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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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146/152

146話 確実な支配

ジャクソンビル。

湿った海風が吹き抜けるその地は、戦火の匂いよりも、土と水と草の匂いが濃かった。


ジャクソンビルは静かだった。

銃声も怒号もない。だが、その静寂こそが重い。


ノーフォークのように港湾を巡る競争もなければ、ニューオリンズのように土地を巡る駆け引きもない。

ここにあるのは、ただ広大な空白だった。


空白を、都市へ変える。


それが彼らの任務だった。


「地平線まで続く、こんなに平らな土地があるなんてな。」


若い工兵は測量棒を立てながら、思わず呟いた。

見渡す限りの草原。

湿地と砂地がまだらに混ざり、風が吹けば波のように草が揺れる。


日本本土では山を削り、谷を埋めてようやく得られる平地が、ここには、最初から与えられている。


だが与えられた土地は、まだ使える土地ではない。


最初の仕事は線を引くことだった。


上空から見れば、やがて碁盤の目のように整うはずの街区。

五百メートル四方の区画。

交差点ごとに倉庫。

中央に物資集積所。

外周には将来の鉄道予定線。


現地指揮官は図面を押さえながら言った。


「決して間違えるな。最初に引いた線が、この街の骨格になる。」


一本の杭が打たれる。


それはただの木片ではない。

そこから未来が広がる。


だが現実は、理想図とは程遠かった。


雨季が始まる。

地面はぬかるみ、トラックの車輪が半分沈む。


「動かねぇ! また泥だ!」


エンジンが唸り、タイヤが空転する。

泥が跳ね、服も顔も茶色に染まる。


ブルドーザーが前進し、パワーショベルが土を盛り、砕石が運ばれ、踏み固められる。


草原は、ゆっくりと人工物へと姿を変えていった。


夕暮れ。


格子の一辺が、はっきりと見える。

白線が引かれ、杭が整然と並ぶ。


「ここが北一番通りだ。」


誰かがそう言った。


名前を与えられた瞬間、その場所は単なる土地ではなくなる。


道になる。

街になる。

記憶になる。


やがてここに倉庫が建ち、市場が生まれ、家族が移り住み、子供が走り回る。


そして鉄路が延びる。

北から伸びてくる一本の背骨と、南の海へ広がるこの格子が交わる日が来る。


この大陸は、静かに呼吸を始めようとしていた。


やがて、港に人の列が見えた。


現れたのは、開拓民たちだった。

家財を最小限にまとめ、子を連れ、工具を抱え、不安と期待を半分ずつ胸に抱いた人々。


埠頭ではクレーンが唸りを上げる。

建材を積んだトラックが次々と陸揚げされ、木材の匂いと、まだ新しい鉄の匂いが潮風に混ざった。


「家を建てるぞ!」


誰かが叫ぶ。

それは命令というより、宣言だった。


彼らの住まいは、日本本土で規格化されたプレハブ住宅。

壁面は番号ごとに梱包され、梁も柱も寸分違わず加工されている。


基礎を打ち、アンカーを締め、床枠を据え、壁を立てる。


作業は驚くほど早い。


午前に始めた一区画が、昼過ぎには家の形を成し、夕刻には屋根まで載る。


金槌の音が格子状の街区に反響し、トラックのエンジン音がリズムを刻む。


子供たちは、まだ舗装しきれていない道路の端で、打ち捨てられた木片を拾いながらはしゃいでいる。


夕暮れ。


風が止み、湿原の匂いが薄れるころ、視界の端から端まで、整然と並ぶ屋根の列が現れた。


数時間前までは空白だった場所に、今は生活の輪郭がある。


やがて発電機が回り始める。


ひとつ、またひとつと灯りがともる。

電球の光が新しい道路の端から端へと繋がり、まるで星座のように一直線の光が夜を貫いた。


その光は揺れながらも確かで、湿原の闇を押し返していく。


「これが、新しい日本の街か。」


現地監督が静かに呟いた。


数週間前、ここはただの湿地だった。

足を踏み入れれば沈み、草に覆われ、虫が群れていた土地。


だが今、格子状に走る道路、規格化された街区、倉庫と住宅の配置、そして電線が空を横切る。


それらは単なる建造物ではない。

秩序だった意志そのものだった。


夜が深まる。


炊煙がいくつも立ち上り、味噌と米の匂いが風に乗る。


遠くで誰かが三味線を鳴らし、笑い声が続く。


湿原だった大地が、人の営みの音を覚えていく。


この街はまだ未完成だ。


病院も学校も、市場も劇場も、すべてこれから。


だが骨格はすでにある。


道路は迷わず伸び、区画は整い、未来を受け入れる準備が整っている。


やがて北から鉄道が届き、内陸の穀物が流れ、南の港から物資が出入りするだろう。


ここは中継地ではない。

終着点でもない。


広がる大陸の、呼吸の節目になる。


まだ草の匂いが残る土地で、開拓は静かに、しかし確実に進んでいた。


湿原は都市へ。

線は網へ。


そしてその網は、やがて大陸を覆うことになる。

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