草刈る山路が笛の音Ⅱ Every step you take, my eyes follow.
紅緒に醜態を晒した翌日は、朝から賑やかな声で起こされた。
『わーちゃん、崇ちゃーんっ。買い出し言ってきたよーーーっ』
『わーちゃん、二日酔いなってない』
やばい。非常にこれはやばい。
紅緒が来たよ。どーしよう。腕にまだ紅緒を抱きしめた感触が残ってんだよ。
まともに顔見れないよ。あんな醜態晒して。
「おあ゙あ゙っ」
嫌われてたら、生きていけない。
「なに? うわっ、びっくりした。何赤くなってんだよ」
急に振り向くなよ、こっちだってビックリするじゃん。
「崇直、ベー怒ってないかな」
「なんで」
え、怒ってないのか。呆れてんじゃないのか。嫌われたりしてないよね。
「いや、その、アレだ」
何ていうか、ずっと会ってなくてさ。みんな知り合いなのに僕だけ置いてけぼりでさ。
「自分で確かめろよ」
そんな事言うなよ〜。
崇直は面倒くさそうに四つん這いになって、僕を睨んだまま僕の体を乗り越えていく。
降りたついでに崇直が窓の遮光カーテンを開けたら、眩しいくらいの朝日が差し込んできた。
うわぁ、崇直くん、頭爆発してるじゃん。
両手を上げ伸びをする。不機嫌な顔で僕を見下ろし欠伸を一つ。
「行ってくるか」
あ、そのまま行くんだ。
もともと崇直は直樹ともどもクセのない髪をしてたんだ。
少なくとも中学までは。
こっちに戻ってきたら、何故か崇直だけ癖っ毛になってて、パーマかけたのかと驚いたよ。
学校の王子さまだからちょうど良いんだよって、紅緒が笑ってた。
僕も直樹もクセの無いストレートヘアだ。
癖っ毛の紅緒にずっと羨ましがられてて、それが内心嬉しかったんだよな。
紅緒の場合は、癖っ毛通り越して巻き毛だから。
それはそれで、似合ってて良いと思うけど、本人は直毛に憧れてるらしい。
おっと、僕も着替えないと。
「おはよー、わーちゃん。昨日はよく寝れた?」
ドアが開く音がし、元気な声が響いてきた。
「おっはよー、わーちゃん。昨日はごめんな。平川さんと同じ物出して」
あーあー、あっという間に部屋が賑やかになったよ。
「いや、一気飲みした僕が馬鹿だったんだから、気にしないで」
「ごめんね。コレ母さんからの差し入れ。冷蔵庫に入れとくから」
いいって、ありゃおばちゃんそんな気を遣わなくても。
「そこに置いておいていいよ、樹」
「わーちゃん、頭痛くない? 二日酔いになってたらってママがね」
と今度は紅緒がしじみを出してきた。
「味噌汁にしたら良いのよって。どうする作ろうか」
「すき焼き作るんじゃないのかよ」
崇直が横から肉を出して、こっちに見せる。特売だったらしい。
「味噌汁は、今度でいいよ。ありがとうべー」
「じゃ、冷凍しとくね。お酒呑んだ日はしじみだよ」
ありがとう、紅緒。先輩に付き合った日はそれ作って飲むよ。
「ほんじゃ、すき焼き作るって言うから準備しますか。樹は出かけるんだろ」
「あ、ごめんわーちゃん。僕、今から行かなきゃいけなくて。コレ、ここに置いとくね」
崇直に言われ、楽しんでこいよと言ったら、樹はちょっと照れながら出かけていった。
「あ、お米準備しなきゃ。このお米使って良い?」
思い思い各自勝手に喋ってるのに、会話になってるのって良いな。
昔を思い出すよ。
「樹のくせに、狭山とデートだってよ」
崇直が棚から降ろしたテーブルコンロを箱から取り出し、ガス缶の確認してる。
「ガス缶、パントリーの下の棚」
樹は狭山とデートかぁ。羨ましなぁ。
僕は何年もデートなんてしてないな、そう言えば。
「わーちゃん、白菜切ってて」
と白菜が飛んできた。おっと、とキャッチして。
これ、ざっと洗えば切っていいよな。
そうそう、とにかく樹は狭山命だったんだよな。
幼稚園の頃からプロポーズしていたって、崇直がからかってた。
それがホントかは別として、今付き合ってんだから樹は大勝利じゃん。
狭山は紅緒の親友で、高校時代からバスケットの日本代表選手に選抜されていた、いわゆる天才だ。
体躯にも恵まれ、身長は百八十はあるはずだ。
僕以外は全員バスケ経験者で、崇直たちは2年の時インターハイ出場を果たしている。
「来年結婚が決まったんだよ、樹のくせに」
弟に先越されるの、そんなに嫌ならさっさと崇直も彼女作りゃいいのに。
選り好みしてふうには見えないんだけどなぁ。
「樹がねぇ、狭山と結婚か」
そうは言っても、やっぱり樹は、偉いよ。
しっかり将来を考え、相手に伝えそれを叶えようとしている。
僕も樹の半分の勇気があればって思うよ。
「いっちゃんとひろよちん、結婚したらママたちと暮らすのかな」
「さぁ。樹は神社に通えればどこでも良いんじゃね」
崇直はテーブルコンロをセットして、食器類を並べはじめた。
僕は渡された白菜をざっと洗って、切りそろえザルに盛っていく。
あらかた買い物類を片付け、紅緒が腕まくりをしながら僕の隣にやってきた。
「それじゃ野菜をやっつけるか、わーちゃんの好きな焼き豆腐もあるからね」
紅緒が笑顔で僕を見つめてる。
うわぁ、キスしてぇ。
どーしよう。
ぜったい他のやつに触らせたくない。
崇直だってお断りだ。
今抱きしめたら、ぶん殴られるんだろうか。
突き飛ばされるんだろうか。
刃物持ってるしな。刺されっかな。
それでも良いから。
「こっち、セット完了したぞ」
ダイニングから崇直の声がした。