315話 人が作った星
宇宙軍 人工衛星開発の黎明期
宇宙軍が正式に設立されたのは、まだ世界が帆船で海を渡り、大砲と剣によって国の力が決まっていた時代だった。
そんな時代に誕生した宇宙軍は、他のどの軍とも性質が異なっていた。
彼らは領土を奪うために存在したのではない。
敵軍と戦うためでもない。
ましてや、今すぐ戦場で成果を上げることを求められた組織でもなかった。
彼らに必要だったのは、大砲でもなければ剣でもない。
必要だったのは、明賢が前世から持ち込んだ膨大な論文と、その知識を静かに吸収できる研究環境だけだった。
研究室には大量の資料が積み上げられ、技官たちは、昼夜を問わず書物と向き合い続けた。
彼らの戦場は机の上であり、敵は未知そのものだった。
論文の解読と知識の蓄積
宇宙軍研究官たちは、設立から最初の数年間を、読むことだけに費やした。
研究室では、毎日膨大な資料が開かれていく。
オービタルメカニクス
ニュートン力学の応用
固体・液体ロケットの燃焼理論
熱力学
材料力学
姿勢制御(反応ホイール、スラスタ)
電波工学
衛星運用システム
太陽電池の構造
観測機器の設計法
どの分野も、この時代の人々にとっては未知の学問だった。
数式の意味を理解するだけでも、長い時間を必要とした。
一つの理論を理解するために、何冊もの資料を読み返すことも珍しくない。
以前では決して学ばない内容ばかりだった。
それでも、誰一人として音を上げる者はいなかった。
理解できないなら、理解できるまで読む。
分からない式があるなら、基礎へ戻って学び直す。
その繰り返しだった。
研究室では、朝まで灯りが消えない日も少なくなかった。
なぜ彼らは、そこまで研究に没頭できたのか。
理由は単純だった。
彼らは理解していたのである。
「この研究が完了した時、日本は空と宇宙を支配する」
その確信が、彼らを支えていた。
目の前の論文は、単なる紙の束ではない。
数百年先の未来へ続く道標だった。
研究官たちは、まるで未来そのものを読み解くような思いで、一行一行を丁寧に解読していった。
産業革命の先行による現実化
当初、論文の多くは理論でしかなかった。
設計図は存在する。
概念も理解できる。
しかし、それを実際に作る技術がなければ、机上の空論に終わってしまう。
だが、日本では状況が徐々に変わり始めていた。
国内の産業が発展し、電子機器の大量生産が少しずつ始まっていたのである。
その結果、論文の中だけに存在していた技術が、次々と現実の部品として姿を現し始めた。
研究官たちは驚いた。
昨日まで図面でしか見ていなかったものが、今日には試作品として目の前に置かれている。
理論と現実の距離が、急速に縮まっていった。
半導体工場の立ち上げ
前世の知識をもとに、日本では半導体製造の基盤整備も進められていた。
簡易的なクリーンルーム。
真空蒸着機。
それらが少しずつ整備され、小規模ながら電子部品の製造が可能になっていく。
そして宇宙軍は、これまで存在しなかった部品を次々と入手できるようになった。
CCDセンサー
半導体メモリ
マイクロコンピュータ
小型無線トランシーバ
太陽電池パネル
姿勢制御用ジャイロセンサー
遠隔計測用テレメータ回路
これらの部品は、一つひとつが人工衛星には不可欠だった。
観測する。
記録する。
通信する。
姿勢を保つ。
そのすべてを、小さな機体の中で実現するためには、電子技術の進歩が欠かせない。
宇宙軍の研究者たちは、新しい部品が完成するたびに、それを衛星へどう応用するかを議論した。
観測装置は小型化できないか。
消費電力を減らせないか。
通信距離を伸ばせないか。
より軽量な構造にできないか。
研究室では、毎日のように新しい設計図が描かれ、試作品が製作され、改良が繰り返されていった。
こうして、文明の発展そのものが、人工衛星開発の速度をどんどん押し上げていった。
世界がまだ帆船の時代を生きているその裏側で、日本だけが静かに、そして着実に、宇宙へ手を伸ばし始めていたのである。
衛星試作機の開発
宇宙軍はまず、想定最低限の衛星を設計することから始めた。
最初から大型で高性能な衛星を目指したわけではない。
まずは、宇宙空間で動くものを作る。
それだけを目標に据えたのである。
研究官たちは何度も会議を重ね、必要最低限の機能だけを持つ衛星の仕様を決定した。
重さ:9〜15kg
姿勢制御なし
電源は太陽電池とバッテリー
ミッション:カメラや測定器などを装着し簡易的な観測や通信を行う
温度対策:簡易断熱材
通信方式:短波・極超短波の2系統
極めて単純な構造だった。
余分な装置は搭載しない。
機構も可能な限り減らす。
とにかく、宇宙で動くという一点だけに集中した設計である。
これは、いわゆる単純衛星だった。
内部には、高耐久の電子基板が敷き詰められた。
しかし、設計図の上では完成していても、実際に宇宙空間で動く保証はどこにもない。
宇宙には大気がない。
昼と夜で激しい温度差がある。
打ち上げ時には凄まじい振動が加わる。
そのすべてに耐えなければならなかった。
そのため宇宙軍は、温度変化、振動、真空状態を再現した試験装置を製作し、何度も試験を繰り返していった。
そしてそのたびに、衛星は壊れた。
壊れては直し、直してはまた壊した。
研究者たちは、その繰り返しを黙々と続けていった。
試験設備
日本国内には、すでに衛星試験のための設備が整備されていた。
振動試験装置
熱真空チャンバー(TVAC)
放射線照射試験
落下衝撃試験機
太陽光模擬ライト
それぞれが、宇宙環境を地上で再現するための設備だった。
研究者たちは、衛星を装置へ入れては、その反応を一つずつ確認していった。
試験を行うたびに、新たな問題が発生した。
基板が割れる
はんだが剥離する
太陽電池が剥がれる
バッテリーが膨張する
通信回路が過熱する
原因を調べ、修正し、再び試験する。
すると別の場所が壊れる。
また原因を調べる。
そして改良する。
終わりの見えない繰り返しだった。
研究室には、壊れた試作機の残骸が積み上がっていった。
しかし、誰一人として落胆しなかった。
むしろ逆だった。
破壊のたびに、今まで知らなかった現象が明らかになる。
未知だった問題が、次々と数値として蓄積されていく。
そのデータは、何よりも貴重だった。
宇宙軍は、試験による失敗を、科学の恵みと呼んだ。
壊れたということは、新しい知識を得たという意味だったからである。
破壊と成功の両立
宇宙軍が開発した衛星は、試作だけで九十基以上に達した。
設計を変更し、材料を変え、回路を改良し、何度も新しい試作機が作られていった。
だが、その中で実用レベルにまで到達したものは、
わずか八基。
九十を超える試作機の大半は、途中で破壊された。
しかし、試験を重ねるごとに、進歩は目覚ましかった。
断熱材は三世代目でようやく温度差に耐える
姿勢制御なしの設計が安定
回路が真空でも発火しないように改善
通信モジュールが長距離伝達に成功
ソーラーパネルの剥離が解決
内部の熱分布が最適化
一つ問題が解決されれば、次は別の問題へ。
また一つ解決すれば、さらに先へ。
研究者たちは、壊れた試作機を分解しながら、少しずつ宇宙という未知の環境を理解していった。
そして、ある試験の日。
最新試作機は、これまでのどの機体よりも安定していた。
振動にも耐えた。
温度変化にも耐えた。
通信も正常だった。
長時間の連続試験でも異常は見つからない。
試験室には、静かな空気が流れた。
誰もが、同じことを考えていた。
そして、主任研究官が小さく呟いた。
「できた。」
別の技術者が、表示されたデータを見つめる。
そして、ゆっくり頷いた。
「この機構なら宇宙空間で運用できる」
その瞬間、宇宙軍は初めて、人工衛星を現実として捉えたのである。
人工衛星第1号の形が現れる
試作と破壊。
改良と再設計。
その長い積み重ねの果てに、ついに、衛星1号の基本形が完成した。
仮称暁星。
その仕様は次のように定められた。
重量:18.2kg
通信:短波・極超短波の二系統
外装:高耐熱アルミニウム合金
電源:高効率単結晶太陽電池+保護回路
温度制御:MLI(多層断熱材)
姿勢制御:スピン安定(0.5〜1rpm)
決して巨大ではない。
機能も最小限である。
だが、そこには宇宙軍が十数年にわたって積み上げてきた知識と経験が、余すことなく注ぎ込まれていた。
完成した報告書の最後には、こう記された。
「人工衛星の最低限の形は整った。」
「あとはこれを宇宙へ運ぶだけである。」
報告書は、直ちに明賢のもとへ送られた。
明賢は、静かな部屋でその報告書を読み終える。
一枚ずつページをめくり、最後の文章に目を通した。
しばらくの沈黙。
そして、静かにうなずいた。
「よかろう。」
さらに顔を上げ、短く命じた。
「羽合に集まれ。」
「日本の技術を、宇宙へ繋げる。」




