第1話 第二の人生の終わりと第三の人生の始まり
それは正に地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。
地面には、事切れた仲間が何人も横たわってる。
生存者は俺を含めて、数名。
その誰もが満身創痍。
クソッ!
俺は、両手で刀を握りしめた。
敵は1体。
ダンジョンの最奥にいるボス。
そいつは、ヒグマより一回りも二回りも大きな体格で、竜でありながら俺達人間のように二本の足で立ち、右手には長剣、左手には盾が握られてる。
頭部には大きな二本の角。
胸部から下、腕、脛にわたって鎧を着用。
背中からは体格に見合う大きな両翼が生えており、丸太を彷彿とされる太い尻尾が地面を打ち鳴らす。
そいつは人間より早く、力強く、全身の大部分が硬い鱗と鎧で覆われてる。
近づけば長剣が、離れればブレスが襲い掛かる。
付け入る隙が見当たらない。
竜の両目がギロリと俺に狙いを定める。
背筋に悪寒が走る。
「うっ……ぅぅ……」
仲間の呻き声が耳に突き刺さる。
心臓が全身を波打つ。
こみ上げる怒りが恐怖を押し潰す。
自覚できるほど身体が軽くなっていた。
冷静に、竜と対峙する。
極限まで研ぎ澄まされた集中力によって、意思が薄れていく。
竜の頭が上を向いた。
幾度となく目にしたブレスの予兆。
俺は躊躇なく、竜に切りかかった。
大きく開いた竜の口が俺に向く。
次の瞬間、目の前が真っ白になった。
◇◇◇
乳白色の天井。
点滴スタンドにベッド……ここは、病室か?
太陽がもたらす自然な光が部屋に満ちてる。
――俺は、助かった……のか?
脳裏にブレスを吐く寸前の竜人の姿がフラッシュバックする。
ボスは、討伐できたのか!?
ダメだ……考えても、わからねえ。
最後に見たのは、竜がブレスを吐き出した瞬間。
そこからの記憶は一切ない。
辺りに人気はない。
とりあえず今の俺は、この病院の患者らしい。
現状を整理するために、まずはスタッフを呼ぶか。
確かこういうところって、人を呼び出すボタンがあったはずだよな。
俺がボタンを探してるとドアが開いた。
「反応があったから、様子を見に来たけど……うーん、お目覚めみたいね」
白衣を着用した女性が病室に入ってきた。
女医さんだろうか。
「ねえ、体の調子はどう?」
女医さんに言われて、俺は軽く手足と指先を動かした。
「痛みはないし、動かすこともできるけど体が少し重いです」
「なるほど。神経に問題はなさそうね……それじゃ名前は言えるかな?」
「剣タケミツ、年齢は26歳」
「記憶も異常無し。ただ、今の君の名前と年齢は間違ってるけどね」
「ん? 言ってる意味がわからないんですが――」
「安心して。ここは警察病院よ」
「警察病院って、警察の名を冠してるけど、一般の患者を受け入れる普通の総合病院と同じですよ」
「大丈夫、大丈夫。ここはその中でも、一般人立ち入り禁止のワケあり患者を専門に扱う特別な病棟よ」
「聞いた事ないですよ、そんなの――いや、んなことはどうでもいいか。その様子だと俺の……俺達の素性は知ってると見ていいんですね?」
「ええ、君が仮捜班の探索班に所属してた、くらいわね」
「それなら話がはや――」
「正式には、警察庁公安部に所属する公安機動捜査隊仮想空間捜査班」
なんか語り始めたぞ。
めんどくさいから話が終わるまで待った方がよさそうだ。
「英語表記は、Metaverse Investigative Unit。その存在を知る者からは『公安のMIU』と称されてる公安部の秘匿部署。その活動内容は、日本国内に不規則に現れる異空間――ダンジョンへの潜入、調査、破壊活動ならびに情報統制。設立の目的は、日本国民及び諸外国にダンジョンの存在を隠すため、ってくらいしか知らないけどね」
「十分過ぎる程、知ってるじゃないですか」
「あら、それほどでも――」
ここまで知られてるなら、信頼に値する人物と見て良さそうだ。
しかし、さっきから妙な言い回しが気になるな。
「あの『所属してた』? とは、どういう意味ですか? あと同僚は――」
「思考能力と意思表示も問題なさそうね。うん、元気があってよろしい」
「俺の話、聞いてます?」
「その様子なら説明しても大丈夫そうね」
美人女医の顔から笑みが消えた。
「まず君が所属してた仮想空間捜査班は既に解体済みよ」
解体という言葉を聞いて一瞬、意識が遠のく。
「それじゃあ! あいつは、あのボスはどうなったんだ!?」
「ボス? ああ、まあ倒したんじゃない? 少なくとも救護班が生存者の救出した時、被害も損害もなかったみたいよ」
「ハッキリしないですね。記録とか残ってないんですか?」
「無いわよ。解体が決定してから仮捜班の記録はチリ一つ残さず消されたみたいよ。それはもう最初から存在しなかったかのようにね」
「そういうところは実に公安らしいですね……ってことは、俺の名前が間違ってるっというのも――」
「そういうこと。はい、これ」
女医さんは、1枚の用紙を俺に差し出した。
用紙は戸籍謄本のようだ。
内容は、ざっくり言えば『根津カイト』という人物の生まれ、住所、生年月日、家族の構成とプロフィールが記載されてた。
部隊が解体となれば、そこに所属してた人間も存在しなかったことにする。
公安らしいといえば、らしいな。
根津カイト……どうやら、こいつが俺の次の名前らしい。
剣タケミツという名前がようやく馴染んできたころなのにな。
などの呑気に眺めてると、衝撃的な記述が目に飛び込んできた。
え? 嘘だろ?
「あの……ここに書いてある発行日、何かの間違いですか?」
「公文書に間違いがあるわけないでしょ」
「だって! この日付が正しいなら、あの戦いは10年前ってことじゃないですか」
「そうよ。あなたは10年間眠ってたの」
「マジすか……」
「ちなみに解体が決定したのも10年前。あなた達、探索班が壊滅状態になった時期とほぼ同じよ」
「解体の原因は、俺達の力不足ですか?」
「ううん。与党の主流派と反主流派が入れ替わってせいで、ダンジョンの扱いが変わったの。まあ政府は、君達を切り捨てたようなものね」
「まさか政府は、ダンジョンの存在を認めたんですか?」
「いいえ。表向きは、10年前と何一つ変わらないわ。ただ『存在を認めない』という基本方針を利用するようになった、とでも言えばいいかしら」
利用か……。
正直、仮捜班の解体と聞いて安心する自分がいた。
これ以上、仲間が死ぬのを見なくて済むから。
その反面、仮捜班を私利私欲で切り捨てた事への憤りもある。
死んでいった奴らは、平和な日本に生まれたにもかかわらず、命懸けで化け物に立ち向かったんだぞ。
中には本気で、国民を守るためだと信じて任務に従事する奴もいたのに。
「それにしても、我ながらにいい仕事してるわね。さすが、私」
美人女医が恍惚の表情を浮かべてる。
それを意識した途端、顔全体を巨大な舌で舐められたような、凄まじく熱烈な視線を感じた。
「あの……俺の顔に何かついてますか?」
「まだ自分の顔を見てないの? それじゃ鏡代わりにどうぞ」
美人女医が俺の顔が映るようにスマホを向けてくれた。
「どうしたの? 根津くん。そんな目を丸くしちゃって、いい男が台無しよ」
「あの……こちらに映ってるオジサン……本当に俺ですか?」
「そうよ。まあ私好みにちょいちょい手を加えたけど――」
いくら自分の顔が経年劣化するとしても、別人になることはありえないはず。
いや、まあ、パーツの形状に面影はあるけどさ。
「ま、まあ、なかなかじゃないですか。前の俺ほどじゃないですけど――」
「美的センスに障害あり……後日、頭部MRIを受けてもらおうかしら」
ちょっと泣きたくなってきた。
「そんな顔しないの。こっちは大変だったのよ。何せ10年前にここに運ばれた時なんて、焼死体同然だったんだもの。心臓が止まってなかったのが奇跡よ」
「その節は本当にお世話になりました。……それで先生、俺はこれからどうなるんですか?」
「当面は日常生活が送れるようになるまでリハビリってとこかしら……そういうわけで何か質問はある?」
「そっすね……スマホ貸してもらえませんかね? 退屈しのぎにでも――」
「ごめんなさい。それは立場上、許可できないわ」
「何故ですか!?」
「厳密に言うと今のあなたは、敷地内での情報収集行為を禁じられてる身なの。だからSNSの利用はおろか新聞や情報誌の閲覧もダメなの」
「そんなぁ、何を楽しみに生きればいいんですか?」
「外出もダメだから、まあベタな所でDVDとか漫画、小説、ネットに繋がってないゲーム機で一人寂しく過ごすとか――」
「実はダンジョンになんやかんやあって、世紀末的状況になってるとか無いですよね?」
「あっはっはっはっ、そんな事あるわけないじゃない。まあ退院したらわかるわよ」
「そこまで思わせぶりに言われると気になるんで今、教えてください」
「だーめ、言ったでしょ? 私の立場上、それは出来ないの。だから退院するまでのお楽しみにとっておきなさい。それまでスマホはお預けよ」
立場上、か。
仕方ない。
当面は入院患者らしく、リハビリに専念するとしよう。




