愛するのはお前だけ
女の子には優しくしなさい。
女の子は軽くて、ふわふわで、曖昧なものでできている。
少しでも力を入れると壊れてしまうんだ。
だから女の子には優しくしなさい。
親父は幼い俺にいつもそういっていた。
両親は俺が3才のときに離婚。
親父についていった俺は女という生き物を嫌がるようになっていた。
「千明!また、女の子に手、あげたのか!」
幼稚園で物の取り合いになった子とひっかき合いになった。
俺は何も悪くない。
あいつが悪いんだ。
そう思っていた俺に親父はこういった。
「女の子には優しくしろ。でないと、母さんみたいに消えるぞ。いいのか?」
まだ、その頃の俺には母さんとなぜ、離れ離れになったのか知らなかった。
「・・・・・うん」
親父の言葉を信じることしか納得できなかった。
今、思えば、そこで少しでも疑問を覚えれば俺はもうちょっといい方向で高校生になれたかもしれない。
「高橋くん」
同じクラスの萩原 寛菜。
「・・・!」
俺は急に名前を呼ばれて驚き、肩をゆらす。
「これ、先生から渡してっていわれたものなんだけど」
萩原の手にはプリントが2枚ほど握られていた。
「・・・ありがと」
覚えのないプリントを受け取る。
そのとき、少しだけ萩原の指先に触れる。
「わっ!」
ガタッ
俺はイスからバランスを崩して落ちそうになった。
放課後の教室。
何人か残っているクラスメイトが一斉にこっちを向く。
「悪ぃ」
俺はそう言葉をこぼすと、鞄とプリントを持って足早に教室から出て行った。
危なかった。
俺は教室から出て少し先の壁にもたれかかる。
耳まで赤くなった俺の身体。
「女の子に優しくしなさい・・・」
親父のその言葉で俺は女に近寄ることができなくなった。
目も合わせられない。
触れただけでああいう態度になってしまう。
一生、女と付き合うことも、結婚することもできないだろう。
親父の言葉が俺の頭から離れない。
一種のトラウマなのかもしれない。
家に帰ると親父は仕事でいなかった。
代わりに置手紙が一枚。
いつものごとく、夕食は冷蔵庫に入っているから温めて食べなさい。
今日はサラダと味噌汁と白ご飯。
一人での夜にはもう馴れた。
コンコン
夜の9時。
親父か?
「はい・・・・」
ドアの向こうには萩原の姿があった。
随分、息を切らしている。
制服のままだ。
「高橋くん、あの、今日、渡したプリント、ごめ、違うやつだった!」
必死で話す萩原。
言葉が途切れ途切れになっている。
俺は鞄に入っているプリントを渡す。
「夜遅くにごめん!じゃあ、また明日!」
萩原はそういうとパタパタと足音を立てて走っていった。
こんな夜に女子高生一人できたのか?
テレビをつけるとニュースに女子生徒の通り魔事件が報道されていた。
萩原。
あいつは男子の中では強いとか男でも勝てないとかいわれている。
けど、萩原だって立派な女だ。
やばい・・・。
俺はジャンバーを片手に自転車にまたがった。
全速力で萩原の後を追いかける。
萩原とは中学校から一緒だ。
中1のとき、席が隣になったことがあった。
そのときから強気で負けず嫌いで女らしくなくて心配ばかりさせるような奴だった。
同じクラスの女子生徒が一度、ある事件に巻き込まれたとき、親身になって寄り添っていた。
共に傷つき、慰め、涙した。
そんな心の優しさがにじみ出ている、根っこからのいいやつなんだ。
俺はそのときから萩原のことを気にしていたのかもしれない。
親父の言葉が俺に重くのっかって、正直な気持ちに素直になれなかったのかもしれない。
「・・・めて!離して!!」
公園から萩原の声がした。
暗闇の中、電灯がオレンジに淡く光を放つ。
その下には黒い帽子、マスクをした不審な男に腕を掴まれた萩原がいた。
「萩原!」
俺が声を出すと、萩原はこっちを涙ぐんだ瞳でみた。
「っのやろ・・・!」
逃げようとした男を取り押さえる。
男はジタバタと暴れた。
「わ、悪かったよ!離してくれ!」
そう男は叫んだ。
驚いて気を緩めた一瞬の隙をついて男は逃走した。
追いかけようとしたが辺りが暗く、視界が悪かったため、男がどこに逃げたか分からなかった。
「萩原」
慌てて、地面に座り込む萩原に駆け寄った。
「大丈夫か?」
俺の手が萩原の肩に触れる。
心拍数が上がるのがわかった。
けれど、それよりも、萩原が小刻みに震えているのが伝わってきた。
鞄を抱きかかえ、顔を埋める。
「・・・っ・・・っ・・・」
声にならないくらい小さな声ですすり泣くのが耳に入った。
そのとき、俺は本気でこいつを守りたいと思った。
「た・・・かはし・・・・くん・・・?」
ゆっくり優しく萩原を包み込む。
少し冷えたその身体は相変わらず小刻みに震えていた。
「大丈夫。大丈夫だから。俺がいるから」
萩原は俺の背中に腕をまわし、小さく遠慮がちに握り締めた。
「・・・うん」
「俺と付き合おう」
「うん」
「俺がお前を守るから」
「うん」
大きく頷き、小さな声でこたえる。
萩原はいっそう強く握る。
俺もいっそう強く抱きしめる。
俺が愛する女は生涯でお前だけかもしれない。
俺が今愛しているのはお前だけ。
俺がお前をずっと守るから。
END




