生き残り
離れて行く文也の家を眺めながら、翔太は亜耶の事をぼんやり考えていた。
隣で道案内する桜の声が遠くに聞こえる。
「二つ目信号を右折したら暫く道成でお願いします!」
桜はそう言った後、すかさず翔太の腕を軽く突いた。
「ねぇねぇ!」
「何?」
桜に合わせて翔太も小声で返した。
「悪霊のせいで、苛ついた霊達があの家で暴れてるって事よね」
「そう言う事だね!定期的に帰らないと消滅するって、おじいちゃんが言ってたし、霊達も可成り焦ってるんじゃ無い!」
「締め出された霊ね……やっぱ危険よね」
「えっ?危険⁈……運転荒かった?ごめん」
桜の声に驚いて、文也はルームミラーでこちらを伺った。
「え?ううん!あ、次の信号左折です。で、また暫く道成りで」
何度目かの桜の指示で街並みを外れた車は、雑木林が続く細い道へと入って行く。
自然が多くなった道をひたすら進む。
暫くして、見慣れた我が家が木々の隙間に見え隠れして来た。
林を回り込む様に走ると、綺麗に整備された道へと出た。そして、その道は自宅へと誘導して行った。
門は開いていた。
桜の指示で車は門を入り、隅に止まるとサイドブレーキをかけた。
「じゃぁ!俺は車で待ってるから」
ルームミラーで後ろの2人に目線を合わせ、文也ほ左手を振った。
「え?一緒に行きましょうよ!翔太のママも志穂子さんも、とーっても気さくで良い人達よ。それに、文也さん連れて行くって、もうメールしちゃったし、車に居るって言ったら怒られちゃう!遠慮なんて無用‼︎気何か使う所じゃ無いんだから!さぁ、降りて降りて」
「何故?君が言うかなぁ!君こそ、少し遠慮って物を覚えた方が良いんじゃないの」
「何よ!わたしが図々しいみたいな言い方しないでよ!」
「え?分かりずらかったかなぁ、みたいじゃなくて、図々しいって言ってるつもりなんだけど?」
桜は翔太の脇腹に軽く拳を入れた。
「うっ!」
翔太は小さい呻き声を上げた。
赤い車が滑る様に、文也の車の隣に止まった。
志穂子の車だ。
「志穂子さーん‼︎」
桜は手を振った。
志穂子も、運転席の窓から笑顔で振り返した。
「買物?」
既に車から降りていた翔太は、志穂子の車の後部座席を除き込んだ。
「そうなの!沢山買い物しちゃったのよ。翔ちゃん荷物運ぶの手伝って!お昼は?お昼は食べたの?」
「ああ、1時過ぎてるのかぁ……そう言えば……」
翔太はすっかり忘れていた事を、確認する様に桜を見た。
「丁度良かった!わたし達も未だなの、茜ちゃんもお腹空かしてるわ。急いで作るから少し辛抱しててね!」
「きゃっ!楽しみーお手伝いしまーす!」
桜はそう言いながら、運転席の扉を開け速やかに降りる様促すと、文也は仕方無さそうに降りて来た。
志穂子は、文也の近く迄小走りに寄って来ると、
「こんにちは。石上さんでいらっしいますか?私、こちらで家政婦をしてます、秋田川と言います。翔ちゃんや桜ちゃんがいつもお世話になってます」
優しく落ち着いた声で、にっこり微笑むと深々とお辞儀をした。
丁寧な挨拶に、照れ臭そうにお辞儀を返す文也。
「志穂子さんはね。翔太の実のお婆ちゃんなのよ!」
桜が捕捉した。
「お婆ちゃん?」
文也は、思わず志穂子を見返した。
「茜ちゃんには……あ、翔ちゃんのママにはとてもお世話になってて、優しくして貰ってるのを良い事に、図々しく居ついちゃってるんです。直ぐお昼用意しますから、ゆっくりして行って下さいね。どうぞ中へ……」
志穂子は玄関の鍵を開けると、3人を中へと促した。
『秋田川?……翔太の父親のお袋さんか?姑さんを家政婦扱いって……しかも、その姑に感謝させている茜とは、一体どんな人物なんだ?』文也は、頭の中で傲慢な女帝を思い描いた。
玄関を開けた途端、チョコとマシューが飛び出して来た。周りには目もくれず、一目散に桜目掛けて飛び掛かった。桜はよろけながら2匹を揉みくちゃにした。
尻尾を大きく振りながら、2匹は機嫌良く桜に付いて歩く。しかし、後ろから着いてくる新参者の文也がどうも気になっている様子。交互に振り返りモタモタ歩く、おかげで狭い廊下が大渋滞している。
翔太の存在は……まるで気にしていない。
リビングに入ると、煎餅の袋を抱えたボサボサ髪の茜が、のっそりキッチンから現れた。
「茜ちゃん起きてた!」
茜は曇よりした瞳で、志穂子の声に反応した様にこちらを見た。
志穂子以外の存在に気付くと、口の中に煎餅を入れたままモゴモゴしながら、取り敢えず歓迎の挨拶をした。
「いらっしゃーい!」
「女帝……あ、どうもお邪魔します。石上文也です!」
突然の出現に、慌てて挨拶を返す文也。
「へー君が文也君かぁ……ふーん、なかなかのイケメンじゃん!」
茜は、しみじみ文也を眺めた。
茜の足元で様子を伺っていたサバ虎猫が、文也に向かって威嚇した。
「母さん!何言ってんのサ!」
翔太が叱る様に言うと、茜は愉快気に笑った。
「じゃ!ごゆっくり」
そう言って手を振り、2階へ上がる階段に向かって歩き出す。すかさずサバ虎猫が追いかけて行った。
「茜ちゃん!お腹空いたでしょ?直ぐお昼の用意するわね」
志穂子が慌てて呼び止める。
「了解!出来たら呼んで下さーい!」
そう言ってサバ虎猫と一緒に、階段を上がって仕事部屋に消えて行った。
「最近はサバ虎で定着してるの?慎太郎さん」
「ノミが付く!って、志穂子さんに毎度怒られながら洗われてたからね。もう面倒だからって病院連れてって、結局飼う事になったみたい」
「……?」
文也は2人の会話に付いて行く事を諦めた。
「ああ文也さん!ソファーに座って待ってて」
「ああ」
「全く君は、自分の家みたいに振る舞うなぁ」
「翔太が言わないからよ」
荷物を持った翔太と桜は、ごちゃごちゃ揉めながら志穂子に付いてキッチンへ消えた。
暫くして、お盆を持った志穂子と桜が楽しそうに笑いながら現れた。お盆の上には皿が5枚、どうやら昼食は冷やし中華の様だ。
「翔太!茜さん呼んで来て!」
「あん?」
桜の命令口調にムッとしながら、翔太は徐に立ち上り階段迄歩くと、階段を登らず下から大声で茜を呼んだ。
「母さーん!飯だよ!」
少し間があって茜が降りて来る。
翔太と文也の前には、少し盛りの多い皿が置いてある。
志穂子、茜と桜の3人は、食べるよりお喋りに夢中になっている。
文也は時々振られる話に、相槌を打つ度箸が止まった。
翔太は黙々と、冷やし中華に向き合った。
昼食が済むと、茜は名残惜しそうに仕事部屋へ消えた。
翔太は2階の自分の部屋へ上がり、準備を始めた。
部屋に入るなり、秋田川が声を掛けて来た。
「翔太!悪霊は今、扉から離れた場所にいる」
「え?ああ、うん!亜耶さんが言ってた。『悪霊が、あの村の生き残りを見付けてしまった!』って……きっと仁絵さんと一緒に、その生き残りが住む場所に居るはず」
「扉を覗いて来たが……悪霊が居なくなった隙に、大量の霊達が扉の向こうに帰って行った!お陰で、扉は小さくなってしまっている」
「見て来たの⁈」
「ああ…お前達が2階に上がっていた間に、悪霊の気配が無くなったのが気になってな!奴等は扉が閉じる前に、次の生贄を急いでいる」
「生贄⁈そっか、生贄にするつもりなんだ……急がなきゃ行けないんだけど、全く検討も付かないし、見つけたところで僕等に何が出来るんだか?桜の奴!勢いだけで何とかなると思ってるし!せいぜい危険が迫ってるから逃げて!としか言えないよ!それだって、知らない人間がいきなり言ったって聞いて貰えるんだろうか?」
翔太の不安が止まらない。
「翔太、翔太!」
秋田川の声に我に返る。
「あの亜耶と言う女、何か言って無かったのか?」
「え?……ああ……確か、最後に何か言ってたんだけど……良く聞こえ無かったんだ。ただ、微かに聞こえた気がしたのは…あか?…とか、なんとか?」
「あか?……赤か?」
「分からないよ!僕の聞き間違いかもしれないし」
「そうか……分かった。少し時間をくれ、決して翔太を危険な目に合わせたりしない!お前にもしもの事があったら、志穂子に合わせる顔が無い!既に合わせる事は出来無いんだがな。ははは……。わたしも考えてみるから」
「お爺ちゃん……」
秋田川のぎこちない冗談に、翔太はどう返すべきか迷った。
「何か思い当る事あるの?」
「いや!まだはっきりとは……」
「そっか……うん、ありがとう……お願い」
秋田川は翔太に手を振り、姿を消した。
志穂子の手伝いを終えた桜が、鼻歌を歌いながらキッチンから帰って来た。
あからさまに浮かない顔の文也がいた。
「どうしたの文也さん?何かあった?」
「い…や!」
「何?何よ!」
「ああ……うん。人の家庭の事とやかく言う筋合いは無いんだが……お姑さんを家政婦扱いする翔太のお袋さんって、どうなんだ?……って!」
「え?そんな風に思ってたの?んーちょっと違うんだなぁ……色々複雑な理由があるのよ。
翔太のパパはね!茜さんと結婚する前に、翔太の存在すら知らずに亡くなってるの。茜さんは1人で翔太を産んで、1人で育てて来たの。1年前、有る事件がきっかけで、翔太と志穂子さんが偶然出会ったんだけど、そこで翔太が亡き息子の子供と知り、それ迄夫や息子を亡くし、1人孤独に生きて来た志穂子さんに生き甲斐が出来たの。
孫の側に居たくて、居てもたってもいられなくなった志穂子さんが、これも偶々、家政婦募集の記事を見つけて、遥々北海道から応募して来たのよ!
茜さんはそこで初めて、志穂子さんが翔太のパパのお母さんって事を知り、お母さんを家政婦扱いするのは……って躊躇する茜さんに、志穂子さんが懇願して今に至ってるって訳!決して姑いびりなんかじゃ無いのよ‼︎」
桜は子供を諭す様、丁寧に説明した。
「そうなんだ……何かごめん!」
文也は決まり悪そうに謝った。
「わたしに謝られてもだけど、そんな事態々本人に言え無いわね。特に翔太には……」
「特に僕が何?」
2.3日分の着替えが入る位のスーツケースを抱え、翔太が階段を降りて来る。
「あら、翔太!終わったの?」
「悪口⁉︎どうせ、トロイだの何のって、人の居ない間に言いたい放題言ってたんだろう!」
「ま、そんなところね!じゃそろそろ行きますか?」
3人が車に乗り込むと何処から現れたのか、黒い猫がヨロヨロした足取りで車に乗って来た。
「⁈……慎太郎さん?……駄目だよ……?」
翔太が慌てて黒猫を捕もうと両手を伸ばす。黒猫はさっきと違って身軽にその手をスルリと交わし、助手席へ飛び移った。
「あら、慎太郎さんなの?さっきまでと毛並みが違うのね?」
桜は興味深そうに前に身体を乗り出し、黒猫を観察した。
「慎太郎さんじゃないみたい……」
「違うの?……」
「お爺ちゃんだよ……何でだろう?」
翔太は祖父の行動に戸惑った。
桜は一頻り観察し、黒猫と目を合わせにっこり微笑んだ。
「お久しぶりですガンコツ先生!」
そう言って、顔の横で小さく手を振った。
この顔の横で手を振るポーズ、良く見かける……もしかして、可愛いと思ってやっているんだろうか?
翔太はふと…言葉にするのは辞めといた。
「ニャー……」
挨拶のお返しのつもりか、1回小さく鳴いた。
「ガンコツ先生?この猫、ガンコツ先生って名前なの?随分立派な名前付けてもらったなぁお前!格好良いじゃん!しかし、お前も大分年寄りだなぁ大丈夫か?ヨレヨレじゃないか!」
文也は助手席で毛繕いを始めた黒猫の顎に手を伸ばし撫でた。
「ガンコツ先生はね、翔太のお爺ちゃんなのよ。
普段は翔太の守護霊になって、翔太を守ってくれてるの。で、翔太のパパの慎太郎さんは、茜さんの守護霊なんだけど……時々猫に乗り移ったりして、ほら、いたでしょ!茜さんに纏わりついてたサバ虎の猫!ああやって茜さんにアピールしてるの……そっかぁ、やっぱり同じ事出来るのねェ。翔太の守護霊ですものね!ガンコツ先生」
文也の猫を撫で回す手が、ゆっくり止まった。
「…………すいません……」
文也は黒猫に向かって頭を下げた。
「大丈夫だよ!ゴロゴロ言ってる。撫でられるの好きみたい。そこはちゃんと猫してるんだ!でも何でそんなにヨレヨレな猫選んじゃったのサ!他に居なかったの?気をつけてよ!」
翔太は愉快そうに笑った。
「ガンコツ先生!家来る?」
黒猫は目を細目、桜を見ていた。
「……じゃ、出発しても良いかな?」
文也はゆっくりアクセルを踏んだ。




