403話 住宅の更新
ガスと空調がもたらした季節からの解放
都市ガス 火を使う時代から、火を操る時代へ
上下水道の整備と並行して、都市全体では都市ガス網の建設も急速に進められていた。
地下には新たなガス管が張り巡らされ、各マンションの配管室を経由して、すべての住戸へ安定したガスが供給される。
それまで家庭で使われていた火は、薪や炭が中心だった。
朝になれば薪を割り、火を起こす。
火力を保つために何度も薪をくべる。
料理が終われば灰を片付ける。
換気扇はあるものの家の中には常に煤が舞い、天井や壁は黒く煤けていた。
特に囲炉裏やかまどを使う家庭では、煙が部屋中へ充満することも珍しくない。
幼い子どもや高齢者が煙で咳き込む光景は、ごく当たり前の日常だった。
さらに、火の粉による火災も大きな問題だった。
いくら耐火才能がある鉄筋コンクリートでも住宅が密集する東京では、一軒の失火がマンション焼き尽くすことさえある。
そのため、人々は火を便利なものとして使いながらも、常に恐れて暮らしていた。
しかし都市ガスの普及は、その常識を根底から覆した。
新しいマンションの台所には、最初からガスコンロが備え付けられている。
つまみを回せば、すぐに一定の大きさの炎が現れる。
薪を割る必要もない。
火吹き竹で息を吹き込む必要もない。
煙も立たない。
煤も出ない。
料理が終われば火を止めるだけ。
その手軽さは、初めて使う人々にとって信じられないものだった。
風呂も同様である。
以前はわざわざ大衆浴場に行かなければならなかった。
しかし今では給湯器が自動でお湯を作る。
蛇口をひねれば、すぐに温かい湯が流れ出す。
さらに冬季には都市ガス暖房も普及した。
これまで火鉢や囲炉裏の周囲で身体を寄せ合って暖を取っていた家族は、部屋全体が暖まるという新しい体験を知ることになる。
安土桃山時代から受け継がれてきた「火を維持する生活」は終わりを告げ、人々は初めて「火を自由に操る生活」を手に入れたのである。
空調設備
そして、人々をさらに驚かせたのが空調設備だった。
それまで日本人は、暑さにも寒さにも耐えるしかない生活を送ってきた。
夏は窓を開け放ち、風を送る。
冬は厚着をし、火鉢へ身を寄せる。
自然に逆らう術はほとんど存在しなかった。
ところが、新しいマンションでは違う。
建物全体へ巨大な空調ダクトと換気設備が組み込まれ、各住戸には冷暖房装置が設置されていた。
スイッチ一つで部屋の温度を自由に調整できる。
暑ければ冷える。
寒ければ暖まる。
それは当時の人々にとって、まさに魔法だった。
ある少年は夏の日、初めて冷房の効いた部屋へ入ると、思わず母親へ尋ねた。
「外は真夏なのに、どうして部屋だけ春なんだ?」
母親も答えられなかった。
彼女自身も初めて体験していたからである。
冬には別の驚きがあった。
外では雪が降っている。
窓ガラスには霜が付いている。
それでも室内では子どもたちが薄着のまま遊び回っている。
高齢者たちは口々に言った。
「冬に家の中で震えなくていい日が来るとは思わなかった。」
医師たちも、この変化へ大きな期待を寄せた。
寒暖差による体調不良が減少し、乳幼児や高齢者の肺炎、風邪などの疾病が目に見えて減少したのである。
季節は依然として巡る。
しかし、人々は初めて季節に支配されない生活を手に入れた。
昔の家から未来の家へ
特に衝撃を受けたのは、都市へ引っ越した古くからの町人や農民たちだった。
彼らが暮らしてきた家は、
藁葺き屋根。
木造。
土壁。
囲炉裏。
障子。
冬には隙間風が吹き込み、夏には熱気がこもる。
雨が降れば屋根から雫が落ちることも珍しくなかった。
それが、ある日突然、
鉄筋コンクリート二十階建て。
エレベーター。
電気。
上下水道。
都市ガス。
給湯器。
風呂。
シャワー。
水洗トイレ。
冷暖房。
そんな住まいへ移り住むことになったのである。
新居へ入った初日、多くの住民は部屋中を歩き回り、設備を何度も確かめた。
壁に触れる。
蛇口を開く。
電灯を点ける。
風呂のお湯を眺める。
空調から流れる冷たい風へ手をかざす。
そのたびに驚きの声が上がる。
歴史研究者は後年、この時代をこう評している。
「世界史を見渡しても、一世代のうちに住環境がこれほど劇的に進歩した例は極めて稀である。」
本来であれば数百年かけて少しずつ進歩するはずだった住宅文化が、この日本では、わずか十数年で一気に飛躍したのである。
住民の声
新型マンションの一般公開が始まった日。
各地から見学者が押し寄せ、その様子は新聞でも大きく報じられた。
ある新聞記者は、人々の感想をこう記録している。
「夜でも照明が消えない。」
「台所に煙がたまらない。」
「洗い物があまりにも楽で、最初は戸惑った。」
「毎日風呂へ入れるなんて夢のようだ。」
「雨の日でも洗濯物が乾く。」
「夏でも冬でも、家の中はいつも同じ快適さだ。」
「子どもが夜中に寒さで泣かなくなった。」
「家事にかかる時間が半分以下になった。」
こうした変化は、単なる便利さでは終わらない。
家事の負担が軽くなったことで女性は育児や学問や仕事へ時間を使えるようになり、子どもたちは衛生的な環境で育ち、高齢者も健康に長生きできるようになる。
生活水準そのものが、一段階上へ押し上げられたのである。
文明を運ぶ巨大な装置
この建物へ住むことは、新しい家へ引っ越すことではない。
近代文明そのものへ移り住むことを意味していたのである。
東京再開発によって建設された数万棟のマンションは、日本全国へ近代的な生活様式を一気に普及させる巨大な装置となった。
人々はもはや季節や火、水の不便さに生活を左右されることはない。
文明が人々へ合わせる時代が始まり、日本国民の生活水準は前世二十一世紀初頭に匹敵する水準へと一気に到達していく。




