第16話:激突 鉄の番犬、あるいは錆びついた正義
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ウゥン、ウゥン、ウゥン……!!
赤色の回転灯が、視界を毒々しく染め上げていた。
鼓膜を圧迫するようなサイレンの音。
そして、工場の轟音に混じって聞こえる、無機質な駆動音の群れ。
「来るわよ、ニルス!」
キナの鋭い声が、俺の意識を戦闘モードへと叩き込んだ。
俺は、通路の前方を睨みつけた。
鉄の床にあるメンテナンス・ハッチが、次々と弾け飛ぶ。
そこから這い出してきたのは、人間ではなかった。
「……なんだ、あいつらは」
それは、悪夢を形にしたような「機械の獣」だった。
四足歩行の金属フレーム。
犬と昆虫を混ぜ合わせたような、生理的嫌悪感を催すシルエット。
頭部には、単眼の赤いカメラアイだけが埋め込まれている。
関節部分からは油が滲み、鋭利な爪が鉄の床を削って、キィキィと不快な音を立てていた。
警備用オートマタ「ハウンド・ドッグ」。
心を持たない、純粋な殺戮機構。
『排除対象を確認。カテゴリー:害獣』
合成音声が重なり合い、不協和音となって響く。
10体、20体……いや、もっとだ。
通路の奥から、黒い波のように押し寄せてくる。
「……チッ、数が多いな」
俺は舌打ちし、ヴァニタス・カスタムを構えた。
恐怖はない。
さっき見た光景――人間を部品として使い潰すこの工場の狂気が、俺の腹の底でどす黒い怒りとなって燃えているからだ。
壊す。
何もかも。
「下がってろ、キナ」
俺は、床を蹴った。
真正面から突っ込む。
先頭の1体が、バネ仕掛けのような俊敏さで飛びかかってくる。
鉄の牙が、俺の喉笛を狙う。
「遅ぇッ!」
俺は、魔剣を振り抜いた。
狙うは胴体。
一撃で真っ二つにしてやる。
ガギィィィィィンッ!!!!
鈍く、重い衝撃が手首を襲った。
「……っ!?」
切断音ではない。
硬い金属同士がぶつかり合った、不快な反発音。
斬れない。
刃が、敵の装甲に食い込んだまま止まった。
「な……?」
俺は目を見開いた。
今までなら、剣が触れた瞬間に敵の魔力を吸い上げ、そのエネルギーを排熱に変えて、爆発的な加速で切断していたはずだ。
だが、今回は違う。
吸えない。
こいつらからは、何も感じない。
魔力も、熱も、命の灯火も。
ただの冷たい「鉄の塊」だ。
『対象の接触を確認。物理的打撃』
機械音声が淡々と状況を処理する。
ハウンド・ドッグが、俺の剣を噛んだまま、その爪を振り上げた。
「くそッ!」
俺は慌てて剣を引き抜き、バックステップでかわした。
爪が空を切り、床の鉄板を紙のように引き裂く。
(重い……!)
俺は、剣を持ち直した。
ずしりと、鉛のような重さが腕にかかる。
魔力を吸って軽量化することも、噴射加速で威力を上げることもできない。
今のヴァニタスは、ただの「切れ味の悪い巨大な鉄板」でしかない。
「ニルス! そいつらに魔法は効かないわ!」
後方から、キナの叫び声が聞こえた。
「純粋な機械制御よ! 魔力回路がないから、あんたの剣じゃエネルギーを吸えない!」
「……相性最悪ってわけか!」
俺は悪態をついた。
俺の戦闘スタイルは、敵の魔法を逆利用することに特化している。
だが、相手がただの物理的な暴力装置なら、俺もまた、ただの非力な人間に戻ってしまう。
『包囲網、形成』
ハウンド・ドッグたちが散開する。
床を這う者、壁を走る者、天井の配管にぶら下がる者。
全方位からの、立体的包囲。
「グルルルル……」
機械の唸り声。
赤い単眼が一斉に明滅し、飛びかかってくる。
「うおおおおッ!!」
俺は吠え、剣を振り回した。
技術もクソもない。
ただの棒切れとして、質量に任せて叩きつける。
ゴガンッ!
バキッ!
1体を吹き飛ばし、2体目を壁に叩きつける。
だが、倒せない。
装甲が凹むだけで、奴らはすぐに起き上がり、痛覚のない動きで再起動する。
「キリがねぇ……!」
息が上がる。
汗が目に入る。
3体目が、俺の背中に飛びついた。
鋭い爪がコートを裂き、皮膚を浅く切り裂く。
「ぐッ……!」
「ニルス!」
キナが発煙筒を投げた。
プシューッ!
白い煙が通路を覆い、一時的に視界を奪う。
「走って! ここじゃジリ貧よ!」
「……ああ!」
俺は背中の敵を壁に叩きつけて剥がし、キナの手を引いて走り出した。
戦うんじゃない。
逃げるんだ。
この不利な戦場から。
カン、カン、カン、カン!
俺たちは、迷路のような配管の上を駆け抜けた。
背後からは、無数の金属音が追ってくる。
カサカサ、カサカサ……。
まるで巨大なゴキブリの群れに追われているような、生理的な恐怖。
「どこへ行く!?」
「あっちよ! 一番『熱い』場所!」
キナが指差したのは、工場の最深部だった。
真っ赤な光が漏れ出し、陽炎で空間が歪んでいるエリア。
溶鉱炉だ。
「正気か!? あんなところに行ったら、俺たちが蒸し焼きだぞ!」
「いいから! 私に考えがある!」
キナの目は、絶望していなかった。
エンジニアの目だ。
この危機的状況さえも「条件」として計算し、解を導き出そうとしている冷静な瞳。
俺は、彼女を信じることにした。
パイル・ブーツの踵を鳴らし、加速する。
熱い。
近づくにつれ、温度が急激に上がる。
手すりは触れないほど熱し、呼吸するたびに喉が焼ける。
たどり着いたのは、巨大な坩堝の上にかかる、一本のキャットウォークだった。
下を見れば、ドロドロに溶けた鉄の海。
数千度のマグマが、ボコッ、ボコッ、と気泡を上げている。
「……行き止まりだ」
橋の向こうは、落ちていた。
俺たちは、溶鉱炉の真上で立ち往生する。
『追跡対象、捕捉。逃走ルートなし』
背後から、ハウンド・ドッグの群れが迫ってくる。
50体はいるだろうか。
通路を埋め尽くす鉄の波。
逃げ場はない。
「……ここまでかよ」
俺は剣を構えた。
せめて、キナだけでも逃がすために、ここで心中するか。
だが。
キナは笑っていた。
操作盤の前に立ち、素早い手つきでケーブルを接続しながら。
「ねえ、ニルス」
キナが、ゴーグルの奥で目を細めた。
「あいつら、防水加工はされてるかしら?」
「は?」
「されてないわよね。だってここは、屋内だもの」
キナが、エンターキーを拳で叩いた。
ターンッ!!
「喰らいなさい! オーバーフロー(溢れろ)ッ!!」
その瞬間。
世界が赤く染まった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!
地響き。
俺たちの足元の巨大な坩堝が、傾いた。
安全装置が強制解除され、制御を失った溶鉄が、堰を切ったように溢れ出したのだ。
「なッ……!?」
俺は手すりにしがみついた。
赤い津波。
数千トンの溶けた鉄が、通路めがけて押し寄せる。
それは俺たちのいる橋の「一段下」、つまり、ハウンド・ドッグたちが密集している通路を、直撃した。
ジュワァァァァァァァァッ!!!!!
断末魔はなかった。
機械だからだ。
ただ、鉄が溶け、回路が焼き切れ、構造が崩壊する音だけが響いた。
「ギ、ガ、ガガ……」
先頭にいたオートマタが、逃げる間もなく赤い奔流に飲み込まれる。
高熱の液体金属の前では、鋼鉄の装甲など蝋細工も同然だ。
一瞬で赤熱し、溶解し、原形を留めぬ鉄塊となって沈んでいく。
「……すげぇ」
俺は、眼下の光景に釘付けになった。
圧倒的な破壊力。
俺が剣で何度叩いても壊せなかった軍団が、たった一つのコマンドで全滅した。
これが、「知恵」の力か。
熱波が吹き荒れる。
髪の毛が焦げそうだ。
だが、その熱ささえも、今は勝利の余韻のように心地よかった。
「ふふん。……ざっとこんなもんよ」
キナが、鼻の頭をこすって得意げに笑う。
「さあ、道は開けたわ。……行っ」
言いかけた時だった。
ズズズ……ッ。
溶鉄の海の中から、「何か」が立ち上がった。
「……は?」
俺たちの動きが止まる。
赤く光るマグマの中から、巨大な腕が突き出された。
それは、溶けていなかった。
表面は赤熱しているが、その装甲は形を保っている。
ザバァッ!!
溶鉄を跳ね除け、その巨体が姿を現した。
全高4メートル。
ずんぐりとした重装甲のボディ。
両腕には、ドラム缶さえ握りつぶせそうな巨大なマニピュレーター(作業用アーム)。
頭部には、黄色い回転灯が回っている。
工業用重機兵。
本来は過酷な環境での作業用だが、今は明らかに「戦闘用」として俺たちを認識していた。
『警告。異常事態発生。……障害物を排除します』
低い、地を這うような合成音声。
溶鉱炉の中でも稼働できるほどの、極厚の耐熱装甲。
ハウンド・ドッグとは桁が違う。
「嘘でしょ……? あの熱に耐えるなんて……!」
キナが悲鳴を上げる。
「下がれ、キナ!」
俺は前に出た。
逃げ場はない。
橋の上だ。
相手は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ歩いてくる。
一歩踏み出すたびに、橋が大きく揺れる。
『排除』
ローダーが、巨大なアームを振り上げた。
単純な質量攻撃。
だが、当たれば即死だ。
「くッ!」
俺は剣で受け止めた。
ガギィンッ!!
重い。
膝が笑う。
プレス機に挟まれたような圧力。
パイル・ブーツのグリップが悲鳴を上げ、鉄の床を削りながら後退する。
(勝てるか……?)
魔法は効かない。
熱も効かない。
俺の物理攻撃も、あの装甲を貫ける気がしない。
「……ニルス!」
キナの声。
彼女は、バックパックから何かを取り出していた。
掌サイズの、黒い球体。
「あれを使って! 『中』なら効くはずよ!」
「中……?」
「装甲の隙間! ほんの一瞬でいい、こいつの『口』をこじ開けて!」
理解した。
外部からの攻撃が通じないなら、内部から破壊する。
だが、どうやって?
あの分厚い装甲を、どうやってこじ開ける?
俺は、剣を見た。
ヴァニタス・カスタム。
今はただの鉄塊。
だが、俺の足には、まだ「火薬」が残っている。
「……やるしかねぇな」
俺は、覚悟を決めた。
ローダーのアームを弾き返し、一歩下がる。
「来いよ、デカブツ!」
俺は挑発した。
ローダーが反応する。
両腕を広げ、俺を抱き潰そうと突進してくる。
その瞬間。
俺は、姿勢を低くした。
右足の踵を、思い切り床に叩きつける。
「爆ぜろッ!!」
ドォォォォンッ!!!!
爆音。
パイル・ブーツの炸薬が点火する。
強烈な推進力が、俺の身体を斜め上方へと射出した。
俺は、ローダーの懐ではなく、「頭上」へと跳んだ。
『!?』
ローダーのカメラアイが、俺を追って上を向く。
遅い。
俺は空中で身体を反転させた。
落下の勢いと、魔剣の重量。
その全てを一点に集中させ、ローダーの首元――装甲の継ぎ目にある、わずかな隙間へと切っ先を突き立てた。
「開けろぉぉぉッ!!」
ガキンッ!!
剣が食い込む。
だが、硬い。
止まる。
(まだだ……!)
俺は、剣の柄にあるレバーを引いた。
そして、左足のブーツを、剣の峰に当てがった。
「無理やりでも、ねじ込むッ!!」
ドォンッ!!!!
左足でパイルを発動。
剣をハンマーで叩くように、爆発力でさらに深く押し込む。
ギギギギギギッ……!!
金属が悲鳴を上げる。
耐熱装甲が歪み、めくれ上がり、強制的に隙間が広げられる。
内部の配線と、赤く光るコアが見えた。
「今よッ!」
キナが、俺の足元をすり抜けて飛び出してきた。
彼女の手には、ピンを抜いた手榴弾。
「ご馳走するわ! 食らいなさい!」
彼女は、俺がこじ開けた隙間へ、正確に爆弾を放り込んだ。
コロン。
乾いた音がして、爆弾が装甲の内部へ転がり込む。
「退避ッ!」
俺はキナを抱え、全力でバックステップを踏んだ。
橋の端まで飛び退く。
一瞬の静寂。
そして。
ズドォォォォォォンッ!!!!!!!
腹に響く重低音。
ローダーの巨体が、内側から膨れ上がったように見えた。
装甲の隙間から、猛烈な黒煙と炎が噴き出す。
「ガ、ガガ……ガ……」
ローダーが、痙攣するように震えた。
そして、ゆっくりと膝をつく。
カメラアイの光が点滅し、やがてフッと消えた。
ドォン……。
巨大な鉄塊が、うつ伏せに倒れ込んだ。
もう、動かない。
「……はぁ、はぁ……」
俺は、キナを下ろして座り込んだ。
心臓が破裂しそうだ。
足の感覚がない。
でも、勝った。
魔法も使わず、ただの知恵と暴力だけで、この化け物を倒したんだ。
「……やった、わね」
キナも、へたり込んでいた。
顔は真っ黒だが、その目はキラキラと輝いている。
「最高の解体ショーだったわ、ニルス」
「……ああ。二度とやりたくねぇけどな」
俺は、煙を上げるローダーの残骸を見つめた。
ただの鉄くずになった元・脅威。
その時だった。
ザザッ……ザザザッ……。
破壊した重機兵の通信機から、ノイズ混じりの声が聞こえる。
『……おい。俺の庭で花火をしてるのは、どこのどいつだ?』
低い、不機嫌そうな男の声。
だが、その声に含まれる「圧」は、この場の熱気さえも凍らせるほどに鋭かった。
ただの警備員じゃない。
直感が告げている。こいつが、この階層の「主」だ。
俺は、煤けた顔を上げ、スピーカーを見下ろした。
新たな敵。
そして、まだ見ぬ上層の支配者。
俺の口元が、自然と歪んだ。
恐怖ではない。
ここまで来たら、相手が誰だろうと関係ない。
「……花火じゃない」
俺は言った。
明確な殺意を込めて。
「狼煙だ」
俺はそう吐き捨て、通信機を踏み砕いた。
バベルの底で灯った火は、もう誰にも消せない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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