じゅうさん ぎゅむむぎゅむむ!
「…子どもで…子どもでよかったよ…」
ちょっとぐったりして、地下の通路を歩く。あれから、なかなか…なかなかお風呂に入る覚悟ができなくて、先に食事にして、それから、入ったわけだが…。
(大人になって前世の記憶を思い出していれば、壮絶な…精神的打撃を受けたに違いない!)
認めたくない事実を突きつけられた形だよ…記憶を探るのと、実物を見るのとは、訳が違う…。
(なにか…なにか大切なモノを失くした気分です…)
「子どもで良かった…」
もう、それしか出てこないけど…。だいたい、すでに何度もトイレに行っておいて、今更なんだけど。
違うんだよ!なんだか、ショック加減が、違うんだよ!!
「…あの部屋に慣れることができるなら…!たいしたことじゃないよね!!ふはは…!なんせ、男歴10年なんだ!!記憶が戻ったのは最近とは言えど、私には記憶がある!!」
ちょっと、フィアレインのイメージが壊れそうなことをぶつぶつと呟きながら、私は、地下の部屋に戻った。
そして、部屋で頭を抱える。主に、部屋の前に置かれていた夕食について…。
「…壊滅…」
ゴムより硬そうな肉、焦げきった付け合わせ、具がほとんど切られてないくすんだ色のスープ。
「なぜだ?!メイド長に教わりながら作っているはずなのに、なぜこうなんだ?」
もはや、材料の無駄遣いではないだろうか?
(でも、昔から、フィアレインはここで出される食事をほとんど食べたことはないんだよね。隠し通路を掘った後は、手もつけなくなった。それでも毎食部屋の前に置かれていることは知っている。それも、もったいないことですよ)
しかし、床にトレイをそのまま置いているのに、黒い悪魔Gさえも近付かない恐怖…。むしろ、一斉に逃げ出したような気さえする。
とりあえず、ナイフで肉を切ろうとしてみる。
ぎゅむぎゅむ…
力を込めてみる。
ぎゅむむぎゅむむ…
「…切れない…」
なぜだ?!同じ材料を使っているはずなのに!なぜ、切れん?!
「これは、本当はゴムなの?!」
肉のはず、肉のはずなんだよ?!この形状、このフォルム!肉のはずなんだよ!!?驚愕だよ!!
(とりあえず…燃やす?)
「…有害物質は出ないよね…」
ゴムじゃない、ゴムじゃ…と言い聞かせて、近くのトレイに移して恐る恐る火を着けたのでした…。
(ヒロインすげぇ!!あんなものを完食?!いや、まて!私!だから、ゲームには味がないから完食なんて容易いでしょ!それに、シャルドも今から、練習していれば、きっと15歳までには公害レベルのご飯から普通のまずいご飯くらいにはレベルアップできるんじゃないの?)
「……」
(普通のまずいご飯って…なんだ?)
片付けを始めたかったけれど、どうにも手を付けられない。むしろ、何から手を付ければいいのか…。
そんな訳で、片付けはしばらく置いておくことにした。
「やっぱりシャルドを手懐けて、手伝ってもらう!うん。そうしよう!」
(決して、色々触りたくないとか…そんな理由じゃない!私は片付け好きな…男!)
しかし…。
「…あのストーカー女は、リューナなのかな~?」
もし、『リューナ』だとしたら…?
(恐ろしい…!)
もしあれが、『リューナ・アブヒラドール』だとしたら…?本当は、フィアレインの信望者だとしたら?
(ぞっとする!こっわ!フィアレイン、こっわ!!)
『リューナ・アブヒラドール』。とあるキャラの攻略ルートにおけるライバルキャラ。かわいい後輩タイプで、まるで悪意のない純粋で天然なキャラで妨害してくる。無下にもできない子犬のようなその性格に、最も敵に回したくない女扱いされている。
(裏では何やっているか分からない。計算された天然。とも言われていたけど…)
あれも、フィアレインの計算とは考えたくない。考えたくないけど、確かに彼女に助言を求めると、ミスリードされることでも有名だった。天然で少しおバカな性格だったから、ワザととも考えにくいって思っていたけど…。
(本当に計算された…天然キャラだとは!!)
もし…あれがリューナだとしたら、あのミスリードもあの妨害も…何もかもがフィアレインの計算だとしたら?
(まだ、私は何もやらかしてないのに、あまりのことにうすら寒い!!前世の記憶がある私が混じっているから、こんなに恐怖してしまうの?)
現実がどうなるかは、私ではわからない。そもそも、事件を追う人にフィアレインがわざわざそんなミスリードを命じる理由があると思えない。
すでにフィアレインは、「『乙女ゲーム』の世界ではあるが酷似しているにすぎない世界」と結論をだしている。
(つまり、フィアレインにも、これからのことは予測も想像もできない、ということだ)
しかし…。もっと怖い想像がある。
もし…もしも…本当にここがゲームの世界だとして。フィアレインが…この前世の記憶を持って、全てわかった上でヒロインたちを手の平の上で転がしていたとしたら…?
あまりの想像にぞっとした。




