302話 情報による間接支配
日本は世界を監査できる立場に
世界各国への大使館建設が進むにつれて、日本はこれまでの国家には存在しなかった、全く新しい立場へと変わり始めていた。
それは、領土を征服することでも、軍隊を駐留させることでもない。
「情報」を通じて、世界の動きを把握する立場である。
スペインで実施された監査制度と同じように、各国に日本大使館が置かれたことで、日本は間接的に各国の内政へ大きな影響力を持つようになった。
各大使館には、毎日膨大な情報が集まる。
・各国の経済状況
・軍備の増強
・他国との条約交渉の動き
・国境問題や領土紛争
・貴族や有力者の派閥争い
・地方での暴動や反乱の兆し
それらは、決して秘密裏に盗み出された情報ばかりではない。
新聞。
市場。
港湾。
宮廷での噂。
外交交渉。
学者や商人との会話。
様々な情報が少しずつ集まり、一つの大きな流れとなっていく。
そして、そのすべてが東京へ集約された。
世界地図の前には、毎日のように新しい報告が並べられる。
「北欧では冷害により穀物価格が上昇。」
「フランス、ブレスト軍港の拡張工事を開始。」
「イギリス、継承問題が発生。」
「プロイセン、国境地帯で小競り合い。」
それらは一つ一つでは小さな出来事でも、組み合わせれば世界そのものの動きとなる。
日本は、戦争をすることなく、世界の情勢を把握できる体制を築きつつあった。
それは、17世紀の常識を遥かに超えた、前代未聞の国家運営だった。
明賢の言葉
外交官が報告を終えると、部屋には静かな沈黙が流れた。
壁には巨大な世界地図。
そこには、日本領、同盟国、そして大使館建設地が細かな印で記されている。
明賢はしばらくその地図を見つめ、静かに微笑んだ。
「これで、もう世界は日本を無視できぬ。」
その言葉には、誇示するような響きはなかった。
ただ、一つの事実を確認するような静かな声だった。
そして、さらに続ける。
「戦争をする必要もない。」
「ただ知っているだけで、先手を打つことができる。」
「世界の動きを知り、変化を知り、危機を知る。」
「それだけで、多くの争いは起こる前に防げる。」
部屋にいた外交官たちは、静かに息を呑んだ。
確かに、世界のどこで何が起きているかを知ることができれば、慌てて軍を動かす必要はない。
脅威が生まれる前に備えることができる。
争いが起こる前に仲裁できる。
戦争そのものを避けられる。
日本は今、武力だけではなく、情報によって世界へ影響を与える国になろうとしていた。
日本式外交施設、正式に「大使館」と呼称される
スペイン戦後処理と、中南米・南アフリカの統治が軌道に乗り始めた頃。
日本政府は、世界各国へ正式な布告を出した。
「本日より、日本が各国に設置する外交拠点を日本大使館と正式に呼称する。」
これまで使われていた「外交施設」という曖昧な名称は廃止された。
今後は、すべてが「日本大使館」で統一される。
この決定によって、各国における法的地位も明確になった。
日本大使館は、正式な外交機関として認められる。
その区域は、日本の管理下に置かれる。
職員の安全。
外交文書の保護。
これらも、制度として整備されていった。
世界各国は、これを特に反対することなく受け入れた。
むしろ多くの国では、
「日本との連絡窓口が正式な形になった。」
「これでさらに協力しやすくなる。」
と歓迎する声が上がった。
こうして、世界中の日本大使館は、制度上も実態上も、確固たる存在となっていった。
どの大使館にも、日本人外交官と通訳が常駐
すべての日本大使館には、必ず専門の人員が配置された。
・日本語と現地語の両方に堪能な通訳
・日本政府の正規外交官
・情報分析官
・通信技術者
・事務官
彼らは昼夜を問わず勤務し、各地から集まる情報を整理していた。
情報収集の内容も、極めて幅広い。
・王宮内の派閥情報
・市場価格の変動
・軍備増強の兆候
・市民の噂話
・宗教勢力の発言
・科学者や学者たちの活動
・各国間の外交交渉
毎朝、大量の報告書が作成される。
通信室では、暗号化された文書が整理されていく。
そして、それらは次々と送信された。
大使館。
港に停泊する日本海軍艦艇。
さらに外務省。
情報は絶え間なく流れ続ける。
世界各地で起こった出来事が、数か月後ではなく、数日、あるいはその日のうちに日本へ届く。
それは、17世紀の人々にとって、まさに魔法のような仕組みだった。
大使館は、もはや単なる外交拠点ではなかった。
それは、世界各地と日本を結ぶ窓口であり、情報を集約する拠点であり、各国との友好を維持する連絡所でもあった。
そして何より、世界中の出来事を知り、必要な時に即座に対応するための、日本の巨大な国際ネットワークそのものへと変わっていったのである。




