306話 世界保管庫
知の記録
日本式外交官に配られた小型カメラ。
諸国へ派遣された日本の外交官たちは、通常の外交官とはまったく異なる使命も帯びていた。
彼らは単に国交を結び、条約を交わし、交渉を行うためだけに海外へ派遣されたのではない。
日本政府が彼らに与えた、もう一つの重要な役割
それは、「世界文明の記録者」になることだった。
明賢は外交官の任命式で静かに語った。
「国家は滅ぶことがある。王朝も消えることがある。しかし、知の記録は未来へ残る。」
「ならば我々は、この世界そのものを記録せねばならぬ。」
その方針の下、日本政府は極秘裏に特殊装備を配備した。
外交官全員へ支給されたのは、
小型携行式カメラ
小型録音機
携行式ビデオカメラ
予備電池
保護用収納箱
だった。
17世紀の人々から見れば、それらは正体不明の箱でしかない。
しかし日本人は知っていた。
それが未来において、金銀よりも価値を持つ財産になることを。
記録対象は「世界のすべて」
外交官には詳細な指令書が渡された。
そこにはこう書かれている。
「見るもの、聞くもの、可能な限り記録せよ。」
対象は非常に幅広かった。
都市と建築
王都の街並み
城壁
宮殿
教会
港湾施設
道路
人々の暮らし
市場の風景
商人のやり取り
農村の生活
子供の遊び
貴族の生活
技術
鍛冶工房
ガラス工房
造船所
灌漑設備
製紙技術
染色技術
政治
議会の様子
王の演説
儀式
戴冠式
外交会議
文化
祭り
音楽
踊り
食文化
自然
動物
植物
つまり、世界そのものを丸ごと記録する
という前代未聞の国家事業だった。
大使館での夜の作業
昼間、外交官たちは各国で活動する。
そして夜になる。
日本大使館の窓から灯りが漏れる。
彼らは机へ向かい、一日の記録を整理していた。
撮影した写真。
録音した音声。
撮影した映像。
日誌。
観察記録。
すべてを大使館内部の保管装置へ整理し、分類していく。
「市場の映像、分類番号三二。」
「オスマンの造船所、技術資料として保存。」
「ポーランドの収穫祭、文化記録へ。」
作業は深夜まで続いた。
一日でも欠ければ、その瞬間は永遠に失われる。
だから彼らは、一つひとつ丁寧に記録を残した。
世界の記録が日本へ集まる
一定量の資料が集まると、無線通信で送れる情報は暗号化して送信。
容量の大きい写真や映像は、海軍の船で日本本土へ輸送された。
各地の日本大使館から、ヨーロッパ。
アフリカ。
中東。
インド。
東南アジア。
中国。
世界中の情報が、絶え間なく日本へ流れ込む。
こうして、世界の文化、風景、技術、政治、自然が、日本だけに体系的に蓄積されていった。
日本国内には前代未聞の巨大アーカイブが建設される
日本は戦後復興支援を行う一方で、国内では静かに巨大な計画を進めていた。
その名は、「世界資料保存館計画」である。
これは単なる図書館ではなかった。
世界の知識そのものを保存するための国家規模の記録施設だった。
書物庫 ― 世界資料保存館
各国から送られてきた、
翻訳書
外交文書
技術資料
地図
それらすべてを保存するための超大型施設である。
建物は一か所に集中させなかった。
万が一に備え、日本各地へ分散配置された。
施設には前世の知識が惜しみなく投入された。
防火構造
火災による焼失を防ぐ。
地震対策
建物の倒壊を防ぐ。
空調設備
紙や記録媒体の劣化を抑える。
自動湿度調整
カビや腐食を防ぐ。
厳重な保管庫
重要資料を長期保存する。
日本の技術者たちは語った。
「これなら数百年後でも残せる。」
「いや、千年後まで残すつもりで作ろう。」
歴史そのものを保存する国家
世界では、王朝が滅びれば文書も燃える。
戦争が起これば歴史書も失われる。
しかし日本は違った。
今を生きる人々のためではなく、未来の人類のために、世界の記録を保存し始めたのである。
やがて人々はこう言うようになる。
「世界史の中心は日本にある。」
「人類の記憶庫が日本にある。」
動物植物保護施設の建設 ― 世界生物のノアの方舟
さらに日本は、外交官たちへもう一つの極秘任務を与えていた。
それは、希少生物の保護。
指令書にはこう書かれていた。
「珍しい動物を発見した場合、可能な限り記録し、保護を検討せよ。」
必要な場合には現地の許可を取り、安全な方法で捕獲を行う。
そして船で日本へ輸送する。
アジア。
ヨーロッパ。
アフリカ。
南米。
世界各地から少しずつ、珍しい動物たちが日本へ送られてきた。
日本の動物保護施設
施設では、
遺伝子解析
人工環境の整備
繁殖研究
栄養管理
病気治療
生態観察
が行われた。
その水準は、ほぼ前世の二十一世紀レベルの生態研究施設だった。
しかし、日本の目的は見世物ではない。
設計思想は極めて単純だった。
明賢は静かに語る。
「今は生き残っていても、未来には絶滅するかもしれない。」
「ならば日本が守り、未来へ託せばよい。」
絶滅を知る国
実際、この時代では、
狩猟。
森林開拓。
戦争。
乱獲。
環境破壊。
それによって数多くの生き物が消えつつあった。
しかし日本だけは知っていた。
知識によって、どの種が数十年後、数百年後に絶滅へ向かうのかを。
外交官たちは優先順位を付けて記録し、保護対象を選定していった。
ある外交官が日誌へ記す。
「この生き物は、今は数が多い。」
「だが未来では、二度と見ることができなくなる。」
そして彼は静かにカメラを向ける。
一枚の写真を撮る。
その瞬間。
世界のどこかで消えゆくかもしれない命が、日本という国の記憶の中へ、永遠に保存されていくのだった。




