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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第六章 覇権国のさらなる発展

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312/330

312話 衛星初号機打ち上げ前夜

世界が静かに安定した1642年


スペイン・ポルトガル戦争は終結し、世界を震撼させた大戦争の炎はようやく消え去っていた。


アジアでは、日本を中心とした新しい交易網が動き始めている。


ヨーロッパでは、各国が日本との外交関係を深め、復興と安定を優先する政策へと舵を切っていた。


アフリカでは、日本による支援と港湾整備が徐々に進み、混乱していた地域にも少しずつ秩序が戻り始めていた。


そして中南米でも、日本の統治機構と復興援助によって、新しい都市と社会の基盤作りが着実に進められていた。


世界は完全に平和になったわけではない。


不安も火種も、まだ各地に残っている。


しかし少なくとも、かつてのように大国同士が激突し、世界全体が戦火に包まれるような状況ではなくなっていた。


一時的ではあるが、世界はかつてないほど静かだった。


それはまるで、「嵐の前の静寂」とも言うべき平穏であった。


各国の王たちは、ようやく安堵の息を吐いていた。


民衆も、戦争の終わりを実感し始めていた。


商人たちは再び海へ出て、学者たちは研究へ戻り、農民たちは畑を耕し、街には少しずつ活気が戻り始めていた。


その静かな世界を、日本の政府は冷静に見つめていた。


その平穏を見つめながら、明賢は新たな巨大計画を実行した。


ソラを我が手中に


中央司令部。


巨大な司令室の壁には、世界地図が広げられていた。


日本。


アジア。


ヨーロッパ。


アフリカ。


中南米。


各地の情報が記された地図の横には、青白い巨大スクリーンが静かに光を放っている。


司令室には、軍人、技術者、官僚たちが集められていた。


誰もが、新たな指令を待っている。


その前へ、明賢がゆっくりと歩み出た。


静まり返る室内。


そして彼は、青白いスクリーンを見つめながら、静かに宣言した。


「世界が安定した今こそ」


司令部の空気が張り詰める。


「我々は宇宙へ向かう時だ。」


その一言が、静かな司令室へ響いた。


ざわ……


将校たちは顔を見合わせ、技術者たちは息を呑み、若い士官たちは目を見開いた。


宇宙。


それは今の世界の誰もが、まだ夢物語としか考えていない領域だった。


空を飛ぶことすら、世界にとっては奇跡に近い。


そのさらに先。


人の手の届かない空の彼方。


そこへ向かう。


明賢は、それを当然のように口にした。


今でこそ、誰よりも軍を指揮し、世界を動かす天才と呼ばれている明賢。


だが彼は、スペイン戦争の勝利だけを見ていたわけではない。


日本国成立の初期段階から、彼はすでにさらに先を見ていた。


それが「宇宙計画」だった。


それは、一朝一夕に思いついたものではない。


国家成立直後から、少しずつ、1歩1歩地道に、静かに準備されてきた計画だった。


しかし当時の日本には、優先すべきことがあまりにも多かった。


軍の整備。


外交体制の構築。


列強諸国への対応。


新領土の統治。


世界規模の情報網。


産業基盤の構築。


技術開発。


教育制度。


どれも国家存亡に関わる課題だった。


宇宙を目指す余裕など、本来なら存在しない。


それでも明賢は、計画を止めなかった。


急がず、だが決して諦めず、少しずつ準備を積み重ねてきた。


そして今、世界は静かになった。


日本には余力がある。


技術もある。


人材もいる。


ようやく。


本当にようやく。


この時が訪れたのである。


日本空軍・宇宙軍の招集


日本軍が正式に成立して以来、空軍と宇宙軍は、表向きには研究部門として存在していた。


彼らは目立つ存在ではない。


大規模な戦争に参加することも少なく、世間から注目されることもなかった。


しかし、その内部では、三十年以上にわたって研究が積み重ねられていた。


航空力学。


燃焼化学。


材料工学。


軍用無線。


レーダー技術。


ロケット推進装置の作成。


高高度気球実験。


打ち上げ観測所の建設。


一つ一つの技術を、地道に積み上げてきた。


派手さはない。


だが、その積み重ねは膨大だった。


彼らは常に、同じ言葉を胸に研究を続けていた。


「未来の空のために」


そのためだけに、何十年もの時間を費やしてきたのである。


司令室の扉が開く。


空軍の将官たち。


宇宙軍の技術将校たち。


研究者たち。


彼らが並ぶ。


明賢は、ゆっくりと彼らの前へ歩み出た。


明賢は一人一人の顔を見渡し、静かに口を開いた。


「これより日本は」


全員の視線が集まる。


「世界で初めて人工衛星を打ち上げる。」


空気が止まった。


誰もが、その言葉の重さを理解していた。


それは、新兵器の開発ではない。


人類史そのものを変える挑戦だった。


明賢はさらに続ける。


「空軍、宇宙軍よ」


その声は静かだった。


しかし、揺るぎない確信に満ちていた。


「準備は良いな?」


その問いに対し、宇宙軍総司令が一歩前へ出る。


背筋を伸ばし、胸を張る。


そして、力強く答えた。


「はい、明賢様。」


その声に、司令室の全員が耳を傾ける。


「基礎研究を重ね、観測衛星一号機の試験、推進機関の最終試験も終了しております。」


総司令は、誇りを込めて言った。


「そして」


司令室が静まり返る。


「羽合宇宙基地、建設完了しました。」


その報告に、司令室の空気が大きく変わった。


三十年以上積み上げられてきた研究。


誰にも知られず進められてきた準備。


それらがついに、一つの形となったのである。


日本は今、海を制し、世界を結び、そして次に空へ手を伸ばそうとしていた。


羽合宇宙基地 ― 打ち上げ前夜


1642年冬。


世界が束の間の平穏を取り戻し、各国が日本との外交や復興に力を注いでいる頃。


日本の西方に位置する羽合宇宙基地では、誰にも知られることのない巨大計画が、静かに、しかし確実に最終段階へと入っていた。


世界は平和へ向かっているように見えた。


海では依然として帆船が風を受けてゆっくりと進み、

白い帆が月明かりに照らされながら波間を進んでいく。


陸では馬車が石畳の道を行き交い、車輪の音が夜の街に響いていた。


夜になれば人々は家々に戻り、蝋燭へ火を灯し、窓の外に広がる星空を見上げていた。


遠い星々は、人々にとって神秘そのものであり、決して手の届かない天上の存在だった。


しかし、その同じ夜空を見上げながら、日本だけは全く別のことを考えていた。


人類が何千年もの間、ただ見上げることしかできなかった空へ。


その空へ「人の手で星を周回するものを造り出す」


という、世界の誰も想像すらしていない未来を見据えていたのである。


発射場の最終整備


羽合宇宙基地の発射区域では、巨大なロケットが垂直にそびえ立っていた。


その姿は夜空を背景に黒い影となり、地上から見上げれば、まるで一本の巨大な塔が天へ突き刺さっているかのようだった。


周囲で働く技術者たちが、まるで蟻のように小さく見えるほど、その機体は圧倒的な存在感を放っていた。


作業灯の白い光が機体を照らす。


技術者たちは最後の確認を行っていた。


推進剤。


機体外壁の温度。


通信装置。


誘導装置。


各部の配線。


制御系統。


ひとつ確認しては記録し、また次の確認へと移る。


すべての数値が、中央司令室の巨大なコンピューターへと送られていく。


モニターには、次々と数字が並び、正常を示す表示が静かに灯っていた。


自らの役割を正確に果たし、淡々と作業を進めていく。


彼らは理解していた。


この一回の打ち上げが成功するか否かで、人類の歴史そのものが変わることを。


数十年後でも、数百年後でもなく、まさに今この夜が、未来の教科書に刻まれる瞬間になるかもしれないことを。


その重みを、全員が理解していた。


打ち上げられる衛星は小型だった。


巨大なロケットと比較すれば、あまりにも小さい。


しかし、その内部には、17世紀の世界から見れば魔法としか思えない技術が詰め込まれていた。


小型地表撮影装置。


磁場観測装置。


気圧・温度観測機器。


暗号化通信機。


そして折りたたみ式の太陽電池。


それらは、限られた空間の中へ無駄なく配置されていた。


その重量は決して大きくない。


一人で持ち上げられないほどではあっても、国家の運命を背負うには、あまりにも小さな物体だった。


だが、その価値は国家一つに匹敵するとさえ言われていた。


なぜなら、もしこの衛星が軌道投入に成功すれば、人類史上初めて、


「空の上から地球を観測する文明」


が誕生するからである。


人々が地上から空を見上げる時代。


その時代が終わり、空から地上を見る時代が始まる。


その境界線が、今まさに目の前にあった。


中央司令室


地下深くに設けられた司令室では、宇宙軍総司令をはじめ、空軍、総務省通信部門、観測部門の責任者たちが、それぞれの席についていた。


巨大な世界地図。


軌道計算図。


通信状況。


観測所からの気象報告。


膨大な情報が、次々と表示されていく。


機械の作動音。


紙をめくる音。


短い報告。


それ以外の音はほとんど無かった。


そこへ、静かな足音が響いた。


明賢だった。


室内の全員が立ち上がる。


空気がさらに張り詰める。


明賢は表示板を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「ついに、この日が来たか。」


誰も言葉を返さない。


ただ静寂だけが広がる。


誰もが、その言葉の意味を理解していた。


明賢は静かに続けた。


「海を制した国が世界を制した時代は終わる。」


しばし沈黙。


そして、「これからは、空を制する国が世界を導く。」


その言葉は、静かでありながら、司令室の全員の胸へ深く響いた。


宇宙軍総司令の報告


宇宙軍総司令が前へ進み出た。


「打ち上げ準備は、すべて整っております。」


報告が終わる。


再び静寂。


明賢は静かに頷いた。


そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「失敗を恐れるな。」


誰も目を逸らさない。


「我々は戦争のためだけに宇宙へ行くのではない。」


さらに続ける。


「人類がまだ見ぬ世界へ、最初の扉を開くために行くのだ。」


その言葉に、司令室の空気がさらに引き締まった。


誰もが背筋を伸ばし、モニターへ視線を向ける。


その表情には、緊張と同時に、抑えきれない高揚が浮かんでいた。


世界はまだ何も知らない


この瞬間。


ロンドンでは、貴族たちが夜会を開いている。


パリでは、学者たちが日本語で書かれた数学書を読んでいる。


マドリードでは、復興工事が続いている。


オスマン帝国では、商人たちが地中海交易について議論している。


世界中の人々は、いつもと変わらぬ夜を過ごしていた。


世界中の誰一人として知らなかった。


数時間後。


日本が。


そして人類が。


初めて、自ら造った星を、天へ送り出そうとしていることを。

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