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Gloomy Knight  作者: 小富範図(おふはんず)
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第5章

三年生になってからも、変わらない生活を送っていた。何となく流れるままに学生生活を送っていた。七月になるまでは……。


夏の暑さも本番、蝉の声がうるさく響く教室で、先生と一対一の進路面談が行われた。


「花咲くんは進路を決めたのかい?」


担任が聞く。そう言えば毎日何も考えずに暮らしていて、進路のことなんか気にもしてなかった。


「あっ、大学に行くと思います」


とりあえず適当に答えておいた。早く終わって欲しかったから。でもなぜか、そう言うとすぐに楓の顔が頭に浮かんだ。


「先生は夢を追うって素敵だと思いますか?」


俺は何かを思い付いたように唐突に聞いた。


「それは叶う夢なら素敵だと思う」


先生は困って答える。


「なら叶わない夢なら追いかけるなってことですか?」


「いや、そんなことは無いが、生きていく上では堅実なやり方があると言う話だ」


もう五十になって、頭のてっぺんが薄くなってきた先生には、夢のような熱い話は通じないのかなと思った。


「分かりました」


でも俺は心に決めた。歌手になる。大学なんかに行かないで歌手になる。


と言う話を家に帰って父さんと母さんにした。


「具体的なプランがあるのか?」


リビングのソファーに座りながら、父さんが険しい表情で言った。母さんも横で真剣な顔で座っていた。


「いや、とりあえず東京に行って、それから各事務所にオーディションを受けたり、CDを送ったりして……」


とはっきり返事できなかった。


「それは東京に行って楓ちゃんに会いたいからじゃないのか?」


「それは違う」


考えが甘かった。何のプランも無しにこんなことを言ったら、そう言われるのも無理は無かった。


「俺は認めないぞ。大学に行ってもそういうことはできるだろうし、わざわざ東京に出るまでも無い、それに……」


「うん、分かった大学に行くよ」


俺はその場を切り抜けるために、話を切り裂いて返事をし、部屋に戻った。


「待て! 夜騎士!」


と言われたが聞かずに出て行った。

そして、ボーッと机で天井を見ていると、ふと楓に電話しようと思い携帯を見た。すると楓から電話しようと言うLINEが来ていた。

俺はすぐに電話をかけた。


「もしもし? 楓? 何かあった?」


何だか知らないが慌てて言った。


「え? どうして? 私が電話したいって言ったら何かあったからって思うの?」


少し標準語と混ざったイントネーションで楓は言った。


「いや別にそうじゃないけど」


惚けるように言った。


「ははは、やっぱり夜騎士って優しいんだね」


と楓は笑っていた。でもしばらく忙しかったのか、あまりちゃんと連絡が取れてなかったから心配になって焦った、ってのが本心だが、とりあえず内緒にしておこう。


「何だと思う?」


楓は嬉しそうに俺に聞く。


「何やろう」


「正解は、初めてアニメの声優をやることになりました!」


驚いた。東京に行って半年、かなり前へ進んでいる。と言うかもう叶ったって言っても過言ではない。でも嬉しい反面、どこかかけ離されて行くような気もして少し悔しかった。


「おめでとう! 絶対観るよ!」


「本当? ちょっと恥ずかしい役なんだけどね。だから夜騎士だけに見て欲しいかなって」


楓の声は躍っていた。元気にやっているみたいで安心した。


「夜騎士は最近どうなの? 進路とか決まった?」


自分の話に一段落つくと、話を切り換えてきた。


「俺は……」


すぐに歌手になりたいと言えず、言葉に詰まってしまった。


「言ってみて。私大体分かってるから」


何でもお見通しのようだ。俺は観念して言った。


「歌手になりたいって夢を追いかけて、東京に出たいって言ったら親に反対されちゃって、正直ヘコんでたとこ」


「なるほど、ただ東京に出てくるだけだったら、私に会いに行くだけになるからね」


「そうそう」


「だったら、まだ来年の春まで時間あるやん。受験勉強もしながら、何か親に説得できることをすれば良いんじゃない? あんまり偉そうに言えないけど、私のように何かオーディションを受けるとか」


まさしく言う通りだ。しかもちょうどそのことも考えていたところだった。


「俺は必ず夢を叶えるために上京する! だから待っててて欲しい」


「うん! きっと夜騎士の両親なら分かってくれるよ、待ってるから」


「ありがとう、もうそろそろ切るね。おやすみ」


「おやすみ」


と言って電話を切った。久々の電話、本当に落ち着いた。さて、これから半年どうしよう。何か親に認めてもらうための良い方法は無いか。俺はギターを見つめて考えた。


一週間ほど考えたが、良い案が思い付かなかった。終業式の日、教室で


「今度ライブハウスで、うちのバンドやることなったから来てくれ」


とある男子生徒が言った。ライブハウス……。それしか無い!と頭に電気が流れた。家に帰ってすぐ、俺は無謀な賭けを持ちかけた。


「十月頭に、神戸のライブハウスを借りて単独でライブをする! そこで会場を満員にできなければ、この夢は諦める!」


いきなりの話に父さんと母さんは開いた口が塞がらない。


「おいおい、そんなアマチュアのライブに百人も二百人も来てくれるのか?」


父さんは本気で心配して聞いた。


「分からないけど、やってみたいんだ! これで無理と分かれば諦めもつくし」


俺は至って真剣だった。こんな保証もどこにもない挑戦を真剣に吹っかけた。


「分かった」


とだけ父さんは言った。母さんはこういう時は基本的に話さないが、


「頑張りなさい」


とその時は言ってくれた。


それからの俺はとにかく必死になった。まずはストリート仲間にライブハウスを紹介してもらい、事情を説明し予約。それから、真心にも協力してもらい自作でフライヤーを作って、路上ライブの度に一生懸命配った。

その路上ライブもほぼ毎日やった。全力で疲れきるほど歌った。でもそれが楽しかった。

日を重ねるごとに路上ライブに集まってくれる人も増え、九月中旬頃には毎回二十人から三十人は止まってくれるようになった。

フライヤーも予定人数の百五十人を遥かに超える四百枚ほど配れた。妹に勧められてやったTwitterのフォロワーも六百人を超えた。

これはいける、きっと良いライブになる。俺はとにかく練習した。


迎えた十月三日、台風の影響で、この日は終日土砂降りの雨だった。


「いってきます、必ず観に来てや」


と父さんと母さんに言って俺は開演三時間前に着くように家を出た。

そして土砂降りの雨に濡れながら、築五年のまだ真新しいライブハウスに着くと、さっそく俺は準備にかかった。


「雨だけど集まるとええなぁ」


マスターが設営の手伝いをしてくれながら言った。


「そうですね」


俺は笑って答えたが、本当はかなり心配だった。電車が止まったら、来れる人も来られない。

開演の一時間半くらい前には中居と優希ちゃんが応援に来てくれた。


「頑張れよ〜夜騎士! 俺は楽しみだぜぃ」


「うちも待ってました! って感じ」


温かいエールをくれた。不安が安心に変わった。そして開演一時間前、ポツポツと人が入って来たが、一向にいっぱいにはならない。やはり雨の影響か……。

人があまり増えないまま、開演時間が来た。


「本日は大雨の中、「Gloomy Knight」のためにお集まりくださり、ありがとうございます」


会場は満員には程遠い、たった三十人くらいだった。ダメだった。夢への一歩を踏み出せなかった。でもこれを最後のライブにしようと、いつもより気合を入れて行った。


“僕らは生まれた意味を探すために生まれたと言うけど、本当はきっと生きていることが生まれた意味なんだと”


“掴めない届かない、人生のほとんどはそんなことばかりだけど、一度も余所見をしなければ叶わないものは無いはずで、真っ直ぐな人は裏切られない”


“思い出は一つのアルバムの中じゃ収まりきらない、だから僕らはいつもこの心の中に刻み続けている”


十二曲、思う存分歌った。毎曲、毎曲、会場からは割れんばかりの拍手が響いた。とても心地良かった。それだけで夢が叶ったようだった。


「本日はありがとうございました! そして発表があります! 今日で俺「Gloomy Knight」は無期限で活動休止することにしました!」


と言うと会場がざわついた。


「約束なんで、これでも男なんで……」


俺は知らぬ間に涙を流していた。悔し涙だ。目の前がまるで海のようになった。


「辞めないで!」


「もっと声を聴かせて!」


会場の人達が声を飛ばす。その声は次第に大きくなっていく。

俺はその海に浮かぶ小船の声に、また涙を流した。今度は嬉し涙だ。

こんなにもちっぽけな自分の歌を、期待してくれている人がいる。それだけで幸せだった。


「ありがとうございました!」


そう言って別れ惜しそうに俺は、ステージの袖に捌けた。するとしばらくして、


「アンコール! アンコール! アンコール!」


会場から声が聞こえた。三十人ほど全員が声を揃えて言っていた。あまりの声に、俺は出ないわけにはいかなかった。走ってステージに出て行くと、また割れんばかりの拍手が送られた。


「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


俺は全力で頭を下げて言った。


「こんな俺なんかのために、ここまで聴きに来てくださったこと、これまで路上ライブに来てくださったこと、本当に感謝します!」


また拍手が大きくなる。


「親にこのライブで会場をいっぱいにできなければ、歌手になりたいという夢は諦める。と言う約束をしていました。来てくださった皆さんには申し訳ないんですけど、このようにいっぱいにできませんでした。だから勝手ながら今日がラストステージと言うことに決めました。最後にもう一曲だけ歌わせていただきます」


涙をそっと拭いて、息を大きく吸って歌い出した。なぜか? と言うかあえて歌わなかった。あの時、夢を追いかけたいと思わせてくれたあの歌を……。楓のために歌ったあの歌を歌った。


“夢なんてものは簡単に掴めるものじゃない。だからもらったチャンスは捨てちゃダメ。形はどんな形でも掴みに行かないと。だから真っ直ぐに前を向いて突き進んで、最後にもし力尽きたなら、すぐに帰っておいで。君は一人じゃないから”


真っ直ぐに前を向いて歌った。なぜか会場の正面には、いるはずの無い楓の姿が見えた気がした。それぐらい思い入れのある曲だった。


「ありがとうございました!」


歌い終わって声を裏返しながらそう言うと、しばらく拍手が鳴り止まなかった。


会場から人がいなくなって、一人ステージの上で片付けをしていると、


「今日のライブ、金銭的には赤が出てるけど、感動したから、うちで持つよ」


オーナーが言った。


「そんなの悪いです! バイトもしてるので必ず払います!」


「気にするな、これは俺が決めることだ」


と言って、また片付けを手伝ってくださった。髭面で、頭にタオルを巻いて、あまり人相は良くないが、本当に感謝してもしきれないほど、優しいマスターだった。

片付けを終えた頃には、夜九時を回っていた。外に出ると父さんと母さんと真心が立っていた。


「お疲れ様」


「お兄ちゃん、カッコ良かったよ」


母さんと心が言ってくれた。父さんは、


「お腹空いただろ? ラーメンでも食って帰るか」


と全てを悟ったような笑顔で言って、路上に置いた車の方に向かった。俺は何も言わず付いて行った。車に入るとすぐに父さんが、


「東京、行って来い」


と言い出した。俺は驚いたが、


「いや、約束だから」


と嬉しい気持ちを我慢して答えた。


「まぁ母さんは知ってるだろうが、俺も昔バンドをやっていたんだ。何度もライブハウスを借りて、ライブをして楽しかったが、全員高校の友達ばかりだった。あんなにいろんな人に感動を与えることができる夜騎士の夢は、きっと夜騎士のファンにとっても夢なはずだ。だから東京であろうと、どこであろうと追いかけてみろ」


父さんは雨の流れる窓の外を眺めながら、力強くこう言った。


「俺は本当は辞めたくなんか無かった! 絶対にもう一度認めてもらおうと思ってた! こんなんじゃ納得はしてない。何も言い訳はしないから見ててくれ」


俺も力強く返した。すると父さんはフッと笑って、


「そのプライドはきっと崩れないだろうなぁ」


と言って車を走らせた。


「ねぇ、幕臣軒ってラーメン屋、久しぶりに行ってみよーよ?」


母さんが子供のように言った。


「いいね〜、高校時代よく行ったもんな」


父さんが答える。ずっと親には大きな反抗をしたことが無かったつもりだった。でも、知らない間に悩ませていたのかも知れないと、二人の顔を見てると感じた。またこれからも迷惑をかけるかも知れないが、最高の両親だと改めて思った。


「お兄ちゃん、頑張ってね」


と言って隣にいる真心もまた最高の妹だ。


背中を押してくれる家族、友達、ストリート仲間に支えられ、俺は卒業後、悩むことなく真っ直ぐに、東京に向かった。夢を掴むために……。

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