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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第四章 世界との関わり

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209話 黒鉄の城

黒船の謎


数年前から太平洋を、日の丸を掲げ、鈍く光る影が列をなして進んでいた。

帆を張らず、煙もほとんど見せず、ただ静かに、しかし確かに海を割って進む。


その進み方は異様だった。

風向きが変わろうとも速度は落ちず、凪の海でも停まらない。

波に逆らうでもなく、従うでもなく、ただ一定の意思を持つかのように進み続ける。


遠くからそれを目撃した欧州の商船たちは、最初は目を疑った。

見間違いだと思い、望遠鏡を取り出し、再び確認する。


だが、何度見ても同じだった。


「あれは、風に逆行している。」

「帆がない。いや、帆を畳んでいるのではない。最初から無いのだ」


ざわめきが甲板に広がる。


「では、どうやって動いている?」

「潮流か?」

「違う。潮にすら逆らっているぞ」


一人が小さく呟く。


「魔法か?」


誰も笑わなかった。

それほどまでに、その光景は常識から外れていた。


やがてその報告は、航路を辿るようにして欧州へと伝わっていく。

港から港へ、商会から商会へ、そして王宮へ。


英国、フランス、オランダ、スペイン、ポルトガル。

大航海時代を築き、海を支配してきた国々が、同じ情報を手にする。


「東洋に、風に頼らぬ船あり」


最初は疑われた。

だが、報告は一つではなかった。

次第に増える、複数の船、複数の航路、複数の証言。


やがて疑念は消え、別の感情に変わる。


警戒。

そして、焦燥。


「もしそれが事実なら」

「海の支配は覆る」


宮廷の空気が静かに張り詰めていく。


そして決断が下される。

各国は日本へ使節団を送ることを決めた。


目的はただ一つ。

あの船の説明をもらうこと。


日本政府は、その動きをすでに察知していた。


内閣府。

重い空気の中、長机を囲む者たちがいた。


外務省の官僚。

海軍の将官。

文部科学省の技監。

そして、中央に座る明賢。


机の上には、各国からの書簡が並ぶ。

丁寧な言葉で書かれているが、意図は明白だった。


「視察を求む」

「技術交流を希望する」

「友好の証として訪問したい」


明賢はそれらを一通り見終え、静かに口を開く。


「いずれ来るとは思っていたが、やはり来たな」


誰も言葉を挟まない。


「彼らは見るだろう。そして問うだろう」


「だが、すべてを答える必要はない」


海軍の一人が頷く。


「見せるのは現象。隠すのは原理ですか。」


明賢はわずかに目を細めた。


「そうだ。理解させる必要はない。ただ、認識させればよい」


その一言で、方針は決まった。


各国の外交官を正式に招待する。

そして、日本近海で航海実演を行う。


だが、それは公開ではない。

制御された舞台の上での演出だった。


選ばれたのは、重巡洋艦「天ノ島」。


鋼鉄の船体。

無駄のない構造。

そして内部に秘められた動力。


外から見えるのは、ただの巨大な塊。

だが、その内側では、精密に組まれた機関が静かに待機している。


帆はない。

櫂もない。

煙突はあるが、煙は最小限に抑えられている。


速力は帆船の比ではない。

だがその力は、外からは読み取れないように設計されていた。


鹿児島湾の朝。


霧がゆっくりと晴れていく。

水面は静かで、風もほとんどない。


その中に、影が現れる。


最初はぼんやりとした輪郭。

やがて霧が薄れ、全体像が露わになる。


巨大な鉄の艦。


まるで山がそのまま海に浮かんだかのような質量感。

光を鈍く反射する外板。

継ぎ目のないように見える滑らかな曲面。


欧州の外交官たちは、言葉を失った。


誰もが足を止め、ただ見上げる。


「これが」

「船だと?」


彼らの知る船の概念から、大きく外れていた。


帆がない。

マストもない。

木材の温もりもない。


あるのは、冷たい鉄だけ。


「これが、動くのか?」


英国代表の声は、半ば無意識だった。


案内役の将校が一歩前に出る。


「はい。これが日本国の新型艦《天ノ島》でございます」


その声は穏やかで、誇張もない。


だが、その事実がすでに異様だった。


外交官たちは艦へと案内される。


タラップを上る足取りは、どこか慎重だった。

まるで未知の神殿に足を踏み入れるかのように。


甲板は広く、整然としている。

無駄な装飾は一切ない。

すべてが機能のために配置されている。


見学席に案内されると、椅子が整然と並び、日除けの帆布が張られていた。

周囲には海軍兵が静かに立ち、一定の距離を保っている。


やがて、艦長が姿を現す。


短い軍楽。

整った動作。

そして一礼。


「諸君、これより我が国の船を見学していただく」


落ち着いた声が、甲板に響く。


「ただし、立ち入りは指定区域のみ。艦内はお見せできない」


その言葉に、外交官たちは頷く。

異議を唱える者はいない。


すでに彼らは理解していた。


やがて、汽笛が短く鳴る。


錨が引き上げられる音。

鎖が巻き取られ、静かに甲板へと収まっていく。


そして


艦が動いた。


最初は、わずかな揺れ。

次に、水面に広がる波紋。


だが、風はない。

帆もない。


それでも確実に、艦は前へ進んでいる。


エンジン音は聞こえない。

振動も最小限。


ただ、景色だけがゆっくりと後ろへ流れていく。


外交官の一人が、思わず立ち上がる。


「動いている」


別の者が、海面を覗き込む。


「推進具が見えない、何も。」


誰も答えられない。


ただ一つ確かなのは、この船が風なしに動いているという事実だけだった。


そしてその事実が、彼らの常識を静かに崩していく。


日本は何を手に入れたのか。

この力はどこから来ているのか。


疑問は尽きない。


だが、その答えは与えられない。


彼らが見ているのは、あくまで結果だけ。


原理は、深い鉄の内側に沈んだままだった。

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