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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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142/148

142話 東海岸開発隊

汎名運河、初の大航海


汎名運河の開通から、数日。


まだ雨季の名残を帯びた湿った風が、太平洋側の水門を吹き抜けていた。


朝靄の向こう


整然と並ぶ数十隻の艦影が、ゆっくりとその姿を現す。


艦首を一直線に揃え、旗旒をはためかせ、煙突から薄く煙を上げるその光景は、まるで鋼鉄の森が海上に生えたかのようだった。


それは、明賢が数ヶ月も前から周到に準備していた

「北米大陸東海岸先遣隊」。


開通の報を受けてから動いたのではない。


運河完成の時期を見越し、逆算し、すべての補給、整備、乗員配置を終え、あとは門が開くのを待つだけの状態で到着するようにしていたのだ。


まるで時計の針を読んでいたかのように。


「予定通りだ水門の開放を確認。通過準備に入れ!」


旗艦〈白鳳丸〉の艦橋。


艦長が双眼鏡を下ろす。


彼の視線の先で、巨大な鋼鉄の門がゆっくりと動き始めていた。


油圧の唸り。

軋む金属音。

重厚な門体が開き、太平洋の光が運河内へと流れ込む。


反射した光が鋼鉄の壁に跳ね、白鳳丸の艦橋を眩しく照らした。


その背後には、壮大な船団が続く。


燃料船。

補給船。

工兵用工作艦。

測量艇。


そして、陸軍の先遣部隊を乗せた大型輸送艦。


船体側面には大きく記されている。


〈東海岸第一調査団〉


甲板には、固定された建設用トラック。

クレーン部材。

鉄道敷設用レール。

木箱に詰められた資材の山。


この艦隊は、単なる軍事遠征ではない。


港を築き、倉庫を建て、測量を行い、交易拠点を確立する。


「東海岸に町を作る」ための船団であった。


「運河を通る最初の大艦隊だな」


若い航海士が、緊張と興奮を隠せぬ声で呟く。


その隣で、白髪混じりの老技師が静かに答えた。


「これが、海の道を制するということだ。」


彼は、運河の壁を見上げる。


「今日を境に、新大陸の距離は変わる。」


その言葉は誇張ではなかった。


南米大陸を大きく迂回し、荒れ狂う岬を越え、何週間もかけていた航路。


それが今、汎名運河によって、一直線の道となったのだ。


白鳳丸が、ゆっくりと水門へ進入する。


両舷わずか数メートル。


巨大な鋼鉄船体が、コンクリートの壁に迫る。


岸には労働者たち。

現地の民。

技師。


皆が帽子を振り、旗を掲げ、この瞬間を見届けている。


エンジンは最微速。

操舵は慎重。


船体が水を押し分け、静かに運河内部へと入っていく。


後続艦も一隻、また一隻と続く。


水路は長く、真っ直ぐで、人工であることを忘れさせるほど自然に海と溶け込んでいた。


最後の水門が視界に現れる。


ゆっくりと開く。


その向こう。


果てしなく広がる蒼。


大西洋。


白鳳丸が門を抜ける。


その瞬間、艦橋に立つ全員が、無意識に息を呑んだ。


潮の匂いが変わる。

波のうねりが違う。

光の色が、わずかに深い。


太平洋と大西洋。


二つの海を越えるのではない。


今や、貫いたのだ。


「全艦、進路北東! 目標、北米東海岸!」


号令が響く。


各艦のディーゼルが一斉に回転を上げる。


低い振動が海面を震わせ、白い航跡が幾筋も引かれる。


艦隊は扇状に隊形を整え、大西洋のうねりへと滑り出した。


後方には、運河の門が静かに閉じていく。


それはまるで、一つの時代の幕が下り、新しい時代が開いた合図のようだった。


この日、汎名の地から出た艦隊は、単なる遠征隊ではなく、「海の距離を書き換えた最初の航海者」として、歴史に名を刻むことになる。


世界各国はまだ知らない。


だが確かに、その形は変わり始めていた。


船団の中では、通信士たちが休む間もなく持ち場に張りついていた。


蛍光灯の灯りが淡く揺れ、タイプライターの規則正しい打鍵音が艦内に刻まれる。


汎名運河管理局との有線回線は、まだ完全に安定したとは言えない。

それでも彼らは、一本の線にすべてを託すかのように報告を送り続けていた。


『こちら大西洋門、全艦通過完了。水門機構異常なし。』


短く、だが重みのある一報。


わずかな沈黙ののち、応答が返る。


『司令所、了解。北米航路第一船、成功を祈る。』


通信が途切れる。


機器の唸りだけが残った。


艦橋では、艦長が双眼鏡を下ろし、広がる青い海を見つめていた。


大西洋の光は、どこか硬質で、太平洋とは違う冷たさを帯びている。


「これで、本当に海がひとつに繋がったな。」


低く、独り言のように言う。


「汎名は道であり、そして未来だ。」


副官が黙って頷く。


背後で日本国旗が風を受け、強くはためいた。


艦隊は北へ。


朝日を背に、整然と隊形を維持しながら進み続ける。


彼らの目的地は、まだ見ぬ北米大陸東岸。


航路の、その第一歩。


運河通過から数日の航海。


大西洋のうねりを越え、濃霧を抜け、幾度かの嵐をやり過ごし。


やがて艦隊は北上を続けながら、三手に分かれた。


明賢の命は明確であった。


「この新大陸を西から押さえ、東を封じる。北東部は他国の手が早い。ゆえに我らは南東部から根を張る。」


地図の上で引かれた三本の線。


それは海図の線ではない。

未来を縫う線だった。


第一先遣隊は、ノーフォークへ。


天然の良港。

内陸へと通じる河川。

軍港としての潜在力。


第二先遣隊は、ジャクソンビルへ。


温暖な気候。

南方交通の拠点となり得る港。

農地開発の余地。


第三先遣隊は、ニューオリンズへ。


大河の河口。

内陸を支配する鍵。

物流と交易の結節点。


この三拠点を結ぶことで、日本国は大西洋側に戦略的三角を築こうとしていた。


単独の港ではない。

線ではなく、面。


互いに補完し、支え合い、内陸へ伸びる基盤。


東岸北部


すなわち現在のニューヨーク周辺には、すでにイギリスやオランダの影が差し始めている。


交易所。

入植地。

砦。


直接衝突すれば、衝突は避けられない。


だからこそ、南から包囲する。


内陸を押さえ、河川を掌握し、他国の内陸への進出を抑える。


時間を味方にする布石であった。


大西洋の風が帆を打つ。


三方向へと分かれた艦隊は、それぞれの目的地へと進路を取る。


甲板の上では、工兵が地図を広げ、測量士が器具を磨き、兵士が銃を整える。


まだ戦いは始まっていない。


だが、チョークポイントへ拠点を築くということは、戦略そのものだった。


海は広い。


だが今や、その広さは距離ではない。


汎名という道を得た日本は、大陸の東岸へと確かな足場を伸ばし始めていた。


それは侵攻ではなく、時代の均衡に楔を打つ、最初の一歩だった。

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