表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第三章 外部拡張主義

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

204/222

204話 光とロラン

光の脈 ― ロランシステム、日本を包む


日本の空を走るのは、もはや通信電波だけではなかった。

見えぬはずの通信は、今や形を持ち始めていた。


大地の下を這う無数の光の糸。

それはただの通信線ではない。


都市と都市を結び、人と機械を繋ぎ、情報そのものを流す神経であった。


銅線の時代は静かに終わりを迎え、日本は、光によって思考する国家へと変わろうとしていた。


光の道を敷く ― 光ファイバー通信の開始


各地で、掘削機が地面を切り裂く。

その溝の中へ、慎重に敷設されていく一本のケーブル。


外見は細く、頼りなく見える。

だがその内部には、光を閉じ込めるための精密な構造が幾重にも重なっていた。


石英で作られた透明な芯。

それを包むクラッド層。

さらに外側を守る保護被覆。


そのすべてが揃って初めて、光は逃げることなく、長距離を走り続けることができる。


敷設は昼夜を問わず続いた。


山間部では岩盤を削り、都市部では地下網の中を縫うように進む。


川を越え、海峡を越え、やがてその線は列島全体へと広がっていった。


誰もが気づかぬうちに、足元の下で光の血管が完成していく。


初めての接続試験の日。


制御室に集まった技師たちは、息を潜めてモニターを見つめていた。


送信機から発せられたレーザー光が、光ファイバーの中へと吸い込まれる。


遠く離れた受信局で、わずかな遅延もなく信号が再現される。


「届いた」


誰かが呟く。


それはただの通信成功ではなかった。


光そのものが、国土を貫いた瞬間だった。


通信速度は、従来とは比較にならなかった。


銅線では不可能だった大量の情報が、一瞬で都市間を行き来する。


音声、信号、計測値、さらには機械の制御データまでもが、同時に、正確に、遅れなく伝わる。


それは通信ではなく、もはや同期に近かった。


やがて、政府機関、軍、大学、工場、すべてが光回線に接続される。


それぞれが独立した存在ではなくなり、情報を共有する一つの系として動き始める。


地図の上に描かれた回線網は、まるで血管のように脈打ち、日本列島を覆い尽くした。


「この国は、もはや島々ではない」


通信局の技師が静かに言う。


「光で結ばれた、ひとつの存在だ」


その言葉は誇張ではなかった。


集積回路の完成 ― 電子の脳の誕生


その頃、別の場所でもう一つの革命が起きていた。


電子工廠の研究棟。


そこでは、電子回路そのものを極限まで縮小する試みが続けられていた。


無数のトランジスタ、抵抗、配線


それらを一つ一つ組み立てるのではなく、最初から一体として作り上げる。


シリコンの上に、すべてを刻み込むという発想。


試作室の中、顕微鏡越しに見えるのは、肉眼では捉えられぬ微細な構造だった。


細い線が交差し、小さな領域が規則正しく並ぶ。


それはまるで、都市を上空から見た光景のようでもあった。


「これが、回路なのか」


若い研究員が息を呑む。


通電試験。


電源が投入されると、チップの内部で電子が一斉に流れ始める。


外からは何も見えない。

音も、光もない。


だが確かに、内部では膨大な計算が行われていた。


それは静かな、しかし圧倒的な変化だった。


「成功です」


その一言で、長い研究のすべてが報われる。


真空管でもない。

単体のトランジスタでもない。


回路そのものが、一つの存在として動き出した。


その集積回路は、すぐに光通信制御装置へと組み込まれる。


これまで人が行っていた信号の振り分け、経路の判断、通信の管理。


それらがすべて、自動で処理されるようになる。


光の中を流れる情報は、電子の脳によって整理され、最適な道を選んで進んでいく。


通信網はさらに進化する。


ただ繋ぐだけではない。

考え、選び、最適化する。


それは単なるインフラではなく、意思を持つ巨大な生命体へと変わりつつあった。


やがて、その影響は軍事にも及ぶ。


艦隊、基地、観測所。

すべてが光回線で結ばれ、情報が一瞬で共有される。


判断の速度が変わる。

行動の精度が変わる。


戦いの形すら、静かに変わり始めていた。


だが、その中心にあるのは常に同じものだった。


光と、電子と、それを繋ぐ人の意志。


制御室の片隅で、一つの装置が静かに稼働を続けている。


無数の光信号が流れ込み、集積回路がそれを処理し、再び光として送り出す。


その繰り返し。


止まることのない流れ。


それは血流だった。


国家を巡る、電子の血。


そしてその中心で、新たな脳が静かに目覚めていた。


ロラン・システム ― 電子の星座


明賢を筆頭に海軍が提唱した新構想「ロラン・システム」。


それは単なる航法装置ではなかった。

海と空に秩序を与え、位置という概念そのものを再定義する、新しい電子の地図であった。


電波による測位の原理は、極めて静かで、しかし精密だった。


各地に設置された電波塔が、厳密に同期された周期で信号を放つ。


その信号は光速に近い速度で広がり、海上を、空を、そして地平線の彼方へと伝わっていく。


船舶や航空機はそれを受信し、到達までのわずかな時間差を測定する。


ほんの数マイクロ秒の違い。

しかしその差が、位置を決定する。


二つの塔からの信号で、曲線が描かれる。

三つ目の塔で、その交点が定まる。


それはまるで、見えない星を頼りに位置を知る航海術の再来だった。


だが今度の星は、空にはなかった。


地上にあり、人の手によって作られ、そして絶えず正確な信号を放ち続けていた。


電波塔は、日本列島とその外縁に沿って配置された。


北の果て、稚内の岬に立つ塔は、冷たい風を受けながら電波を放つ。


東の要衝、房総半島の海岸では、波の音とともに信号が刻まれる。


南西の島々、沖縄では、熱気の中で電波が空へと伸びる。


さらに遠く、太平洋の中継点であるハワイ、そして新大陸の拠点サンフランシスコにも塔が築かれた。


それぞれの塔は孤立しているようでいて、すべてが連動していた。


周期、位相、出力。

すべてが中央の標準時に統一され、一つの巨大な発振器によって同期され、それらの電波は見えない線となって広がる。


交差し、重なり、網のように地球を覆う。


誰かがそれをこう呼んだ。


「電子の星座」


最初の試験航海。


巡洋艦〈若狭〉は、太平洋へと静かに出航した。


空は曇り、星は見えない。

水平線も霞み、目印となるものは何もなかった。


だが艦内の測位室では、受信機が淡々と電波を拾い続けていた。


「信号受信。第一塔、第二塔、第三塔同期確認」


航海士が計測器を操作する。


波形が画面に現れ、時間差が数値として表示される。


それを基に位置を算出し、地図上に点が打たれる。


その点は、動いていた。


艦の進行とともに、滑らかに、正確に。


「誤差、三百メートル以内」


その報告に、室内がざわめく。


外洋での測位としては、かつてない精度だった。


航海長が小さく息を吐く。


「これが、電子の航海か」


艦長は静かに頷いた。


「我らは今、電子の星を頼りに航海している」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

ただ事実を、静かに確認するように響いた。


航海は続く。


昼も、夜も、嵐の中でも。

ロラン信号は途切れない。


星が見えずとも、太陽が隠れても、位置は常に計算され続ける。


やがてこの技術は、すべての艦艇、すべての航空機へと広がっていく。


航海士の勘に頼る時代は終わり、位置は測るものとなった。


電子国家、地球を掌中に


光ファイバーが都市を繋ぎ、ロラン電波が海を覆う。


地上では光が走り、海上では電波が交差する。


司令部で発せられた命令は、光の中を通り、瞬時に各拠点へ届く。


その命令を受けた艦艇は、ロラン信号を基に自らの位置を把握し、迷うことなく進路を定める。


情報と位置。


その二つが完全に結びついたとき、指揮系統は一つに統合された。


それはもはや通信網ではなかった。


意思を伝え、位置を定め、行動を統御する。


巨大な神経だった。


海も、陸も、空も、すべてがその中に組み込まれていく。


「電子こそ、新たな羅針盤である」


その言葉は比喩ではなかった。


羅針盤は方向を示す。

だが電子は、位置と情報、そして判断を与える。


光が走る。

電波が届く。

見えない信号が、世界の隅々まで行き渡る。


そしていつしか、地球そのものが一つの装置のように動き始める。


静かに、確実に。


電子の星座に導かれながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ