143話 追いつけ追い越せ
上陸。
ノーフォークに到着した第一先遣隊は、三隊の中でも最大規模を誇っていた。
艦艇の数。
兵員の数。
資材の量。
いずれを取っても、他の二隊を上回る。
艦列が湾内へと進入するにつれ、濃い緑の森が連なる海岸線が、ゆっくりと、しかし確かな存在感をもって姿を現した。
波は穏やか。
潮は引き気味。
空には薄い雲が流れている。
双眼鏡越しに確認された浜辺は、砂と湿地が入り混じる広い平地だった。
「上陸命令、発令!」
号令が響く。
複数の上陸用舟艇が一斉に降ろされ、海面へと着水する。
エンジンの低い振動が水面を震わせ、舟艇は白い波を立てながら浜へと滑り出した。
「陸地確認! 潮は引いている、上陸可能です!」
先行観測班の報告。
「よし、第一波、前進!」
号令とともに、舟艇はさらに速度を上げる。
船底が砂を擦る音。
兵士たちは跳び降り、膝まで沈む砂浜を踏みしめた。
それが、日本による最初の一歩だった。
上陸と同時に、動きは止まらない。
兵士たちは即座に隊形を整え、周囲の警戒を開始。
その後方では工兵隊が続き、三脚式測量機を担いで内陸へと進む。
地面の高低差。
地質。
水はけ。
線路敷設予定地を定めるため、杭が次々と打ち込まれていく。
赤い布が目印として立てられ、未来の鉄路の位置が示されていく。
その背後では、輸送艦から重機とトラックが次々と降ろされていた。
クレーンが唸り、荷網に吊られた機材がゆっくりと地上へ降ろされる。
木箱。
鉄骨。
レール束。
燃料ドラム。
浜辺は瞬く間に作業場へと変わった。
「この地を拠点にするぞ! 最初にやるべきは港だ!」
現場監督の声が響く。
命令と同時に、杭打機が動き出す。
重い鉄杭が空中から落とされ、鈍い衝撃音が浜に響く。
一本。
また一本。
海へ向かって伸びる杭列。
クレーンが鉄骨を運び、仮設桟橋が骨組みから形を成していく。
木材が組まれ、板が敷かれ、波止場の輪郭が次第に現れる。
工兵たちは潮の流れを見極め、干満差を計算しながら、防波堤と倉庫群の建設位置を定めていった。
地面には白線が引かれ、倉庫の基礎位置が示される。
杭が打たれ、土台が組まれ、その日のうちに木組みの枠が立ち上がる。
同時進行で、背後の森林では伐採班が作業を開始していた。
鋭い刃が幹に食い込み、重低音が森に響く。
木は大きく揺れ、やがて地響きを立てて倒れる。
倒木は即座に枝払いされ、一定の長さに切り分けられる。
太い幹は桟橋材へ。
細い材は倉庫骨組みへ。
さらに、選別された良材は線路の枕木として加工される予定だった。
切り出された木材は、臨時に設けられた製材所へ運ばれる。
電気式の鋸が回転し、板材が次々と積み上げられていく。
その日のうちに、最初の線路の土台が組み上がった。
まだ数十メートル。
だが、確かな始まり。
浜辺には、旗が立てられた。
日章旗。
その足元では、汗にまみれた兵士と工兵が、休むことなく作業を続けている。
潮の匂いと、木の香りと、機械油の匂いが混ざり合う。
ノーフォークの静かな海岸は、わずか半日で建設現場へと姿を変えた。
まだ砦もない。
街もない。
だが、杭が打たれ、木が組まれ、線が引かれたその瞬間から、ここは「拠点」になったのだった。
「こんなに早く線路を敷くのか。まるで戦のようだな」
若い技師が、まだ組み上がったばかりの枕木を見つめながら呆然と呟いた。
汗が額を流れ落ち、手袋には木屑と油が染み込んでいる。
その横で測量機を覗いていた技官が、片目を細めて笑った。
「戦だよ。だが、相手は人ではない。」
ゆっくりと顔を上げ、遠くの森林を指す。
「時代そのものだ。」
その言葉には、銃声も砲煙もない。
だが、確かな緊張があった。
周囲の者たちは一瞬だけ手を止めたが、すぐに何も言わず再び作業へ戻った。
鉄槌が落ちる音。
ディーゼル機関の唸り。
掛け声。
ここでは一日の遅れが、未来の一年を失うことに等しいと、誰もが理解していた。
やがて数日が経つと、ノーフォークの港湾部は別の顔を見せ始める。
仮設とはいえ、整然と並んだ倉庫群。
白線で区画整理された物資置き場。
規律正しく配置された宿舎棟。
そして中央に建てられた通信局。
通信塔には高くアンテナが張られ、無線で本国および艦隊と常時接続されている。
港には仮設桟橋が三本伸び、汎名運河を通過した小型貨物船が順次接岸。
物資は滞りなく搬入され、帳簿に記録され、即座に内陸輸送へ回される。
背後では、一本の線路が真っ直ぐに内陸へと伸びていた。
まだ単線。
まだ短い。
だが、その直線は強い意志の象徴だった。
森を切り開き、地を均し、橋を架ける。
鉄路は止まらない。
同時に、内陸調査隊が次々と派遣されていった。
北へ。
未だ海外勢力が明確に進出していない広大な森林地帯。
湿地と河川が入り組み、天然資源の眠る可能性を秘めた地。
西へ。
地図にほとんど描かれていない未知の大地。
彼らは馬とトラックを併用し、物資を積み、測量機と地質調査器具を携行する。
有線通信を引き延ばしながら進み、定期的に本部へ報告を送る。
「地盤良好、鉄道延伸可能。」
「北方に大河確認、架橋に時間を要する可能性あり。」
その一報一報が、やがて大陸の輪郭を形作っていく。
目的は明確だった。
北米大陸の中枢を、いち早く押さえること。
港だけでは足りない。
線路だけでも足りない。
内陸の交通結節点、資源地帯、河川航路。
それらを結び、線として掌握する。
ノーフォークの拠点は、もはや単なる港ではなかった。
物資が集まり、情報が集まり、命令が発せられ、隊が送り出される。
まるで鼓動のように、人と物が絶え間なく動く。
ここから血流のように線路が伸び、道路が延び、通信線が広がる。
ノーフォークは、北米開拓の「心臓」として、確かに動き始めていた。




