフィラスですら思うのだから。
もしかしたらジルドゥ男爵も、彼のこういうところが気に入っていたのだろうか。
「ルキウス。ムギチャも毒素のあるトマティナもできた事だし、またなにか作れるものは無いか? できたら表で作れる安全なもので」
「そうですね。蒸留酒を作りたいと思うんですけど……でもこれまた知識が曖昧すぎて」
「蒸留?」
「なんかこう、水蒸気を集める……沸かし機とぐるぐるの管があって……? とりあえず作ってみたらあとはなんかできそうな気がするんですけど」
「ふむ、そういう機械は学問研究の部類だと思うが……、それを作れるとなにがどうなる?」
「ブランデーやウィスキー……度数が高いですか不純物の少ない美味しいお酒が作れます」
「ほう…?」
「それだけじゃなくて、もしブランデーが作れたら、柿も食べられるように出来るんですよ」
「カキとは?」
「銀杏と一緒に見つけたんです……渋くて鳥にも食べられないってこれまた嫌厭されている赤っぽい実を……。あれはブランデーに漬けたら甘くなって美味しく食べられるって俺の遠い昔の記憶が言ってるんです」
「王立の学問研究所から人材を出してやろう」
「ありがとうございます、殿下」
「ちなみに一日にたくさん食べるとお腹に石が出来て死にかけるそうです」
「………」
どうやらルキウスはこの一言を最後につけ加えて自分を絶句させることを楽しんでいるらしいと、サフィラス王太子は最近気がついた。
✱✱✱
ルキウス・マーヴェル子爵はひとりの臣下として国と王に真摯に仕え大きく発展させた。
彼は生涯独身を貫き、親族から養子を取って後継者に育てた。
本人はその理由について語ることはなく、それが例の「サフィラス王の恋人」だった説に拍車をかけたが、彼個人の手記が見たこともない摩訶不思議な文字で綴られて解読不可能だったため、決定打には至らなかった。
彼の没後から百数十年後。新たに国交を結んだ遠い東の島国の文字と酷似していることがわかり、ようやく彼の手記は解読が成されることになる。
それにより生涯隠し通した秘密を抱えていたこと、サフィラス王を唯一の主君と敬愛していたこと、ただ美食を求めていたことなど明らかになった。
隠し通した秘密についてはどこにも記されていないためわからず仕舞いだが、やはり王とそういう関係だったのかもしれないことを裏付ける一端とはなった。
しかし、何故彼が存命時に存在すらも知るはずがなかった国の文字を知っていたのかは依然謎のままである。
✱終✱
閲覧ありがとうございました。
ルキウスくんが結婚しなかった理由は女性が駄目になったから。
ロザリンデのこともありますが、少年趣味なのは男性だけではなかった、ということです。




