序幕
《警ら中の各隊員へ。警視庁より緊急入電、ポイントA58にてムシが現出。目標は大型トレーラーに侵蝕後、荷台に積まれていた土木作業用外装義体に侵蝕。現在、搭載されたショベルや掘削機を振り回しながら、湾岸線を通過中。まもなくレインボー・ブリッジに到達する》
鳴り響く無線通信。その音を、黒田恭介は左耳にさしたイヤホンから聞いていた。
彼はいま、小型トラックの運転席にいた。自動運転中なのでハンドルは握っていないし、アクセルペダルも踏んでいないが、彼はじっと前を見据えていた。
彼が乗る車両は、しかし警察に関係する車両には見えなかった。後部に取り付けられたコンテナには、白地に黒で『早乙女精機製作所』と書かれている。また、その下には電話番号と住所らしきものも。どうみても企業保有の輸送車両だった。
しかし、彼は右耳を押さえながら、無線に応えた。
「……こちら一之瀬一号車。了解、現場に急行します」
《こちら本部、了解》
無線が切れる。恭介はイヤホンから手を離した。
それから彼は後ろを振り向いて、コンテナの奥を見やった。
「これでいいか、エレン」
「いいわよ。それでじゅうぶん」
暗いコンテナの奥。女の声が響く。
彼女は、しかし「女」と呼ぶにはあまりに幼げな顔をしていた。あどけない、色白の顔立ち。だが、少女の格好は一人前の女のようだ。革ジャンにジーンズ。肩よりも短い黒髪に、前髪には赤いメッシュが入っている。まつげの長い釣り目は、その格好もあってか厳ついイメージを与えた。
エレンと呼ばれた彼女は、コンテナの奥でなにやらガサゴソとモノを漁っていた。
「キョウスケ、あんたはとっとと車を近づけて。あとはアタシが片づけるから」
「了解、わかりました」
恭介は視線を前に戻し、自動運転を手動操縦に切り替えた。そしてアクセルを踏みつけながら、手元にあるスイッチの一つをパチンとおろす。
刹那、トラックはその相貌を一瞬にして変えて見せた。電磁迷彩が解除され、早乙女精機製作所付のトラックは、その本性を現す。『一之瀬警備保障』と書かれた、ダークブルーのトラック。その車体には回転灯がフロントグリルとコンテナの上部に備わっていた。
一瞬間の後、回転灯が真紅に輝いた。と同時、耳障りなサイレンの音があたりいっぱいに響きわたった。
トラックはアクセル全開。あたりを走っていた車両が突然のことに驚き、焦りつつも道を空けた。恭介は、その花道を一直線に突き進む。視線の先には、レインボーブリッジの特徴的な主塔が見えていた。
橋の手前に差し掛かったところで、コンテナ奥でエレンが言った。
「キョウスケ、もういいわ。ハッチ開けて。あとはアタシとハルでやるから」
「わかった。気をつけろよ」
「あんたに心配される筋合いは無いわ」
エレンは強気に言って、コンテナの中で何かにまたがった。それは、黒塗りのバイクだった。
直後、恭介がスイッチを押し、コンテナを開かせた。上方からゆっくりと橋を架けるように扉が開いていく。光が射し込み、コンテナの内部が姿を現した。
漆黒のバイク。HALー1250Fが、そのヘッドライトを輝かせた。まるでステルス戦闘機のようなフォルムをしたHALは、けたたましいエンジン音を響かせる。
ハッチが完全に開ききって、その先端が道路に触れた。加速しつつあるトラックは、その摩擦によって僅かに減速。ハッチの先端がアスファルトに擦れて火花が散った。
《じゃ、後方支援はよろしく頼んだ》
エンジンを蒸かし、ハルは微かに後退。直後、エレンとともに高速道路にその身を投げ出した。
はじめはトラックに遅れを取ったHAL-1250Fだったが、まもなく急加速。フロントカウルとテールランプ脇に備えた赤色灯が明滅。サイレンを響かせると、いっきに恭介を追い越していった。エレンが向かう先は、レインボーブリッジに差し掛かっている目標ーームシに侵蝕された外装義体だ。