にじゅう 全てが繋がった…
大人げなかったです…。
なにが?何がって?そりゃ、まだ10歳(くらい)のシャルドにまぢギレしちゃったことかな。シャルドが顔を真っ青にして扉を無理やり開けて走り去っていった後、ソファに座って頭を抱えた。
(いったい何をやっているのでしょ―――!?飼いならすはずが、どんどん遠ざかっていく…!)
「…」
(フィアレインの怒りを…抑えられなかった)
内側から焼け付くような煮えたぎる様な怒り。じりじりと溢れそうになり、その怒りが目の前にいたシャルドに向かった。殺気も溢れる魔力も何もかもが抑えられず、感情のままに…。でもさ、でもさ!母親を侮辱されたら怒ると思うんだよね!でも…
「八つ当たり…。最悪だ…」
許容できない怒りはダメだ。いつかこの怒りは、命取りになる。
(なにを考えたの?フィアレイン。『真珠姫』…おそらく見せない過去に、その死に、何かがあった。マザコンとか、そう言うのじゃない。そんな単純なものじゃない)
ちらっと近くに持ってきたビンを見つめる。シャルドが出て行ってから、部屋の隅に積まれていた中から選んで持ってきたものだ。
じっと見つめていると、じわりと愉悦が湧き上がる。
感情が生み出しにくい。いや、感情的になってもすぐに冷静になってしまう。さっき強い怒りを覚えるまで、私は感情的になれない自分に少し焦りを感じてしまった。そんな想いもあっという間に散らされて、こんなものかと冷静に捉えてしまう。さっきの愉快さも、あっという間に散らされた。
(恐怖だよ…。自分の想いがつかめない!)
そんなフィアレインが唯一、持続的に感情を漏らしてくれるのが…。
(さっき怒りを覚える前までは、間違いなくあのビンやらを見た時だけだった)
あんなものが好きな訳はないけど、他に感情を生み出してくれるものがない。冷静過ぎるフィアレインに不安になる。
いや、きっと冷静なんかじゃない、と思う。さっき、気が付けば、表にいるはずの私が圧されてフィアレインの怒りに殺意に塗りつぶされていた。『日本人』の私の感情の何もかもが…。恐らく、一度怒ると、フィアレインは私の『日本人』としての倫理感や殺人への忌避感を全部吹っ飛ばして、手を血で染めることに躊躇なんてしないだろう。
(怖い…。絶対に連続殺人を回避したいけど、私はいつかフィアレインに真っ黒に塗りつぶされる気がする…)
ぶんと頭を振って無理やり恐怖を頭から追い出す。今考えるのは、シャルドのことだ。飼いならされているシャルド…だけど、あの単純さ。なにかがあれば、私の味方に引き込むことも可能なはずだ。
ソファから立ち上がり、本棚に入っていた一冊の魔術書を手にする。真っ黒に塗りつぶされた表紙。
(本の場所を把握しているのはすごいよね~。床に散らばっているのは、完璧に覚えた本だけ。つまり、捨ててもいい本。逆に本棚に入っていたり、積み重ねてあるのは割と大事な本)
本をぱらりと捲る。中身も真っ黒に塗りつぶされた本だ。本の内容は、全て覚えている。だけど、この本は、この本の記憶だけはない。中身も真っ黒だし…。それでも、フィアレインが大事な本と思うだけの本なのだろう。本棚の一番目立つところに置いてあった。
恐らく、数日中に何かが動き出す。ソファに戻り、本を抱き込み横になる。
いつの間にかそのまま眠りについた。
ふっと瞼をゆっくりと持ち上げる。そして、むくりと起き上がる。
抱き込んでいた本をもう一度ぱらぱらと捲る。真っ黒な紙を指先で擦ると、紙から黒い糸のようなものが浮き上がり、それが空中で文字を描いていく。その文字の内容に思わず顔が笑みの形に歪む。肩がかすかに揺れる。
ふふ、ふふふ。
「…もう少し、疑いを持つべきだよ」
くすくすと笑いは零れる。
「『ゲーム』の世界。攻略対象。殺された被害者。連続殺人。そして、『フィアレイン・レグド・ガーナード』。ふふ…」
「ああ!なんて愉快なんだろう!なんて愚かなんだろう!ふふふ」
本を脇に置き、両手を広げ、おかしそうに笑う。哂う。嗤う。しばらく狂ったような笑みを零す。黒い糸は形を変え、次々と文字を描く。それを笑いながら、時々指先で弄りながら、くすくすと笑う。ふと、こぼしていた笑みを消し去り、殺意すら感じさせる冷たい眼で文字を追う。
「なるほど。全てが繋がった…」
冷たい声音がすっかり暗くなった部屋の中に響く。残酷なその響きを聞く者はいない。
「もうしばらくは君に任せるとしよう。もう一人の私…」
「楽しいゲームを期待しているよ」
その呟きは深く深く眠る私に届くことはなかった。
今までひらがなだった副題に今回に限り漢字が混ざっているのは、間違いではありません。




