238話 議会派支援開始
日本艦隊の出航準備は、すでに完了していた。
東京湾。
夜明け前の海は静まり返り、冷たい冬の空気が湾内を包み込んでいる。
その静寂の中に、巨大な艦影が並んでいた。
補給艦十隻。
港湾施設の照明を受けながら、巨大な艦体が黒々と浮かび上がっている。
その姿は、もはや17世紀の船ではなかった。
鋼鉄で構成された巨大構造物。
膨大な積載量。
港湾作業員たちは、その光景を見るたびに未だ現実感を失っていた。
食料。
鉄鋼。
硝石。
医療物資。
布地。
工具。
さらには大量の金銀。
木箱の封印には、日本政府直属輸送物資の印が刻まれていた。
港では積み込み作業が昼夜を問わず続いている。
巨大クレーンが木箱を吊り上げ、兵士たちが積載位置を確認し、士官たちが目録を読み上げる。
「第七補給艦、積載完了!」
「第九艦、火薬搬入終了!」
「冷蔵保管区、封鎖確認!」
次々と報告が飛ぶ。
その後方海域には、一個艦隊が展開していた。
駆逐艦。
巡洋艦。
護衛艦艇。
1個艦隊全てが既に出航可能状態に入っている。
鋼鉄の艦影が朝霧の中へ並ぶ様子は、まるで海上要塞そのものだった。
若い水兵たちは緊張した表情で持ち場につく。
彼らも理解していた。
これは単なる輸送任務ではない。
歴史そのものを変える遠征なのだと。
やがて旗艦から信号が送られる。
「出航準備、完了!」
その声が各艦へ伝達されていく。
続けて命令。
「全艦、針路をイングランドへ!」
次の瞬間。
巨大な汽笛が東京湾へ響き渡った。
低く重い音が海面を震わせる。
岸壁の人々は思わず足を止めた。
ゆっくりと艦隊が動き始める。
巨大な艦体が白波を押し分け、整然と湾外へ向かっていく。
太陽が昇り始め、鋼鉄の艦体が朝日に照らされる。
その光景は、まるで未来そのものが海を進んでいるかのようだった。
高台からその様子を見下ろす男がいた。
明賢である。
彼は腕を組み、静かに艦隊を見つめていた。
側近たちも無言で背後に立つ。
やがて明賢は、低く呟いた。
「これで北米は、完全に我が手に落ちる。」
その言葉には誇張がなかった。
既に全ての布石は打ち終えている。
王党派への小規模支援。
議会派の焦燥。
北米全植民地譲渡。
そして今、決定的支援が動き出した。
世界最大級の大陸が、静かに日本の勢力圏へ組み込まれようとしていた。
日本の大規模支援が議会派へ到達した瞬間。
歴史は、新たな方向へ舵を切った。
議会派は正式文書を通じて宣言する。
北米植民地の全権利を、日本国へ譲渡する。
その情報は瞬く間に大西洋世界へ広がった。
ヨーロッパ諸国は騒然となる。
「日本が新大陸を得ただと?」
「そんな馬鹿な!」
「イングランドは植民地を売ったのか!?」
しかし事実だった。
しかも法的文書付き。
議会派は生存のため、北米を代価として差し出したのである。
その知らせを受けた北米各地のイギリス系入植者たちは混乱した。
港町。
農村。
開拓地。
至る所で同じ話題が飛び交う。
「ここは、もう日本領なのか?」
「信じられん。」
「だが本国政府が認めた以上、従うしかない。」
特に王党派寄りの入植者たちは動揺していた。
彼らにとって日本は未知の国家だった。
恐怖もある。
不安もある。
そして多くの者は、本国への帰還を選び始めた。
港では撤退準備が進む。
荷車へ積み込まれる家財。
泣きながら船へ乗る子供たち。
故郷を捨てる開拓民たち。
「まさか、こんな形で去ることになるとは。」
老いた入植者が港を振り返る。
彼らが築いた町。
農地。
教会。
それらを残し、イギリス人たちは次々と去っていった。
だが。
その空白を埋めるように。
まるで最初から準備されていたかのように。
今度は日本船団が現れ始める。
ニューヨーク、ボストン。
各沿岸へ、続々と大型輸送船が到着した。
港へ日本国旗が掲げられる。
整然と並ぶ輸送船。
降り立つ大量の移民。
農民。
技術者。
建築士。
医師。
役人。
彼らは単なる移住民ではなかった。
新国家建設団そのものだった。
港では日本側行政官が声を張る。
「今日より、この町は日本国管理下へ入ります!」
「国民登録を順次開始してください!」
「農地測量班、北区画へ移動!」
新たな秩序が、一気に構築されていく。
移民たちは緊張しながらも頭を下げた。
「よろしくお願いいたします!」
「必ず、この土地を発展させます!」
各地で都市建設が始まる。
測量隊が地図を広げ、道路予定地へ杭を打ち、港湾拡張工事が進む。
近代的都市計画。
衛生設計。
区画整理。
17世紀とは思えない速度で、日本式都市が形成され始めていた。
新大陸は、完全に日本のものとなりつつあった。
その頃。
イングランド北部の議会派港湾。
冬の北海は荒れていた。
冷たい風が埠頭を吹き抜け、兵士たちは厚い外套へ身を縮めている。
彼らは警戒していた。
日本艦隊到着の報告が入っていたからだ。
だが。
実際にそれを目撃した瞬間、全員が言葉を失った。
水平線の向こう。
黒い影が現れる。
一つではない。
十。
二十。
列を成し、巨大な艦隊がこちらへ迫ってきていた。
「なんだ、あれは。」
見張り兵が呟く。
誰も答えられない。
日本艦隊。
補給艦十隻。
さらに護衛艦隊。
その規模は、17世紀イングランド人の常識を完全に超えていた。
近づくにつれ、兵士たちの顔色が変わる。
「で、でかすぎる」
「あれが全部、補給船だというのか?」
巨大な鋼鉄船体。
波を割る低い艦影。
規則正しい隊列。
それはもはや海軍ではない。
海そのものを支配する存在だった。
やがて先頭艦が接岸する。
埠頭全体が緊張に包まれる。
そして再び、日本のクレーンが動き始めた。
轟音を響かせながら、大量の木箱が次々と陸へ降ろされていく。
その量は異常だった。
食料。
高品質鉄材。
火薬。
医療資材。
軍服用布地。
兵站装備。
工具。
さらに、莫大な資金。
木箱の山は、まるで小さな砦のように積み上がっていく。
議会派の将校たちは呆然としていた。
「これは」
誰かが震える声で呟く。
「国がひっくり返るほどの量だ」
別の将が拳を握り締めた。
「勝てる!」
「これなら王党派を粉砕できる!」
絶望していた兵士たちの表情が変わる。
歓声が広がる。
疲弊していた軍へ、再び希望が戻り始めていた。
そしてその全てを、日本は冷静に見下ろしていた。
議会派が勝とうと、王党派が滅びようと、既に最重要目標は達成されている。
北米大陸。
未来の超大国の土台。
それは今、静かに日本の手へ収まっていたのである。




