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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第四章 世界との関わり

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210/221

210話 砲撃演習

艦長は黒板を持ち出し、甲板中央へゆっくりと歩み出た。

波風に晒された黒板の縁は白く擦れていたが、その表面にはすでに几帳面な文字が並んでいる。横には通訳官が立ち、各国の外交官たちへ視線を向けた。


甲板には椅子が整然と並べられ、外交官たちは半ば講義を受ける学生のように腰掛けている。遠くでは巨大な砲塔が静かに海を睨み、鉄の艦体が低い唸りを響かせていた。


艦長は帽子を軽く押さえ、落ち着いた声で語り始める。


「まず、諸君が理解しやすいよう、我が国で採用している単位系から説明しよう」


通訳が各国語へと訳す。


「我々はメートルを基準とした単位系、SIを定め、長さ・質量・時間を含むあらゆる計測を、この体系で統一している」


その瞬間、外交官たちの間にざわめきが走った。


当時の欧州では、国ごとに尺度が異なっていた。

イングランドのフィート、フランスのトワーズ、スペインのバラ、ドイツ諸邦ごとの独自単位。

それぞれが混在し、測量や造船、商取引のたびに換算が必要となる。


誤差は避けられず、時にはそれが事故や紛争の原因にもなっていた。


だからこそ、世界共通の尺度という発想は、外交官たちに強烈な衝撃を与えた。


「我々はメートルを世界の共通単位とするつもりである。」


艦長は黒板に一本の線を引く。


「尺度が統一されれば、造船も、測量も、交易も、すべてがより正確になる。諸国にもぜひ採用を検討していただきたい」


外交官たちは顔を見合わせた。


イギリス代表は顎に手を当て、オランダ代表は目を細めながら熱心に書き留めている。フランスの学術顧問はすでに計算を始めており、神聖ローマ帝国の技術官たちは黒板の数字を凝視していた。


艦長は続ける。


「本艦の全長は二百二十メートル、幅は二十六メートル。乗員は約六百名」


通訳が訳すたび、ざわめきが広がる。


「速力については軍事機密に属するため、詳細は控えさせていただく」


黒板には、日本語と欧州各国語で寸法表が書かれていた。

数字は整然としており、一切の曖昧さがない。


外交官たちは競うようにメモを取った。


「二百二十。そんな巨艦が存在するのか」

「しかも鉄で出来ている」

「木造艦の時代が終わるというのか。」


艦長はさらに説明を進める。


大型輸送船、中型輸送船、小型輸送船、そして巡洋艦や駆逐艦。

それぞれの用途、積載量。すべてが体系的に整理されていた。


だが彼は決して動力には触れない。


説明されるのはあくまで、

「設計精度」

「規格」

「部品の統一」

といった、理解可能な範囲のみ。


それでも外交官たちは理解し始めていた。


日本は単に新しい船を作ったのではない。


海を単位として扱っている。


その発想そのものが、自分たちとは違う。


誰かが小さく呟いた。


「日本は、もはや我々の航海技術を越えている」


その言葉に反論する者はいなかった。


やがて艦は演習海域へ到達した。


空は薄曇りで、水平線は白く霞んでいる。

前方には、小型の木製標的艦が曳航されていた。


距離は極めて遠い。


当時の常識では、砲撃戦など成立しないほどの距離だった。


艦長がゆっくりと立ち上がる。


「これより、砲撃演習を開始する」


その一言で、空気が変わった。


外交官たちの目が一斉に前方へ向く。

先ほどまで学問的興味に満ちていた場が、一瞬で緊張へと変わった。


静寂。


風の音だけが響く。


「砲撃演習、準備開始」


号令が発せられた瞬間、艦首と艦尾の巨大な二百ミリ砲塔が、低い金属音を響かせながら動き始めた。


外交官たちは息を呑む。


「動いている」

「砲そのものが回転しているぞ!」


巨大な鉄の塊が、滑らかに旋回する。


それは彼らの知る砲ではなかった。


当時の一般的な艦砲は、甲板へ固定された大砲を人力で動かすものだ。

角度調整には時間がかかり、照準精度も低い。


しかし目の前の砲塔は違う。


巨大でありながら、まるで生き物の首のように滑らかに動き、標的を追っている。


「これが、日本の砲か」


外交官たちは呆然としていた。


やがて艦長が短く命じる。


「主砲、装填完了。射角十五度。照準よし」


一瞬の静寂。


そして次の瞬間、世界が裂けた。


轟音。


空気そのものが爆発したかのような衝撃が甲板を震わせ、外交官たちは思わず耳を塞いだ。椅子が軋み、金属甲板が低く共鳴する。


炎が噴き出し、濃煙が広がる。


その中心から、砲弾が光の尾を引いて飛び出した。


誰も言葉を発せない。


砲弾は常識外れの速度で飛翔し、海の彼方へ一直線に伸びていく。


落下する気配すらない。


まるで雷が水平に走ったようだった。


「なんという射程だ」

「あり得ないっ!」


一発目。


標的の右側へ着弾。


巨大な水柱が立ち上がる。


二発目。


左へ外れる。


三発目。


標的艦を正確に挟み込む。


外交官たちがざわめく。


「初弾で距離を測ったのか!?」

「砲撃で測量している!」


それは彼らにとって未知の概念だった。


日本側は砲撃を勘ではなく、計算で行っていた。


砲弾が海面へ触れるたび、炸裂音と共に巨大な白柱が立ち上がる。

飛沫が風に乗り、遠く甲板にまで降り注いだ。


外交官たちは恐怖と興奮の入り混じった表情で、それを見つめている。


だが、本当の恐怖はここからだった。


砲撃が止まらない。


二百ミリ砲が、信じ難い速度で連続射撃を始めた。


毎分五発。


当時ではあり得ない速度。


轟音、閃光、爆煙。


曳光弾が次々と空を裂き、水平線は煙に覆われていく。


外交官たちは完全に言葉を失っていた。


ただ目の前の光景を見つめることしかできない。


数分後、最後の一撃が放たれる。


砲弾は正確に標的へ命中した。


轟音。


爆発。


木片と鉄片が空高く吹き飛び、標的艦は中央から裂けるように崩壊した。


海面に残ったのは、燃えながら沈んでいく破片だけだった。


誰も口を開けない。


ようやく、誰かが呟く。


「これが、日本の砲術か」


返事はなかった。


誰もが理解してしまったからだ。


この国は、自分たちの時代より遥か先を歩いている。


演習終了の号令が響き、艦はゆっくりと帰路へ入る。


外交官たちは次々と質問を投げた。


「どうやって照準を?」

「なぜあれほどの速度で?」

「砲を動かす仕組みは?」


だが艦長は、終始穏やかな微笑みを崩さない。


「軍事機密であります」


それ以上は語らない。


夕刻。


艦は再び鹿児島港へ戻った。


外交官たちは甲板から降りる直前、振り返って巨大艦を見上げた。


夕陽を受けた灰色の艦体は黄金色に染まり、静かに海へ浮かんでいる。


それはまるで、海に現れた鉄の巨神だった。


誰もが理解していた。


今日見たものは、単なる兵器ではない。


新たな時代そのものだった。


その夜、外交官たちは外交施設へ戻り、日本側が開く正式会議へと向かう。


まだ誰も知らない。


これからの会議が、世界の外交と科学、そして覇権の歴史そのものを揺り動かすことになるとは。

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