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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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145/152

145話 ノーフォーク隊北上

ノーフォークを発ってから、すでに数か月。


鉄路は南東の湿った海風を離れ、次第に内陸の広がりへと踏み込んでいた。


北へ、北へ。


延びゆく線路の先には、どこまでも続く平原と、水平線の向こうまで広がる濃緑の森。


夏の名残を含んでいた風は、日を追うごとに冷気を帯び、朝霧は濃く、吐く息は白くなり始めていた。


彼らの目的地、五大湖地方。


その最初の到達目標は、エリー湖とオンタリオ湖。


巨大な淡水の海へ辿り着くこと。

それは単なる到達ではなく、内陸航路と鉄路を結ぶ国家的な布石でもあった。


「線路はできるだけ真っすぐに、曲げるな。ここは新しい大陸の背骨になる!」


現場指揮官・石井大尉の声が、乾いた空気を震わせる。


測量隊は三脚を立て、経緯度を細かく計測し、地図の上に定規を走らせる。


その指先は、まるで絵筆。


まだ名もなき大地の中央へ、一本の長い直線を描いていく。


それは単なる線ではない。


将来、都市と都市を繋ぎ、物資と人と情報を運び、大陸の構造を規定する軸だった。


しかし地形は穏やかではない。


一見なだらかに見える平原も、実際には緩やかな起伏が連続し、所々に深い谷が口を開けている。


丘を削り、谷を埋め、岩盤を穿ち、湿地を固める。


「この沼地、道床が沈む!」


若い工兵の叫び。


敷いたばかりの枕木が、じわりと傾く。


「木杭を打て! 土砂を盛れ、下に石を詰めろ!」


石井大尉の指示が飛ぶ。


即座に丸太が運び込まれ、人力で杭が打ち込まれる。


その上に砕石を敷き詰め、さらに砂利と土を重ね、強固な基礎を築く。


夜になっても作業は止まらない。


照明器が設置され、発電機のうなりが闇を震わせる。


コンプレッサーの鋭い音が、森の静寂を切り裂いた。


遠くで狼の遠吠えが響いても、作業員たちの手は止まらない。


線路が延びるたびに、その脇には小さな拠点が生まれる。


最初は簡素な木造小屋。


やがて倉庫が建ち、整備小屋が並び、発電機室が増設され、仮設宿舎が整然と配置される。


物資を保管し、機械を修理し、作業員を休ませる。


鉄路の進行と歩調を合わせるように、それらの建物は次々と姿を現した。


まるで生き物の成長のように。


「ここは中継点北一九号。次は二十キロ先、北二十号だ。」


「了解、通信線も同時に延ばします!」


命令が下ると同時に、通信兵が銅線を引き出す。


地面に沿わせ、木柱に括りつけ、時に仮設の通信塔を立てる。


銅線は、レールと並走しながら北へ伸びていく。


鉄が物を運び、銅が情報を運ぶ。


その両輪が揃った瞬間、開拓は一段と加速した。


有線電話が繋がる。


ノーフォーク本部からの指示が、数秒で届く。


資材の追加要請も、人員の補充も、天候警報も、即座に共有される。


「本部より連絡。三日後に補給列車を増発する。」


その報告に、現場の空気が引き締まる。


補給列車が来れば、次の二十キロを一気に伸ばせる。


やがて遠く、北の空に薄く光る水平線の向こう。


冷たい風の源。


そこに広がるのは、巨大な湖水の気配。


五大湖は、まだ見えない。


だが、湿り気を帯びた風は確かに告げていた。


もう近い、と。


鉄路は止まらない。


大陸の背骨は、確実に北へと伸び続けていた。


やがて冬が迫る。


北から吹き下ろす風は鋭さを増し、灰色の雲が空を覆い始めた。


最初は粉のようだった雪は、やがて圧縮した綿のように重くなり、静かに、しかし確実に鉄路を覆っていく。


レールの上に白が積もり、枕木の輪郭がぼやけ、敷き詰めた砕石が消えていった。


作業は一気に難航する。


凍結した地面は硬く、つるはしの刃が弾かれる。

道床は夜のうちに凍り、昼にわずかに緩み、再び夜に凍る。


その繰り返しが、敷いたばかりの基礎を歪ませた。


「凍上だ、盛り土が持ち上がっている!」

「排水溝を広げろ、氷を砕け!」


指示が飛び交う。


手袋越しでも指先の感覚は薄れ、吐く息は白く凍りつく。

口元に霜が付き、

まつ毛に氷の粒が宿る。


それでも、誰一人として手を止める者はいなかった。


レールは磨かれ、砕石は運ばれ、杭は打ち込まれる。


雪の中で鉄槌の音が響く。


それは、冬に抗う鼓動のようだった。


「この道の先に湖がある。そこまで届けば内陸の制覇は、俺たちの手の中だ。」


石井大尉の声は、寒風の中でも揺らがなかった。


凍える手で地図を広げる。


紙は硬くなり、角が白く折れかけている。


彼は星を頼りに現在地を確認した。


夜空は澄み、無数の星が瞬く。


そして天頂近く、動かぬ光。


北極星。


それは静かに、しかし確実に北を示している。


まるで、「進め」と告げる標のように。


測量士たちは天測を行い、誤差を修正し、再び杭を打つ。


雪原の中に、一本の直線が描かれていく。


道は、まるで一本の糸。


白い大地を縫い裂く、細く、しかし揺るぎない線。


それは単なる交通路ではない。


物資を運ぶだけの鉄ではない。


それは文明の血管だった。


南の港から運ばれる資材、中央の拠点で蓄えられる穀物、やがて北の湖から運び出される木材や鉱物。


それらすべてが、この一本に集まり、流れ、循環する。


血が巡るように。


大陸の中心へ、新たな文明の脈動を送り込む行為。


やがて彼らは感じ始める。


風の匂いが変わったことを。


内陸特有の乾いた空気に、わずかな水の気配が混じる。


それは湖の息吹。


エリー湖。


そして、さらに北東に広がるオンタリオ湖。


二つの巨大な淡水の海。


その水量は想像を超え、その沿岸は無数の交易路となり得る。


もし鉄路がそこに届けば、内陸水運と鉄道が結びつく。

五大湖を経由して、さらに奥地へ。


そして将来、東の海へも。


石井は静かに呟く。


「ここが繋がれば、この線は終わりじゃない。ここから、また枝分かれする。」


北へ、西へ、東へ。


一本の直線は、やがて無数の線を生み出す。


エリー湖、そしてオンタリオ湖。


二つを結ぶ道筋は、北米内陸部の要衝となる。


冬の雪原に刻まれた一本の鉄。


それは、いまはまだ細い。


だが、やがて太くなり、補強され、複線となり、電線が張られ、都市を生む。


彼らの手で引かれたこの直線は、やがてこの大陸全体を支える背骨となるのだった。

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