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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第六章 覇権国のさらなる発展

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423話 宇宙産業の拡大

地球上で爆発的に発展する宇宙産業


きぼうステーションが正式に稼働し、さらに再利用ロケットによる高頻度の宇宙輸送が始まったことで、日本国内の宇宙産業は、それまでとは比較にならない速度で拡大していった。


それまで宇宙開発というものは、一部の研究者と軍関係者が扱う特殊な分野だった。


しかし、再利用ロケットが実用化され、人工衛星や宇宙ステーションの建設が日常的に行われるようになると、その構造は完全に変わった。


ロケットを作る人間だけでは足りない。


エンジンを作る人間。


燃料を研究する人間。


半導体を作る人間。


宇宙服を作る人間。


宇宙船の構造材を作る人間。


通信装置を作る人間。


ステーションの生命維持装置を設計する人間。


さらに、それらを運ぶ船員、港湾作業員、鉄道員、整備士、品質管理担当者、医療スタッフ、研究者、技術者まで必要になる。


宇宙開発が拡大するということは、宇宙産業だけが大きくなるという意味ではなかった。


日本国内の様々な産業が、宇宙開発を中心として一つにつながっていったのである。


そして、その巨大な産業網の中心となったのが、筑波・鹿島・羽合・ブーゲンビルの四地域だった。


筑波が「研究」。


鹿島が「物流」。


羽合とブーゲンビルが「宇宙への出口」。


それぞれが明確な役割を持つことで、日本の宇宙産業は巨大な一つのシステムとして動き始めていた。


筑波


筑波には、それまで日本のどこにも存在しなかった規模の宇宙研究都市が形成されていた。


街には研究施設だけではなく、技術者のための住宅、大学施設、病院、実験用倉庫、工場、食堂、交通施設などが次々と建設されていった。


昼間になると研究施設には大量の技術者が入り、夜になっても明かりが消えることはない。


宇宙開発そのものが24時間体制になっていたためである。


筑波の研究施設には、例えば次のような施設が並んでいた。


ロケットエンジン開発棟

電子部品研究センター

船外活動スーツ製造施設

大型真空試験施設

宇宙飛行士訓練施設

再突入カプセル耐熱素材研究棟

人工衛星制御研究棟

宇宙通信研究施設

生命維持装置研究棟

宇宙用半導体研究棟

軌道ロボット開発施設


特にロケットエンジン開発棟は、筑波でも最大級の施設だった。


内部には巨大な試験設備が設置され、完成したエンジンを実際に燃焼させて性能を確認する。


燃焼試験が始まると、施設全体に低い振動が伝わり、遠く離れた研究棟にまでエンジンの轟音が聞こえることもあった。


技術者たちは、その一回一回の試験から膨大なデータを取得した。


燃焼温度。


燃焼圧力。


燃料流量。


ターボポンプの回転数。


振動。


ノズルの温度。


燃焼室内部の状態。


そして、エンジン停止後の各部品の変形や摩耗。


それらすべてが記録され、次のエンジン設計へ反映された。


前世の知識と実際のデータが融合する


筑波の研究者たちにとって最大の武器となったのは、明賢が持ち込んだ前世の膨大な知識だった。


ただし、知識だけでは宇宙開発は成立しない。


前世に存在した理論や設計思想を、この時代の材料、製造設備、燃料、半導体、コンピュータ技術へ適応させる必要があった。


そこで帝国大学、空軍、宇宙軍、民間企業の技術者たちは、実際の試験データを大量に蓄積していった。


知識を出発点にしながら、


「では、この材料ならどうなるのか」


「このエンジンではどこまで耐えられるのか」


「実際に飛ばした場合、どこに誤差が出るのか」


を徹底的に検証する。


この繰り返しによって、日本独自の宇宙技術体系が急速に形成されていった。


特に再利用ロケットでは、実際に飛行して帰還したブースターを分解することができた。


これが非常に大きかった。


一度飛ばして終わりではない。


帰還したTSURUシリーズのブースターは定期的に筑波の研究施設へ送られ、実際に宇宙を往復した機体の状態を細かく調べられた。


エンジンの内部。


燃料配管。


着陸脚。


姿勢制御装置。


耐熱部品。


機体構造。


すべてが分析対象になった。


「この部品は想定より摩耗している」


「この部分は逆にほとんど劣化していない」


「この温度領域では材料の強度が予想以上に低下する」


といった発見が次々と生まれ、それが次のロケットへ反映されていく。


結果として、TSURUシリーズは飛べば飛ぶほど改良されていった。


こうして筑波には、研究者だけでなく大量の技術者が集まるようになった。


宇宙工学。


材料工学。


電子工学。


機械工学。


化学。


医学。


生物学。


通信工学。


コンピュータ工学。


様々な分野の専門家が一つの地域に集まったことで、研究分野同士の交流も活発になった。


例えば、ロケット技術者が半導体研究者に、「もっと高温に耐える制御装置が欲しい」と相談する。


材料研究者が、「この合金なら軽量化できる」と提案する。


宇宙医学研究者が、「この宇宙服では長時間のEVAで身体への負担が大きい」と指摘する。


それを受けて宇宙服メーカーが改良型を製造する。


さらに改良された宇宙服を宇宙ステーションで実際に使用し、そのデータが再び筑波へ戻ってくる。


この循環が非常に速かった。


筑波では研究と製造、実験と実運用が近い距離で結びついていたのである。


そのため、やがて国内では筑波を、「日本の宇宙産業首都」と呼ぶようになった。


鹿島 海の物流ゲートウェイ


筑波で作られた宇宙関連部品を、次に待っているのが輸送だった。


宇宙ステーションの大型モジュールやロケット部品は非常に巨大である。


そのため、通常のトラックだけで輸送するのは効率が悪い。


そこで重要になったのが鹿島港だった。


筑波から数十キロしか離れていない鹿島港は、急速に拡張され、宇宙輸送専用の超巨大港へと変貌していった。


港には巨大なクレーンが並び、宇宙ステーションのモジュールを吊り上げられるようになっていた。


港湾区域には宇宙関連物資専用の巨大倉庫も建設された。


そこには、


ロケット第一段

宇宙船部品

ステーション追加モジュール

人工衛星

大型望遠鏡部材

月面基地建設用ユニット

EVA用装備

宇宙服

生命維持装置


などが次々と運び込まれた。


鹿島港を埋め尽くす宇宙部品


港の風景は、前世の一般的な貨物港とは大きく異なっていた。


巨大なコンテナだけではない。


巨大な円筒形のステーションモジュール。


折り畳まれた太陽光パネル。


ロケットエンジン。


人工衛星。


宇宙船の外殻。


月面基地用の建設ユニット。


巨大なアンテナ。


それらが専用の輸送台車に載せられ、港内をゆっくりと移動していた。


特に宇宙ステーションの拡張計画が進むと、モジュールの搬入量はさらに増えた。


一つのモジュールを完成させるために必要な部品は数え切れないほどある。


筑波で製造された部品は検査を受け、専用輸送列車によって鹿島へ運ばれる。


鹿島で再度検品され、積み込み順序を決めた上で貨物船へ積載される。


そして船は羽合やブーゲンビルへ向かって出港する。


この物流を支えるため、筑波鹿島専用鉄道ラインも整備された。


宇宙関連貨物は一般貨物と分離され、専用列車によって高速かつ安定して輸送された。


列車には、「きぼうステーション用」


「TSURU-3用」


「月面基地用」


などの区分が設定されていた。


特に大型貨物は専用貨車に固定され、途中で振動や衝撃が発生しないよう慎重に輸送された。


宇宙産業では、地上での小さな傷や変形が宇宙空間で重大な事故につながる可能性がある。


羽合、ブーゲンビル


その先にあるのが羽合とブーゲンビルだった。


羽合、ブーゲンビル島の海岸沿いには、筑波と鹿島から運ばれてきた部品を最終組み立てする巨大ロケットセンターが建設されていた。


ここは単なる発射場ではない。


国内で製造された宇宙関連機器が、最後に集まる場所だった。


施設には、


大型ロケット組立棟

中型ロケット組立棟

小型ロケット組立棟

月面着陸船整備棟

宇宙ステーション拡張モジュール接続棟

ロケットエンジン試験施設

試験場

安全地下トンネル

燃料供給施設

管制施設

再利用ブースター整備施設


などが並んでいた。


大型ロケット組立棟は高さ150m級。


内部には巨大なクレーンが設置され、TSURU-3の機体を垂直状態で組み立てることができた。


組立棟の内部では、数百人の技術者が同時に作業することも珍しくなかった。


一つのロケットを作るために、


「構造班」


「エンジン班」


「電子制御班」


「通信班」


「燃料系班」


「安全管理班」


などが同時に動く。


そして最終段階では、すべての班が一つの機体に集約される。


再利用ロケットの整備も羽合とブーゲンビルで行われる


羽合、ブーゲンビルの大きな特徴は、打ち上げだけではなかった。


帰還してきたTSURUシリーズの第一段ブースターも、羽合やブーゲンビルで整備された。


着陸ランウェイへ戻ってきたブースターは、着陸後すぐに整備エリアへ移動する。


そこで、


点検。


燃料残量確認。


外装確認。


エンジン点検。


着陸脚点検。


電子機器診断。


耐熱部品確認。


などが行われる。


問題がなければそのまま再整備工程へ。


問題があれば交換部品が筑波や鹿島から送られてくる。


そのため、羽合とブーゲンビルでは常に大量の交換部品が保管されていた。


整備が完了したブースターは再び組立エリアへ戻され、次の打ち上げへ向けて準備される。


宇宙産業の拡張は止まらない


宇宙開発が活発になるにつれて、国内の宇宙産業はさらに巨大化していった。


常時稼働する研究者は数万人規模。


製造工場は24時間体制。


鹿島港では毎日のように宇宙関連貨物が積み込まれる。


筑波では昼夜を問わず実験が続く。


羽合とブーゲンビルではロケットの組み立てと整備が繰り返される。


複数の拠点からロケットを打ち上げられる体制が構築されていった。


毎日のようにロケットが空へ上がる。


そのたびに地上では新しいデータが得られる。


そして帰還した機体からさらに大量のデータが得られる。


そのデータは筑波へ送られ、研究者によって分析される。


改良された部品が再び鹿島へ運ばれ、船で羽合とブーゲンビルへ送られる。


羽合、ブーゲンビルでロケットへ組み込まれ、再び宇宙へ飛んでいく。


この巨大な循環によって、日本の宇宙産業は急速に成熟していった。


「宇宙産業」という新しい巨大産業


それまで日本経済を支えていたのは、造船、鉄鋼、機械、自動車、家電、食品などの産業だった。


そこへ新たに、宇宙産業が巨大産業として加わった。


しかも宇宙産業は、単独で存在しているわけではない。


鉄鋼業はロケットやステーションの構造材を供給する。


半導体産業は制御コンピュータを供給する。


化学産業は燃料や断熱材を作る。


造船業は大型宇宙輸送船や巨大モジュールの製造技術を提供する。


機械産業はロボットアームや精密機械を作る。


食品産業は宇宙食を作る。


医療産業は宇宙医学を支える。


通信産業は地球ときぼうをつなぐ。


鉄道と海運は宇宙部品を羽合とブーゲンビルまで運ぶ。


つまり、宇宙開発が日本の産業全体を巻き込んでいた。


宇宙開発そのものが、一つの巨大な国家産業システムになっていたのである。


1653年。


日本ではすでに、地上の研究都市・巨大港湾・宇宙港・再利用ロケット・軌道上の巨大ステーションが一つの巨大なシステムとして結びついていた。


宇宙では、きぼうの35名の宇宙飛行士が今日も観測と実験を続けている。


日本の宇宙産業は、もはや一つの研究分野ではない。


それは日本経済そのものを支える、新しい巨大産業になりつつあった。

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