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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
19/37

祖母の記憶

「あんた……近藤……佐和子⁈」


すっかり記憶の隅に追いやっていた名前を、やっとの思いで吐き出す。


「またあなたですか?相変わらず病院で騒ぎを起こすのがお得意で……」

近藤は腕を組み鼻で笑った。


そして、敏子の頭から足元迄ゆっくりと視線を落とし、また敏子の目線迄視線を戻した。


敏子は、皺の寄った眉間に更に皺を寄せた。


「お久しぶりですね。石上敏子さん」

余裕の笑顔で、近藤は軽く会釈した。


「へーあんたこの病院に居たの?まーだ看護師なんかやってたんだ」


近藤とは対照的に、後ろめたそうに顔を強張らせる敏子。

平静を装って見せているが、気不味い出会いに、さっき迄の威圧感はすっかり消えていた。


「ええ、お陰様で、わたしにはこれしか無いですから。敏子さんは?……倉田先生と結婚なさったんでしたっけ?」

近藤は嫌らしい笑みを浮かべた。


「ああ…そうだった!倉田先生海外に行って、あちらの方と再婚なさったとか、ご存知でした?」

近藤は愉快そうに手を叩いた。


敏子は忌々しげに、近藤を睨み付けている。


「母さん……この看護師さんと知り合い?」


誰にでも強気で強引な母が、なんとなくこの看護師にやり込められている感じが、文也は不思議に見えた。


「煩い‼︎引っ込んでな!お前には関係無い!」

敏子は近藤への苛々を、文也にぶつけた。


「大きい声出さないでよ。本当みっともない!聞かせてあげたらいいじゃない。聞きたいんじゃない?父親の話……そして、あんたのやったこ・と」


文也は不審そうに近藤を見ていた。


紀代美、早苗と晴夫の3人は何が起こっているのか、思いも寄らない展開に戸惑っている。


「もしかしてあの話!……倉田先生の元奥さんって……近藤さんだったんですか?」

思わず翔太が口を挟んだ。


「あら、正解!分かっちゃたー」


そう言って、近藤は翔太に向かって戯けて見せた後、一瞬で真顔になると、


「兎に角!病院ですから静かにして下さいね‼︎」

敏子を一瞥して、部屋を出て行った。


敏子は腹の虫が収まらないのか、近藤が出て行った扉をずっと睨んでいる。


「お前等!また何か知ってるのか?」

文也が翔太の肩を掴む。


「文也‼︎余計な詮索するんじゃないよ!それ、とっとと持って来な!」


敏子はそう怒鳴りつけると、扉へ向かって歩き出す。

遣り場の無い苛立ちを、力いっぱい扉にぶつける。扉は勢いよく開け放たれ、大きな音を響かせた。

怒りを露わに、肩を揺らし出て行く敏子。

遠くに消える足音を聞いて、全員ほっと息を吐いた。


「なんか疲れるわね……」

「そうだな」


早苗と晴夫はうんざり顔で文也を見た。


文也は目を逸らし、後ろにいる翔太に


「何を知ってるんだ?」


さっきの続きを問いかける。

翔太は桜を見た。


「取り敢えず今日は、これで終わりにしましょう。文也さんこの後時間有ります?」


「えっ?ああ…」


桜は振り返り、紀代美達に向かうと


「少し時間下さい。わたし達の力で何処まで出来るか……それに、やっぱり根源は文也さんの家に有るみたいです。準備も必要ですし……1度様子見に行って来ます」


「来栖川さん!文也さんの家に、わたし達は?……」


「辞めた方が良いわ。翔太が感じてたけど、結構邪気が強いらしいの」


「そうですか……わかりました。でも気を付けて下さいね。こんな事を頼んでしまって……藤城君も、よろしくお願いします」


「え?」


翔太は紀代美に向かって、自分を指差した。紀代美は戸惑い桜を見た。


この期に及んで、何故自分は部外者だと思うんだろうと、桜は何も言わず頷いた。



桜と翔太、それに文也の3人は、以前近藤と待ち合わせした魔法の箒へやって来た。

看板の横を通り、重圧感の有る扉を先頭の桜が開けた。

落ち着いた雰囲気の内装は、翔太も気に入っている。

この間の店員さんがにっこり出迎えてくれた。


「あら、いらっしゃい!」


そう言ってメニューを持ち先を歩きだした。


昼時からは大分経った、もうすぐ3時と言う時間帯だが、割と混んでいる店内を奥へと進んだ。

以前来た時は『随分と静かな店だなぁ』と、感じたものだった。

仕切りで目隠しになっていて座席が見えなくなっているが、他に客居るのか?なんて、勝手ながら心配したものだ。

割と混む時は混む店なのかと、余計なお世話ながら、安心した!

客層は病院の見舞い客が多い様に思える。よって、今日は手術が多いのか?などと、翔太は1人考えていた。


空いた4人掛けのテーブルにメニューを置くと、にっこりして『どうぞ』と言う仕草をして戻って行った。

奥の席に桜が座ると、向かいに文也が座った。翔太は迷わず桜の隣に落ち着いた。その時一瞬、微かだが鼻で笑った文也が、翔太は気になった。


「なに?」

「いや!お前等、相変わらず仲良いなって」


いい加減聞き飽きた台詞だが、文也に言われて改めてイラっとした。


「そんなでも無いよ!ただあんたと仲良く無いだけだよ」

「そうね!」

「ああ、確かに!」

3人は納得して、メニューに目を落とした。


それぞれ飲み物と、ケーキを頼んだ。


「へーこんな店、近所にあったんだ」

文也は珍しそうに、店内を見回している。


桜は運ばれて来たアイスティに、ガムシロとミルクを入れた。ストローでグルグルと掻き混ぜると、グラスの中で氷がカラカラと音を立てる。


「さっきの質問ですけど、どうしてあそこ迄お


母さんに忠実なの?親孝行なのは良いと思うけど、あなた達親子を見てると、違和感だらけ、異常だわ!」

「違和感?異常?……酷いなぁ。あれで小さい頃は優しかったんだよ」


翔太は、相変わらず訳の分からない文也の言動に、ふざけてるとしか思えなかった。


「小さい頃?」


桜は確認する様に、文也の目を見た。


「ああ、朧げだけど微かに覚えてる。小さい頃住んでた近所の商店街に、良く一緒に出掛けた。店の人に声かけられると、俺の事嬉しそうに話してて……父親に捨てられて、苦労して育ててくれたんだよ」


遠い目をして、懐かしそうに話す文也。


「??それって……お婆さんの事じゃないの⁈」


本当にふざけているのか?

真剣に話しているのか?

翔太には不可解過ぎた。


「?……だからさっきからなんなんだよ!俺には婆さんなんていないって!」

文也はまた、鬱陶しそうに声を荒げる。


「どうしてそこだけ記憶が飛んでるの?」

冷静な桜の声。その声に、翔太も文也を見詰めた。


真剣に見詰める2人の目に、『冗談だろ?』で、終わりに出来る空気は無い。文也は腕を組み眉間に皺を寄せオーバーに悩んで見せたが、その後の対応に困っていた。

「あなたは産まれてすぐ、お婆さんに預けられてるのよ!」


「……?」


文也は、まるで他人の話を聞いている様子。


「そのお婆さんは、あなたが3歳の時に亡くなってる。あなたは発見される迄、ずっと亡くなったお婆さんに縋り付いてたって……」


あれ?文也は、記憶の流れの中で、微かに反応した部分が脈打った気がした。


「ちょっ、ちょっと待って……えっ……と……」

掌を翳し、桜の話を遮る。必死に記憶を辿る。


「その後、母親に引き取られたらしいけど、施設に入る迄どこかの空き家に放置され、殺されかけたって聞いたわ。そんな母親の何処に愛情を感じるの?」


「んー…………」


文也は遠い記憶の中に、時々感じる違和感を探していた。しかし、それが何なのか、自分が何を思い出そうとしているのか、未だ手繰り寄せる事が出来ず唸り声を上げた。


「そんなに綺麗に忘れる⁈大好きだったんでしょう?お婆さんの事」


「大好きだったって言われても……覚えて無いし……」

文也自身も、後ろめたい気さえして来た。


「いくら幼い記憶だとしても、どうしてお婆さんの記憶が、お母さんと摩り替わってるのかしら?何か相当ショックな事があったとか……」


「ショックと言えば、文也さんはお婆さんが亡くなった時、一緒に居たんだよね……本当に自殺だったの?」


「記憶が摩り替わってる?亡くなった時一緒に居た?……自殺⁈あー駄目だ!訳が分からない……」


文也はぶつぶつと独り言を言いながら、頭を抱えた。


「文也さんあまり思い詰めないで、何かの拍子に思い出すかもしれないし……それより……」


桜は頭を抱え、苦痛の表情を浮かべる文也をじっと見詰めたまま

「開かずの間に何を封印したの?」


「⁉︎……」


文也は飛び上がる勢いで顔を上げた。


「なんて?……」


やっと喉の奥から言葉らしき音を漏らす。

桜に釘付けになった文也の目は、怯えていた。


ド直球!だなぁ。相変わらず配慮の欠片も無い……翔太は呆れた。

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